福島顕二郎の長沙日語教師録  未来への道
 
              

2009年9月より長沙学院でお世話になります。
福島 顕二郎と申します。出身は鹿児島で、この度日本語教師で行かせてもらうことになりました。
中国へのあこがれを持ち、今しかないというチャンスに恵まれ、大変うれしく思っています。  
今までの先生方と同じく、素晴らしい体験ができるものと思っています。
是非これからの活躍をどんどん載せていきますので宜しくお願いいたします。


 
2009/08/15

生涯初ビザ取得

うとう、就業ビザの取得が完了しました。

人生初のビザ取得のため、手続き等でわからないことが
多かったですが、西日本日中旅行社様にお願いをいたしまして、スムーズに取得することができました。
本村様には大変お世話になりました。
ありがとうございました。
関係書類を列記しておきます。
@旅券
A証明写真一枚(3×4cm)
B被授権単位査証通知表オリジナル (中国現地の地方政府から発行されたもの)
C外国人体格検査記録(日中友好医院或いは国立、公立病院で診察すること)オリジナル、コピー一部ずつ
D「外国専家来華工作許可書」のオリジナル
E査証申請表(西日本日中旅行社ホームページより)

2009/08/22

長沙行き旅券届く

お昼過ぎ携帯がブルブルと震える。
液晶画面に国際電話番号。
範先生からだ。
間を置くことなく、受話器ボタンを押した。
範先生の柔らかい声が聞こえてきた。
「福島さん、航空チケットが手に入りましたので今からFAXで送ります。」

ありがたい!!
とうとう、この日が来たのだ。
どのような書類が送られてくるのか、電話機の前に立ち一呼吸。
来ない。
来ない。
範先生から、もう一度電話が掛かってきた。
どうやら携帯電話番号でFAXを送ろうとしていたらしい。
「すみなせん。私の確認不足でした。」
自分では言っていたつもりだったがしっかりと伝わっていなかったらしい。
よく、やってしまうことだが自己嫌悪に陥る。

気を取り直し、待つことにした。
ここら辺の立ち直りの早さは自分でもびっくりするのだが・・・。

待ちに待った旅券が発行、印刷。
内容は全部中国語。
分かる言葉を拾い集め出発日、時間を確認。
8/29 土曜日 13:30発

あと、一週間だ。

範先生と電話で話をしたとき、「空港で待っています」との暖かい言葉に一安心。

8/29土曜日に鹿児島空港出発上海経由にて長沙空港へ

実感と準備怠りなく出発に向けて、改めて心引き締めていきたい。

2009/08/19

中国語講座終了

4月から始めた中国語講座が終了。
方 先生より生活に即した会話を中心に
教えていただきました。
発音が命の中国語。

普段使わない口の形や舌の使い方など
マスターするためにはまだまだ修行が足りない。
簡単な言葉から中国での生活など、
幅広く教えていただき、本当に感謝。

最後に晩餐会をお礼の意味も込めてさせて頂きます。

2009/08/29

出発の時


8月にしてはひやっとした空気に目が覚める。

準備万端だが再度チェックをする。

買い忘れていた頭痛薬を購入、元々頭痛の病気はないが用心に越したことはない。

空港には家族と方先生が見送りに来ていただき

長沙までの電子チケットを見てもらうと

なんと、上海で降りる空港と乗り継ぎをする空港の間

にバスの移動があることが分かった。

日本の羽田から成田までの道のりと同じらしい。

元(ゲン)を持っていなかったので、方先生と上海ま

で一緒に行く坂本さんに上海浦東空港から上海虹橋空

港までのバス代をカンパしていただき、まあ、何とか

なるだろうと安堵。

一期一会とはこのようなことなのだろう。

心細い海外で心が温まった瞬間に感謝、感謝。

バスに揺られ上海市内へ空港から1時間。

着いた空港は見る限り街のど真ん中にあるイメージ。

こんなところに滑走路があるのかと

日本的な考えで、空港内に入り手続きをする。

中国の大きさを日本の小さい枠では考えてはいけない。

大きな滑走路を見つめながら空港内を歩き、そう思った。

上海虹橋空港は中国国内線が多数発着する。

乗り場もA1〜10、B1〜10まである大きな空港だ。

販売店も多くあり、必需品はここで揃いそうだ。

長沙行く便を待つこと1時間30分。

上海滞在時間3時間で長沙へ飛ぶ。方先生がその後、空港より上海での乗り継ぎ案内書をもらって頂きそこで、バス代は無料で行けることが分かり、手続きを説明して頂き、たぶん大丈夫。

着けば分かるさ精神で出発準備へ

出発ロビーにて

上海へ行かれる家族と出会う。

奥様と娘さん(1歳8ヶ月)の2人で帰省するが手荷物が多いので上海まで手伝って、一緒に持って行くことになった。

大きな手荷物。中身は娘さんのミルクや着替えで一杯。

奥様1人で娘さんと荷物を持つことは困難であろう。

少しでも力になれればとお手伝いさせていただくことに。

最後の見送りに家族との別れを惜しみ、駆けつけた友人と話をし、出発(忙しい中来てくれた友人に感謝)

鹿児島〜上海はあっという間。

こんなに近い外国だったのだろうか。

驚く間もない時間である。

機内サービスでは中国語で話しかけられ、日本人らしくないのかとトイレの鏡に顔を写して少々考え込む。

上海浦東空港で乗り継ぎ案内を片手に、いざ、空港内へ。

荷物を受け取り、地図にあるトランスファーホールを探すが地図がアバウト過ぎてどこにあるか分からない。

(トランスファーホールで上海虹橋空港行きのバス無料券が手に入る)

一緒に飛行機に乗った奥様に通訳をして頂き右往左往して、やっとの思いで発見。

券を受け取るにも言葉が分からず、いつの間にか受け取る始末。

外に出ても、バス停が分からず、一緒に奥様に案内して頂き、一件落着。

乗り継ぎの飛行機の心配までして頂き、もし、無ければ泊めてあげますという

ありがたいお言葉。

本当に奥様が居なければ、上海浦東空港で迷子になっいたのではないかと思う。

(上海到着時 気温27度 天気晴れ時々曇り)

上海で乗ったバスの運転の荒いこと。

横入り、前車接近当たり前、そこのけ そこのけ カーチェイス。

目的地に無事つけた運転手の冷静な顔を覚えておこ。

長沙に着き、手荷物を受け取ると外へ。

痩せて、スポーツマンタイプの範先生がすぐに声をかけてこられた。

あれっ、写真と違う。

自分もこうして遠くまできたが、流暢な日本語にびっくり。

電話で何度か話をさせていただいたがこんなに上手とは。

世界は広いな、

日本語で心配なく話が出来る安心感、

日本に7年間住んでいたらしく、日本食も何でも食べられる、本当に日本通。

最近も日本に遊びに来られたらしく、鹿児島の事もかなり詳しい。

劉先生ともご対面、電話で話をしたがやっぱり日本語が上手だった。

これからの生活には不自由なくできると確信しつつ

長い出発日を終えることができた。
2009/08/30

いざ、街へ


日本では総選挙の日

鳥のちっちっという鳴き声で目を覚まし、周りを見渡す。

部屋にはベッドが2つの寝室にテレビ付きのフロアー、共に机付き。

調理場と洗面所兼風呂場兼トイレの4部屋。

寝室にはクーラーもあり快適。

早速、シャワーを浴びようと思ったが、お湯の出し方がわからず断念。

風呂桶無く、シャワーのみ。

トイレは水洗、和式トイレ(もちろん仕切り無し)

調理関係用品は揃っており、食器、炊飯機等々調理には困りそうにもない。


朝から曇りで雨も降ってきた。

少し外に出ようと扉の前で一人。

開かずの扉が立ちふさがる。

入り方は教わったが、出方を教わらなかった。

しまったな、心の中で叫んでみたがここは一つ

自分の力でどうにかしよう。

鍵を内側から差し込んでみたり、鍵穴をひねってみたり動くねじを回してみたりと、悪戦苦闘の30分。

単純な鍵の仕組みを何とか解明。

ゆっくり考えれば開く扉をがちゃがちゃしないことが
近道だったと思いながら、外へ出る。


朝から生徒に連れられ街の散策と店の紹介。

今日のガイドは周 亜紅さん、陳 明さん。

大雨の中、近くのスーパーへ生活用品の中で足りないものを買い出し。

途中でまんじゅうと豆乳を買い、職員室へ。

まんじゅう、豆乳ともにかなりの美味。

朝ご飯は毎日これでいいかな。


電機、インターネット関係の設備、携帯電話について分からなかった事を劉先生に相談すると、コンピューターに詳しい陳 建東くんを携帯電話で呼んでもらい、一緒に買いに行ってもらう事になった。


携帯電話はカードを購入して使用することになった。

中国国内では地区を移動するごとにカードを買い換
え、番号も変わるらしい。

中国の人は携帯電話の番号を買い換えるイメージらしい。

日本の携帯会社のような上品なところではなく、一つのお店で気軽に買えるところに驚いた。

バスに乗り学校から30分ぐらいの長沙駅近くの電気店へ

バスは古く、雨が降ったせいで雨漏りをしていた。

道はそれほど混んではいないが、バスを降りると人混みが出現。

銀行でお金をおろしたばかりで、生徒からバッグを気をつけてとの注意。

電気屋は活気があり、電機製品はほとんど置いてある大きな店であった。

お目当ての物も、ガイド役の女性に値切り交渉をしてもらい商談成立。

店の人に日本人であるというと珍しそうに眺められてしまった。


帰りに学校近くの通りを歩いていると、洋服屋さんのマネキンが服を着せられ道へ立っており、雨が降っていたので傘を差されていた。

日本では見ない光景なので、印象に残る。

日本では雨が降れば、店の中に入れられるマネキンも
中国では、外で雨傘を差されて立たされる。

文化の違いを垣間見られた瞬間であった。

2009/09/1

焦ることなくゆっくりと。


初めての授業に入る。

日本語検定2級を合格し、12月にある1級試験をめざすクラス。

全部で10名。

聞き取りに関しては問題なく、発音もかなり良い。

始めに、簡単に自己紹介。

流暢に出来る子が多いことにびっくり。

これから、どんな手伝いが出来るのか
今から、楽しみであり、自分も勉強になるであろう。

午後からは2級試験をめざすクラス。

自己紹介をしてもらうが

前のクラスに比べるとまだまだ単語不足を感じる。

授業が終わり、食堂へ。

大半の学生は食堂を利用する。

ご飯と一品料理が並ぶ。

一品料理は1元から4元までと安い。

ご飯の量がとても多く、茶碗2杯分ぐらい。

その上に、おかずとしての一品料理をのせる。

2つ注文するだけで、かなりの量だ。

味は辛い物から辛くない物まであるので注文の仕方で
味を楽しめる。

学生と一緒に行き、注文してもらい楽しい昼食をとることが出来た。

昼食後、すぐに、

「学校の近くの湘江に行きませんか。」とのお誘い。
もちろん一緒に行くことに。

湘江は観光船もある大きな川で、船下りもしている。

散歩道に適しており、家族連れから小学生まで様々な人たちが訪れていた。

悠久の流れの中でみんなとのゆっくりとした散歩を楽しんだ。


湘江の散歩の後にみんなで晩ご飯を食べることになり

初めての蒸し料理を食べさせてもらうことに。

蒸し料理といっても始めに炒めた料理を皿に盛り付け

皿のまま蒸籠の中に入れている物だ。

席に着く前に、店の前に置いてある蒸籠の中の一品料理を選び
席に着いてからみんなで食べる料理を選ぶ。

魚、肉、野菜のバラエティーに富んだ料理が卓に並ぶ。

料理を食べ、乾杯になりみんなの杯が空く。

中国では、乾杯をするとすべて飲み干す習慣があるとそこで教わった。

飲みきらないことは、失礼に当たるのですべて飲むとのこと。

あまりお酒に強い方ではないが生徒たちの進めに、楽しく、おいしい時間を過ごすことが出来た。
夜は八時から範先生が、学校内の体育館でバトミントンをしているということで

お昼に範先生にご一緒させていただく事に約束を取り付けており、
体育館に行くことに。

範先生はまだ来ておらず、拙い中国語で話しかけるが、不審者を
見るように冷たい視線が突き刺さる。

範先生の名前を出すと急に優しくなり、席を勧められ、たばこを勧められた。

中国では親しくなるルーツとしてたばこをよく勧めるそうだ。

日本と違い、自分が吸う前に他の人に勧めることが礼儀であり
勧めすぎて悪いことはないそうだ。

そう言えば、男子生徒からしきりにたばこを勧められていたことを想い出した。



範先生も到着をして、早速バトミントンを始める。

遊びで何度かしていたし、テニス経験もあるので、
大丈夫だろうと軽い気持ちで始めたが、始めて5分もすると
汗を大量に書き、足もまったく動かず、範先生に休憩しましょうと言われる始末。

全く持って、情けない。

先生との年齢差を考えると互角に出来るのではと思っていたが、範先生の技量には
とうてい追いつかず練習相手にもならなかった。

あとから、範先生のバトミントン歴は2年で体育館を管理している社長の息子さんで
省の選抜選手と一緒に試合をしているとのこと。
(社長は若い頃バスケットボールの選手をしていたそうだ。とても背が高く、おだやかな人だった)

範先生の試合を見るとかなりの運動量で、私では相手にならないことを痛感。

中国人の年配の女性と練習をさせてもらったが、こちらも歯が立たず、最終的に
足がもつれ転んだところでゲームセット。

これから、毎週月、土、日で自分をバトミントンで鍛え直し、いつの日か範先生と互角に試合が出来るようになりたいと思いつつ、家へと帰る。


家に着き、鍵穴に鍵を差し込むがなかなか入らず、右へ左へ。

あっと思った瞬間、鍵穴に鍵が入ったまま、根本からぽきっと折れてしまった。

呆然とするが、すぐに、先ほど別れた範先生を捜しに走り出す。

見つからない。

失意のうちに家に戻るが、どうすることも出来ない。

困ったときは好朋友。

中国人の友情にかけてみることに。

先ほど、食事をした生徒の男子寮の部屋に行き事情を説明。

快く部屋に泊まっていくように言われた。

ありがとう。本当にありがとう。

言葉では言い表すことの出来ない感謝で一杯。

みんなに囲まれ安らかな就寝へ。

2009/09/02

トラブルは突然に


朝が来て、生徒と一緒に目を覚ます。

早上好。

昨日の事を想い出し、寝床から起きあがる。


どうしたらいいかと悩む前に、生徒から「朝食を食べにいきましょう」と誘われ
食堂の1階にあるオープン屋台へ。

米面、包子、肉まんじゅう、朝食を外でとることは学生にとって当たり前。

一緒にうどんのような物をすすっていると範先生の車が横を通りすぎる。

あわてて、隣にいた周金玉くんと先生の元へ。


先生に事情を説明し、周君と鍵屋さんを探しに街へ行くことに。

途中で陳 明さんも合流し3人で街を歩く。

まず、学校の近くの人に居場所を聞き、家へ。
扉をたたくが、返事無し。近くの人に聞くと留守との事。

とりあえず、別を当たることになり、街をぶらぶら。

歩くこと数分、別の家の人に聞いたところ、知っている人がおり
名刺をもらい電話をかけ、交渉成立。

学校に20分くらいで来られるそうだ。

学校へ戻り、待つこと10分。

ようやく、到着。すぐさま、修理へ。

プロの手さばきで「開かずのとびら」が徐々に開きだし、中へ。

よかった。やっと、中にはいることが出来た。

昨日の汗をかいたシャツを着替え、学校に行く準備をする。

トラブル解決で劉先生に報告を。


毛先生に聴解の授業を1限目にしてもらい、2限目から授業へ。

0802クラスの作文授業。

早速、失敗談から始まり、テーマは「最近、失敗したこと」
生徒にとっては迷惑なテーマだったらしく悪戦苦闘で作文を仕上げていた。

もっと良いテーマに出来るように悪いことが起きないことを祈るばかりである。


授業が終わり、生徒から岳ろく山へ行かないかと誘われた。

バスで30分くらいの名勝地。

頂上までの途中に毛沢東が若かりし時に勉強をした愛晩亭、長沙長官であり軍人の「蔡う」という人物のお墓、長沙の戦没者のお墓等があり散歩にはちょうど良い。

徐々に登りが急になり、木々の間の小道を通り抜けていく。

生徒たちは、走ったり、途中にある大きな石に登ったりと元気いっぱい。

こちらが、息が切れかかっている横をスイスイと登っていく。

女の子も元気が良い。

楽しそうにおしゃべりをし、たまに、日本語の勉強。

登りの途中に120年の大木を拝み、頂上へ。

頂上は東に長沙の街を望み、西へ自然豊かな山や川がある眺めの良い
残念ながら霞がかかっていて長沙の街は少ししか見えなかったが
満足のいく眺めであった。

夜になれば、夜景がとてもきれいに見える場所でもある。

頂上までは車道があり車があれば是非行ってみたい物である。

バス乗り場から約1時間30分の登山。

鹿児島の霧島にある高千穂の峰ほどの登山ではなく、散歩がてら
頂上へ行ける気軽さがあり、登ってくる人があとを絶たなかった。


下山後みんなで夕食を食べることに。

昨日行った蒸し料理屋へ。

料理はおいしく、少しお酒も飲みいい気持ち。

生徒が「ゲームをしましょう」と盛り上がり
中国式若者の飲み会ゲームをすることに。


親が5、10、15、20の数を言い、それに対して
みんなが手の動きで応えるゲームだ。

5は両手をパーの形、10は両手をグーの形、15は右手がパーで左手がグー。

20は両手をグーにする簡単なゲームである。

間違えると、もちろん、お酒を飲まなければならないのだが。

最初は慣れず、間違っていたが、コツを掴み100%正解でゲーム終了。

生徒たちも間違え杯が進む。


帰り際に、お酒代と食事代を払おうとするが、「大丈夫」の一言で
受け取ってもらえない。

中国の生徒たちとの楽しい時間と暖かい心に感謝し、学校へ帰る。


家に帰り、シャワー室を覗くとなんと、水が流れていないではないか。

トイレとシャワー室は一緒なので、さらにびっくり。

トラブル続きで今度は配水管が・・・。

2009/09/03

トラブルの中でも社会見学


朝から流れないトイレにどうしようかと思いここは一つ、自分の力でどうにかしようと近くのスーパーへ一人で行くことに。


一人での買い物は初めてだが何度か来て、要領は分かっているが、やはり不安。

長沙のスーパーは、日本と同じようなもので品揃えも良く、値段もしっかりと書いてありレジを通るだけである。

レジを通した後で出口にいる検査員にレシートを見せて、外へ出るだけである。

中国語が話せなくても、何とかなるところがよい。

トイレ、浴槽洗剤とトイレのスッポンを買い、いざ、トイレへと向かう。

・・・何回やっても水が抜けてくれない。

汗だくになりながら、30分の修理作業は過酷でありスッポンを動かす腕に力も入らず、足に震えがくるほどだ。

これでは、自分の知識と力ではどうすることも出来ない。

早速、劉先生に電話をし、管理人の方に来てもらうことに。


管理人が来るまでに時間があるので、昼食を生徒たちと部屋で作って、食べることに。

まずはみんなでスーパーへ食材探し。

一人一品を作るということで、生徒たちがそれぞれに食材をかごに入れていく。

「先生はカエルを食べますか。」と生徒から聞かれ、是非、食べてみたいというと早速買ってくれた。

どんな料理が出来るのか楽しみ。


部屋に帰り、食事の準備に取りかかる。

生徒たちは、実家で料理をしたことがないらしく包丁さばきはあまり上手では無かったが、さすがは、中国という味付けを見事にこなしていた。

長沙の人は辛い物がとても好きである。

たっぷりの唐辛子を野菜炒めの中に入れると調理場いっぱいに辛い匂いが鼻を刺す。

たまらず、別の部屋へ駆け込み避難。

料理はスープ、炒め物で辛くない料理も作ってくれた。

味はおいしく、辛い物もそれなりに。

生徒の作る中国料理風景が見られて、本当に良かった。


昼食後、管理人に来てもらいトイレの修理をお願いする。

一度、トイレを見て、道具を取りにまた戻っていった。

数分後、持ってきた道具は電気ドリルの長い物。

人の手でするような修理では無かったらしい。

20分ぐらい、工事現場のような音を立てガリガリと排水溝を削っていく。

自分ではとても修理は出来ないなと思いつつ、修理完了。

管理人が帰ったあと、トイレと風呂場の掃除に一時間。

大変な一日になったものである。

2009/09/04

烈士公園へ


午前中の授業が終わり、午後から生徒たちに本屋へ連れて行ってもらうことに。

バスに乗り、20分くらいの建湘路、定天台というところだ。

長沙の中心近く、地下1階と地階1階の「新華本店」。

日本の本を探したいと思い歩き回る。

日本語検定の参考書はかなりの数があるが、日本語の本は全く見つけることができなかった。


残念顔の僕を見て、生徒たちが烈士公園に誘ってくれた。

烈士公園は湖、遊園地、遊歩道が一緒になった大きな公園だった。

遊歩道は木々に囲まれ、平坦で歩きやすい道が続く。

先へ歩いていくと木々の中から突然現れるアトラクション。

遊園地だ。

かなりの広さでたくさんのアトラクションあり、全部遊ぶには丸1日かかりそうだ。

遊園地のあいだを抜け、目的の湖へ。

夏には、暑さを避けるためたくさんの人が来るそうだ。

湖にはボートがあり、みんなで乗ることに。

足こぎ、オールを使い中心までみんなでこぎ出す。

景色は最高。

晴れていたので、夕日がとてもきれいに見え、湖に映る森やビルに心癒される。

生徒たちは、大はしゃぎ。

水をかけたり、ボートを揺らしたりと一緒に楽しむ。

若い昔を想い出し、みんなから元気をたくさんもらった。


帰りにみんなで夕食をとることになり、学校近くの屋台へ。

初めての「まーらーたん」を食べることに。

鍋のだし汁が赤く、辛く、自分の器にも辛い調味料をいれ、野菜や肉を食べる鍋である。

とても辛い。

青梗菜はとてもおいしく、揚げ豆腐のようなものもおいしかった。

ただし、中国の肉はちょっと口に合わない気がした。

今まで、食べた中で1番辛い料理だと思う。

2009/09/05

初めての友人


本日、晴天なり。

中国にきて、初めての休日。

範先生とバトミントンをすることになっていたので朝8時に学校の体育館へ。


範先生がまだ来てなく、休憩場所で座って待っていると
一緒にバトミントンをやらないかと話しかけられた。

まったく、知らない人から話しかけられ、つい、日本語で「私は、中国語が分かりません」というと「日本語すこしわかりますよ」と日本語でかえされた。


王 らいさんというかたで日本に昨日まで行っていて、帰ってきたばかりだそうだ。

一緒にバトミントンをし、話をして仲良くなり、ご飯を食べる約束をした。

話の中で長沙にも温泉があるそうだ。

泥を使った温泉らしい。

是非、行ってみたいと話をすると10月1日に別の友人たちと行くので一緒に行かないかと誘われた。

とても、うれしく、ご一緒させていただくことにした。

スポーツをすることで、中国人の友人が出来たことはとても良いことだ。


午後から生徒たちと昼ご飯を食べ、たのしいおしゃべり。

別の生徒たちと一緒に出かけることに。

行き先を聞かず、教えてもらえず、後を付いてくるように言われタクシーへ乗り込む。

10分ほどで湘江へ着き、湘江の橋を半分ほどそこから歩くこと20分。

橋の下にある島の公園へ着いた。

昔は人が住んでいたそうで、家があるが、今は公園となっており、家もそのまま残っていた。

休憩を入れて3時間の散歩。

途中にはミカンの木や桃の木など自然豊かで、ミカンは勝手にとって食べて良いらしく、まだ、少し青いミカンを取ってみんなで食べてみた。

少し、すっぱいがおいしいミカンだった。

休憩所に行き、守衛さんと仲良くなり、日本語のレッスンを少々。

向こうにも留学生がいるよと言われ、行ってみると黒人と中国人が一緒にいた。

話しかけると、アフリカからきた留学生とのこと。

スペイン語が標準語だそうで、一緒にいた中国人はとても上手にスペイン語を話しておりとてもかっこよかった。

中国人はスペイン語の「るるるるる」という舌の使い方がうまくできないらしい。

日本人はこれが出来るのでスペイン語の発音が上手に出来るらしい。

機会があれば、習ってみたい物である。

一緒に写真を撮り、国際交流ができ、とても、よい経験が出来た。



夕食を食べるために、長沙市の中心、五一広場へ。

週末でもあり、人でごった返し。

街の雰囲気は大阪、名古屋にとても似ていて、活気がすごかった。

迷子にならないように、みんなについて行く。

すき焼きを食べに行くと生徒が言うのでどんな物かと興味津々。

着いたところは火鍋屋さん(店名 串串香)。

名前からして辛そう。

店は満員で入り口にて待つこと30分。

食事は辛い汁と辛くない汁の二つがついた鍋に野菜や肉を入れて食べるシンプルな物。

辛い方も挑戦するが、なかなかの辛さ。

味よりも辛みが舌を刺す。

中国版すき焼きを堪能して、熱帯夜の街から家路につく。


2009/09/6

中国式バーベキュー



朝のバトミントンは気持ちが良い。

なかなか、日本で運動する機会が無かったが中国でたくさんのスポーツを経験することが出来そうだ。

休日の朝にこんなに汗をかくことが有っただろうか。


範先生と約2時間、一緒に汗をかき、昼食を一緒に食べることに。

「日本料理を食べましょう。」といわれ、久しぶりの日本食に心が躍る。

範先生の話では長沙にはまだまだ日本料理屋が少ないらしい。

店に着き、入り口で和服姿の女性に「いらっしゃいませ」と挨拶をされ、中へ進む。

中は日本風の造りで、かかっている音楽もすべて日本の最近の曲だ。

料理は天ぷら、寿司、串焼き、ウナギ、刺身など何でもあり、日本と変わらない味。

ただし、串焼きは味が少し長沙の人たちに合うように作られており、日本とは違った感じがした。

お酒も日本酒を頂き、食べて飲んでとても楽しい時間になった。

範先生から、中国、長沙の話や、歴史、地理の話が聞け、大変有意義であったと思う。


夕方から生徒たちと先日行った烈士公園でバーベキューをすることに。

一緒に買い物をし、そのあしでバスに乗り、烈士公園
へ。

調理の準備は生徒に任せ、火おこしとカメラマンになる。

周りは自然の中で、静かで、環境が本当に良い。

周りがだんだん暗くなる中でみんなとの楽しい会話とおいしい野菜、果物、肉を食べていく。

バーベキューのたれはもちろん無い。

変わりにしょうゆとバーベキューのたれに近いものと辛みの香辛料を皿に入れ、肉や野菜を焼きながら、油と調味料を混ぜた物をハケで塗っていく。

焼きながら、味を付けていく感じだ。

もちろん、私は辛さを抑えた、たれにしてもらったのだが。


学校へ帰り、生徒から電話。

故郷の友人が遊びに来ているので先生を紹介したいと一緒に食事をすることに。

学校近くに屋台で焼き物を。

生徒の友人といっても、私よりも年上で、話はできないが、身振り、手振りや話の雰囲気でなんとかコミニュケーションを取ることが出来た。

中国人はとても、気さくで、楽しく、話が尽きない人がたくさんおり、中国の楽しい休日を過ごさせてもらった。


2009/09/7

授業について



授業について劉先生から説明を受ける。

0802クラス(日本語検定1級をめざすクラス)
一週間に2コマの授業があるのだが、教科書の「みんなの日本語U」を2コマで1課進めるように、また、もう1コマの作文については、自由にしても良いですよとのこと

0804クラス(日本語検定2級をめざすクラス)
一週間に3コマの授業。
教科書は0802クラスと同じ。
ただし、このクラスは3コマで1課を進めるようにすること。
また、会話練習のために声を出させるようにして、例文も単語を入れ替えて何度も繰り返し練習をさせること。

早速、授業へ。
本日1コマ目は0802クラス、3コマ目に0804クラス。
時間はたっぷりあるので、繰り返し何度も練習をさせた。
文型、例文、会話、練習A、練習B、練習C、問題全部で8ページ
一コマに2ページのペース。
そこで使われる文法をもとにいくつかの例文を作り、みんなに読ませるようにした。
文型の例文を読み使い方の説明をし、例文の暗唱へ。
今日の文章は「〜そうです」、「〜ようです」の言語行動目標。
前回は、1コマで1課をすすめようとして分かりにくいところがあったなと思い反省。
一通り、教科書を終え、雑談へ。
生徒たちの日本への理解が深まるようにと、歴史、地理を織り交ぜ、黒板へ次々に自分の持っている知識を書いていく。
十分に伝えきれるか分からないが、なるべく、わかりやすく、丁寧に教えていくようにしたい。
これからは、もっと、いい例文をたくさん生徒たちに教えていきたい。

2009/09/8

インターネット接続へ


朝からインターネットが無いと不便だと思い、陳建東くんにお願いして一緒に探しに行ってもらうことに。

前回、長沙駅近くの電気店へ行ったので、そこへ、また行ってみて探す。

値段を色々と聞いてみるが、劉先生から教えてもらった値段の店がないため学校近くのネットバーで検索してみることに。

初、中国のネットバー。

中は暗く、空気が悪い。

来てはいけないところへきたのか。

座席はだいたい埋まっており、午前中なのだが人が多かった。

午前0時から午後0時まで1元、午後0時から午前0時まで2元。

会員になると100元を払い200元分利用できる。ただし、一時間2元。

つまり、100時間利用できるわけだ。


ネットで調べるが見つからない。

再度、劉先生に電話をかけると、探している会社は別のところだったらしい。

また来た道をバスで戻り、長沙の街を1周する羽目に。

目的の店(中国電信)につきカードを購入。

1年間1200時間利用可能。

ただし、1ヶ月100時間の制限付き。

1年間で1500元の契約(機器の購入費込み)をして帰ることに。

購入には手間がかからず、身分証明書と電話番号、サインで購入。

身分証明書が無いため、陳くんにお願いする。


これで、やっと買い物が終わりバスで学校へ帰ることに。

帰り道、いきなり、横から車がバスの側面にぶつかってきた。

ギッギーとひっかく音と共にバスが停止する。

強引に入ってきた車がぶつかったらしい。

ぶつかった車のボンネットは、はずれバスの側面も傷つく。

乗客はざわめき、運転手はほえる。

乗客、運転手、車の運転手共にけがはなく、その場は騒然。

バスを降りると周りに野次馬。

道路は車の渋滞が出来る。

カメラをもってきていなっかたのが残念。

午後から授業があるのに災難だ。

学校までもう少しなので、陳君と歩くことに。

帰り道、陳くんに

「今日は運がいいですね。会社を間違え歩き回り、バスも事故をおこして。」といわれる。

まったくそうだ日本では経験出来ないことが出来て・・・。

2009/09/9

夜の湘江へ



朝の授業が終わり、午後から次の授業の準備をするが中々はかどらない。

生徒に授業をすることは大学以来のことで教科書とにらめっこをして、いい言葉を思い浮かべる。

辞書を片手に色々と考えてみるが、思いつかない。

あっという間に夕方に。


朝の授業に宿題を出した生徒の元に行き、宿題の提出をしてもらう。

作文の授業で間違いやわかりにくいところが多かったので直してあげることに。

言葉をほかの文章から持ってきていたので、文章のつながりがおかしかったり、使い回しがおかしかったりしており、直すのに一苦労。

言葉の意味と生徒がどう考えて文章を作ったのかを聞きながらの訂正。


終わった頃にちょうど晩ご飯の時間。

生徒たちが「何が食べたいですか」と聞いたので迷わず「餃子」。

学校近くの有名なお店へ。

焼き餃子と水餃子を頼み、本場の味を楽しむ。

中国では、餃子のタレはなくそのまま食べるらしい。

餃子自体に味が付いているので、おいしく頂いた。

醤油もあり、つけて食べる人もいるそうだが、私はそのまま食べることをお薦めしたい。


食事が終わり、少し散歩をすることに。

夜の湘江へはまだ行ったことがなかったので、早速みんなで出発。

昼とは違い、川の向こうの夜景や花火がきれいであった。

川沿いを歩くと大きな音楽が遠くから聞こえてくる。

何だろうと、近づいていくとたくさんの人だかり。

真ん中には数十人で踊りをみんなで踊っているではないか。

踊りには誰でも参加してよく、踊りも簡単な物なので誰でも出来る。

生徒たちはすぐに踊り出す。

毎日、夜になると川沿いではあちらこちらで踊りが始まるらしい。

私は今回見学だけ。次回は参加してみようかな。

湘江の夜は熱く盛り上がっていた。

2009/09/10

教師の日




朝、携帯メールに0804クラスから来た。

「教師の日おめでとうございます。」


教師の日とは

10年くらい前に出来た記念日だそうだ。

昔は、教師の地位が低く考えられており、その地位を向上させるために始まったらしい。

日本では最近、教師の地位が低くなってきている傾向がある。

日本でもあってもいいのではないかと思うのだが。

ちなみに、記念日で祝日ではない。


学校へ行くと、生徒から「おめでとうございます」を連発された。

少々、面食らうが「ありがとうと」と声をかける。


休憩時間に生徒が何かを聞いている。

尋ねてみると、日本の音楽を聴いているそうだ。

彼は、日本のアニメが好きでそのアニメの主題歌を聴いているそうだ。

中国の男性の音楽はありますかと聞くと、入っているそうだ。

彼が持っていたのはMP4という機器だ。

音楽はもちろん、映像も持ち歩ける。

インターネットカフェ(ちなみに中国ではインターネットバー)でデータを無料でダウンロードして、持っているそうだ。


午後に早速、MP4から自分のパソコンに音楽をダウンロードさせてもらうことに。

中国の音楽を聴きたいと思っていたのでちょうどよかった。

お気に入りは「可米小子 - 青春纪念册」

比較的古い曲らしいが、それでもいいと思う。

中国では、最近の若者は日本の歌をよく聴いている。

だいたいが、アニメの主題歌であるので、私も初めて聞く曲が多すぎる。

永谷先生は、歌が上手で好きだったとのことで、生徒たちはよく先生の話をしてくれる。

先生はすばらしい人だ。

こんなにまで、生徒たちから慕われている先生を尊敬します。


夜になり、教室へ。

電話が鳴り、生徒からだ。

買い物をしてきて、外にいるので降りてきて下さい。

外に行くと、校庭で待っていてくれた。

フランスの資本会社カルフールに行ってきたそうだ。

そこで、寿司を見つけたので先生に買ってきてくれた。(ほうえんさん)

寿司は巻きずしでキュウリとニンジンのステックが巻かれ、丁寧にも日本の醤油付き。

とてもうれしく、いただいた。

別の生徒は靴を買ったらしく、なんと15元。

激安。

靴は普通の品質で、こんなに安く手にはいるのかと驚きである。

2009/09/11

夜の岳禄山


長沙に来て一週間が過ぎ、朝から昨日もらった寿司をほおばる。

元々、朝は強い方では無いが長沙の朝は目覚めが良い。

授業では、生徒たちと会話練習。

授業が終わると生徒から新型インフルエンザの情報を聞く。

長沙にある中南大学で4人のインフルエンザ患者が見つかったらしい。

インフルエンザ対策のために、学校ではしょうぶの葉を燻り、煙を各教室に巻くようにしていた。今日は岳禄山にいくのだが中南大学の近くだが・・・。


午後から夕方の岳禄山に登る。

前回登ったルートとは違う別の登り口から。

入り口には「岳禄山」と書かれた門をくぐり、観光客用に書かれた注意書きを生徒たちと一緒に勉強。

中国語、韓国語、英語、日本語で書かれた注意書きをみて、岳禄山が観光名所で有ることを改めて確認。

前回、岳禄山に来たときとは違い、だいぶ緩やかな道。

途中、自然の話や話の中に出てくる単語で日本語の勉強。(私は中国語の勉強を)

頂上へは、夕暮れになってからの到着。

途中で、夕日が落ちていく自然を眼下に眺め、生徒たちと写真撮影。

頂上から眺める長沙の街はまたしても、もやのかかった街並み。

今回も、またきれいに見ることが出来なかった。残念。

次回こそはと思い直し、下山することに。

夕暮れがせまり、長沙の街の夜景が見え始め、辺りは電気が無く真っ暗。

大きな道で散歩する人が多いので安心だ。


岳禄山の下には、湖南大学を始め4つの大学が集まる大学城だ。

大学生が道を塞ぐように歩き、店の中も学生が多い。

夕食は、大学生が運営している店へ。

食事はおいしく、辛さもあまりない。店の中もきれいで、とても、満足だ。

登り始めから下りるまでの時間は3時間。

散歩には少し長かったが、生徒たちと一緒に行動出来たことはとても良かった。


2009/09/12

体力の果て


昨日の疲れが少し残る中、朝6時に起床。今日は休日。


昨日の生徒たちと朝の湘江をジョギングする約束をしていた。


生徒の大部分が朝は早く起き、学校の周りや湘江をジョギングや散歩をし、朝食を食べ、復習や予習をしているらしい。


学校の生徒たちの勉強熱心さには敬服する。


早速、みんなで出発。走ること10分で湘江へ。

湘江につくと、式典の準備をしているので見学。

という仏教の式典が湘江で開会式をする。

長沙の名所、自然、風景を撮った写真が並べられておりみんなで「ここは何処」「長沙のどこどこだよ」と話をしながら眺める。

きれいな風景が多い。是非、長沙にいる間に多くの風景に出会いたい物だ。


2時間の散歩(ジョギングをするつもりが途中から散歩に)が終わり、バトミントンへ。

中国人の初めての友人(王 らいさん)と再会。

昼食を食べに行くことに。学校近くに新しくできた店で食事をすることに。

王さんの奥さんと友人、4人での食事では日本語の練習と中国語の練習が互いに交わされる。

奥さんは王さんが仕事柄、日本語を使うので是非覚えてみたいとのことでお手伝いさせていただくことに。

50音の練習から簡単な挨拶と大変盛り上がり楽しい昼食になった。


昼過ぎに生徒たちと日本語の勉強に付き添い、夕方から水泳をすることに。

学校からタクシーで15分ぐらいのプール。

6時から11時まで40元と少々高め。

中は飛び込み用の台があり、子どもたちの水泳練習が行われていた。

久しぶりの水泳だったが、昔、覚えた泳ぎで生徒から泳ぎ方を教えてくれと言われ、快くお受けすることにした。

中国でプールに入れると思ってもいなかったので、うれしく思い、泳ぎすぎで、上がるとドッと疲れが。


家に帰りバタンと就寝へ。


2009/09/13

中国音楽


朝、陳 建東くんに頼んでインターネット バーへ連れて行ってもらうことにした。

先日もらった音楽の歌詞を覚えたくて、情報を見に。

相変わらず、中は人で一杯。

休日でもあるからか、学校の生徒たちも、ちらほら見える。

だいたいの人が、インターネットの無料オンラインゲームをしている。

音楽や映像が簡単にダウンロードできるのは、本当に便利である。

早速、検索してもらい見てみることに。

中国語の漢字練習と思い、歌詞を手書きで写すことに。

これが結構大変。

音楽を聴きながら、歌詞の写し間違えが無いように何度も聴く。

聴き取れないところは、陳くんに頼んで聴いてもらう。

悪戦苦闘しながら、1曲、2曲として3曲目で今日は終わり。

歌詞は家に帰ってから訳をしなければ。

中国の音楽も日本に負けず、いい。

元々、中国人の声の良さは日本でも知られているところだ。

是非、歌だけでなく、歌詞の内容まで覚えられるようになりたい。


2009/09/14

Shall we Dance


午後の授業が終わり、黄先生にクラスの生徒たちは呼ばれた。

学校の生徒たちは新型インフルエンザが長沙でも患者が出ているので、体温検査を行うらしい。

隣にある長沙大学に移動して、体温検査。

水銀の体温計ではなく、温度感知器のようで、額にセンサーをあてて、体温を測る物らしい。

次々と生徒たちは検査を終えていき、私も測ってもらうことに。

体温は37.1度。

自分の平熱が37度位なのでいつもと一緒くらい。健康だ。


夕食は生徒が作ってくれることに。

今回は、からいものが好きな生徒だったので全般的に辛い。

特に辛いのが卵と唐辛子を炒めた料理。

舌がしびれるような感覚。

スープも一緒に作ってあったので、スープを飲みながら食べる。

スープはとてもおいしく、塩加減を聞いてみる。

大体ですよとの答えで一緒に調理を見ておけば良かったと後悔。

食事の後は歌やダンスを見せてもらい楽しい夜に。

2009/09/15

夜の教室へ


夕方、外が少しずつ暗くなり、街に灯りが点く頃、教室から電気の光が見え出す。

生徒たちの夕食は早い。

六時頃には夕食を食べ、その後に自習の時間になる。

夜、7時頃には生徒たちが集まりだしている。

教室では、文法、音読、聴解、単語など様々な勉強をしている。

会話の勉強と思い生徒に話しかける。

「今何を勉強しているの」

「文法ですよ。分からないので教えてください」

「いいですよ。どれ・・・」

(〜のようです。)

説明しづらいな。

動作を交え、説明していると隣からも説明が。

2人がかりで説明する。


いくつかの文法をしたあとで、生徒から

「先生は長い休みは何をするのですか」

生徒の故郷を見てみたいというと是非来てくださいとうれしい言葉。

日程を聞いてみるが中々合わない。

一応の案を聞いて、他の生徒にも聞いてみることにする。

休みは8日間。

中国の建国記念日(国庚節)と中秋節が一緒になり、長い休みになる。

中国の文化に触れるチャンスなので、是非旅行してみたいと夢が膨らむ。

旅行の夢を見ながら今日は寝られそうだ。

2009/09/16

感動される?



午前中、0802クラスで作文の授業。

テーマは日本で敬老の日が近いので、「祖父母または両親について」

前回と違い、家族のことではペンの動きが速い。

自分でも家族について書き、改めて、家族の支援で中国に来られたことに感謝の気持ちで一杯になった。

生徒たちの作文は様々。

家族構成や今までの過去の事など生徒を知る上でとても参考になった。

一人の生徒が時間内に書き終わらず、

「夜までには出来るので宿題にさせて下さい」とのこと。

夜出来る作文を楽しみに授業終了。


夜、学校に行くと生徒は笑顔で作文を提出。

字の間違いや文章の間違いが少なく良い作文だった。

しかし、1つの間違いを発見。

{私は初めて父に感動されました}

{感動されました}、ではなく{感動しました}ではないのですか。
または、{感動させられました}だと思いますよ。

しかし、生徒は納得せず{泣かされました}とかありますよと反論。

辞書を開いて見てみるが、文法について詳しく勉強していない私には難解。

文法的に合っている気がするので、そのままで良いのかもしれないが、文章としてとてももやもやするものが残る。

別の何人かの生徒に聞いてみるが、答えは同じで意味が通じている。やはり、私が間違っているのだろうか。

文法の先生に聞くことにして、今日は宿題にさせてもらう。

(後日、先生に聞くと文法的に正しいがあまり使わず、感動しましたと使うとの事で生徒を納得させる)

2009/09/17

授業について



朝、朝食を買うために学校の外へ。

長沙での朝食は肉まんじゅうかうどんが多いらしいが、私はとても肉まんじゅうが好きである。

中からしみ出す肉汁とふわっとしたまんじゅうがとても合う。

学校の校門をでると、すぐに見えるお店で朝食は買える。

豆乳と合わせて朝食を済ませ、いざ、授業へ。


今日の授業は0802クラス。

比較的全員が日本語を話すことができるため、会話練習を中心にやっていこうと思っている。

教科書(みんなの日本語)の練習問題と音読の練習をしたあと、会話の設定を行い生徒同士での会話を行うことに。

初めて行う会話練習でどうやっていこうかと悩んでいたが、少しの時間を与えただけで、生徒は場面を作っていく。

少々の冗談も入りつつ、とっさに言葉が出てくるところは、以前の先生たちの教えが今も生きているからだと思える。

生徒たちは会話をしたがっているということをひしひしと感じ、これからは授業にたくさん取り入れていきたいと思っている。


2009/09/18

黄先生と食事


朝、ドアをたたく音にびっくりして寝ぼけまなこで扉を開く。

0804クラスの生徒、周金玉くんが立っていた。

「先生、黄先生と魚を持ってきました」

慌てて、身支度をして部屋へ迎え入れる。

今日は黄先生に昼食を作ってもらう約束をしていたのだ。

黄先生はさっさと調理場へ入り、魚の内臓を取り出し、塩を魚の表面と中にすり込んでいく。

どうやら、昼食の下準備らしい。

魚はまだ生きたままで、新鮮。

準備が終わるとすぐに学校へ。

どのように調理するのか、昼食が楽しみだ。


授業が終わり、周くんと昼食の材料を買いに外へ。

野菜と肉を買い出しに行き、黄先生の待つ校庭へ急ぐ。

時間より少し遅くなり、黄先生を待たせてしまったが部屋に入り調理が始まると手伝いに来ていた生徒たちにテキパキと指示を出し始めた。

黄先生は生徒たちにとってお母さん的な存在である。

頼りになり、その存在感はとてもすごい。

私も今日は長沙の母の味を覚えるべくメモ帳片手に一緒に調理場へ入る。


まずは、今朝持ってきた魚を使ったスープを作る。

ショウガと一緒に煮込むこと50分。

魚のダシで水が白くなったら塩で味付け。

下準備をした魚は油で表面が焼けたら、合わせ調味料で煮込む。

合わせ調味料はショウガ、ニンニク、唐辛子のみじん切りに塩と醤油、水を合わせた物である。


他の生徒たちも1品ずつ料理を作り、食卓へ。

ビールで乾杯をし、料理に箸を付ける。

長沙料理なので辛いと思っていたが、辛さもほどよくとてもおいしい。

スープも味が良くでていて、絶品だ。

ビールと共に、箸も進み、ご機嫌な昼食になった。

最後にみんなで写真を一枚。

黄先生も快く写真に応じてくださった。

先生には朝早くから、忙しい中、食事を作ってくださり、大変感謝。

また、料理の説明をしていただき、ありがとうございます。

今度、料理を作るときは今日教わった魚料理を作ろうと思います。

上手に出来たら、黄先生にも食べてもらいたいと思っています。



2009/09/19

中国語の勉強は果てしなく


先日、生徒から「先生は中国語を誰から習いますか。」と質問され、「まだ、決めていないですよ」と答えると「じゃあ、私が教えます」と先生になってもらうことに。

休日の教室で勉強することになった。

教室には午前中何人かの生徒がおり、その中でスタート。

他の生徒も教えてくれ、まずは、ピンインの発音の仕方。

日本でも、勉強してきたが何回か間違いを指摘される。

次に、数字の発音。

1〜100まで数字を言うが4と10の発音はかなりあいまい。

冷や汗もので、何とか言い終えると生徒から拍手。

少々、照れくさい。

挨拶ととっさの一言の練習をすると知らない言葉が飛びだし、何度聞いても覚えられず宿題へ。

本当に単語を覚えることは困難極まりない。

範先生も日本に留学していた頃は、単語を覚えて忘れるの繰り返しで日本語をマスターされていったという話を想い出す。

これから、生徒たちと中国語の勉強を週末だけでもしていくが、果てしなく続いていくことだろう。


夜は生徒たちと湘江へ散歩をする事になった。

散歩の途中に長沙日語学校で教師をしていらした市岡先生から、生徒に電話がかかってきた。

今度のゴールデンウィークに市岡先生の奥様が長沙に来られるらしい。

湖南省のもっとも有名な観光名所である張家界へ行くそうである。

私はまだ行ったことがないので、生徒に行ってみたいと話をしていたところだった。

一緒に同行させていただけないかとお願いをすると、快く承諾していただき、別の生徒に旅行の手配をしてもらうことになった。

市岡先生と奥様と話が出来、また、張家界に行くチャンスがもらえたことにとても感謝をしたい。

市岡先生、ありがとうございます。

来月が待ち遠しくなった。


2009/09/20

旅行の計画



長沙は久しぶりの雨

長沙に来たときに降ってから、ここ半月は無かった雨が勢いよく落ちてくる。

最近、暑い日が続いたので、これで夏が終わり冬へと向かうのであろうか。


生徒(卿亜麗さん)と教室で、市岡先生と話した旅行の話を聞くことに。

卿さんには市岡先生から電話が入っており、話はスムーズに進む。

張家界へは10月4日から6日までの3日間の予定。

列車で行き、市岡先生の奥様と私と生徒3人の計5人の旅行になるそうだ。

張家界へは、卿さんも行ったことがないそうで、今回の旅行を楽しみにしているそうだ。

私は写真でしか見たことがないので、実際に見る雄大な自然は感動的だろうと思う。

列車で3時間ぐらいだそうだが、近くにいても中々行くことが出来ないところなので、今回生徒にガイドをしてもらえるなんて、とても幸運だ。


卿さんから昼食を誘われたが、別の学生と一緒に作る事になっていたので、夕食を卿さんたちと食べることに。

本日は、学生の作る中華料理を、昼も夜も食べることが出来た。

メインは魚料理。

最近、川魚への抵抗感もなく、魚の細い骨もきれいに取りながら食べることが出来る。

少しのスパイスである辛さと醤油の香り、魚のほくほくとした食感が食欲をそそり、ご飯と一緒にとてもおいしく頂いた。


2009/09/22

長沙駅へ



午後の授業が終わり周金玉くんから長沙駅に遊びに行かないかと誘われた。

今日は長沙駅の改装が終わり、記念式典があるらしい。

踊りや音楽のコンサートが有るらしいですよとの言葉に乗り、一緒に行くことに。

陳建東くんも一緒に、まずは、腹ごしらえ。

学校近くに出来た福建省の料理屋へ入り、ラーメンを食べる。

あんがアーモンド主体で、甘く、辛さがほとんど無い料理。

少し物足りないため、置いてある辛い調味料をかけて食べた。

最近、辛みに慣れてきたのだろうか。


お腹を満たして、早速出発することに。

店をでて、少し歩くと、前にクラスメイトがいた。

陳君が早速声をかけ、「一緒に行かないか」と誘うが、断られてしまう。

失意のうちにバス停で待っていると、後ろにさっきのクラスメイトがいるではないか。

男三人の小旅行に、2つのバラが咲く。

長沙駅へはバスで30分ぐらい。(168系統)

駅へ着くが、始まるまで30分前。

時間を潰すために、ケンタッキーのお店へ。

中はとても清潔で日本とそう変わらず、商品も日本と同じものが揃っていた。

ただし、ポテトに着いてきた、ケチャップが違う。内容を見ると、辛み成分が入っているではないか。さすがは長沙だけあって、こんなところにも辛さを求めているのだ。

30分たつが、一向に始まる様子がない。

駅には、旅行に行く人や待ち合わせをしている人、様々な人が入り乱れる、いつもの長沙駅。

「今日は無いみたいですね・・・」

2009/09/21

ショック



今日の授業で生徒から「今度の日曜日は授業が有りますね」と言われた。

何のことだか。日曜日は休みのはずだが。

私は市岡先生の奥様と生徒たちと一緒に土曜日と日曜日は岳陽に行くつもりである。

岳陽には洞庭湖という観光名所があり、とても風景がきれいなところだそうだ。

もともと、10月7日と8日に行くと勘違いをしていた私は、急遽スケジュールを変えて9月26日と27日に変更していたのに。

すぐに、劉先生に確認すると結果は同じ。

今度の日曜日とゴールデンウィークの7日を入れ替えて授業をすることになっていた。

7日水曜日は授業が2つ有るので変更は不可能。

何とか行きたかったが、また、今度の計画にすることにした。

せっかくのチャンスであったが、仕方がない。

冬休みは時間があるそうなので、そのときの楽しみに取っておく事にしよう。


2009/09/23

黄先生と食事



午前中の授業、1コマの休憩中に黄先生と学生に呼び止められる。

「部屋の鍵を貸して」

黄先生が昼食の料理を作ってくれるらしい。

突然の申し込みにびっくりしたが、とてもうれしく思い、鍵を渡す。

しかし、昨日洗ったベッドのシーツが干しっぱなしだったことに気づき、「失敗したな〜」今朝、たたんでおけばよかったと心の中で思いながら次の授業を行う。

午前の授業が終わり、毛先生とようさんの3人で部屋へ向かう。

いつか、毛先生も時間があれば、料理を作ってくれるとの事。

いつになるか分からないが、楽しみである。

部屋に入ると、良い匂いが立ちこめていた。

今回も魚料理メインで野菜炒めがたくさん。

魚は中ぐらいの大きさだが、私も何回も中国の魚を食べてきたので、早速おいしいところを頂くことに。

中国の魚は小骨が多い。

しかし、腹の近くには骨が少なく、味がしみていておいしいのである。

野菜料理も新鮮な物を使い、前日の物を中国の人は使いたがらない。

大体の日本人も同じであろうが、私は冷蔵庫に入っていると、つい使ってしまう。

料理はおいしく、とても大満足。

少し残った分は今日の夕食に・・・。

黄先生ありがとうございました。
2009/09/24

夜の教室でアニメについて



午後の教室で入れ替わり入ってくる人たちと話をし、孫湘南さんと周洋さんに晩ご飯の食事を作ってもらうことに。

食事を学生と作って、夕食を食べた後、教室へ。

0802クラスを覗くと、初めて見る学生を発見。

早速、話をしてみると色々な話が出てきた。

学校に入ってまだ1ヶ月もたたず、間もないといっていたが、日本語がすらすらと出てくる。

学校に入る前に、日本料理店でアルバイトをしており、そこの店長に教えてもらったそうだ。

しかし、アルバイトをしていた期間は3ヶ月。

そんなに短い期間で話が出来るぐらい上達するものだろうか。

彼女は、日本のアニメが大好きで家にあるインターネットでよくみているらしい。

日本の事についても大変興味を持っており、色々な情報を持っていた。

今の日本の首相は誰か、この間、日本で選挙があり見ていたなどである。

日本のアニメは本当にみんなから愛されている。

インターネットカフェに行けばたくさんの人がアニメを見ているし、売店などで日本のアニメのグッズがよく売られていた。

少し前までは、日本のアニメは外国に受け入れられないものであると思っていたが、生徒から「日本のアニメはすごいですよね、どうやったらそんなことが考えられるのか。日本に行って、アニメを作っているところを見てみたい。」などアニメ話はつきない。

私は、少ししか分からないため、生徒から教えてもらうばかりである。

年が近いが、少々ジェネレーションギャップを感じる。


2009/09/25

市岡先生の奥様とご対面



朝、学校へ行くと、職員室に奥様が座っていらっしゃった。

「おはようございます。」

日本人の声に懐かしさを感じる。

昨日、長沙に着き、今日は学校の見学をするらしい。

まず、私のクラスで生徒たちの様子と教室を見ることに。

0804クラスの授業。

まず、市岡先生の奥様に自己紹介をしていただくことに。

伊豆からお越しで、お名前が市岡聖子(いちおか きよこ)さん

聖子さんには息子さん2人と娘さん1人の計3人いらっしゃるそうだ。

息子さんも娘さんも私よりも年齢が上で、生徒たちは孫みたいなものだ。

0804クラスで、市岡先生から授業を教えてもらったのは半分くらい。

聖子さんに質問を生徒たちにしてもらう。

日本の標準語を話し、ゆっくりとした雰囲気にしばし、聞き惚れる。

学生たちは次々と質問をしていくが、時間が無くなり、残念。

全員に色々な質問をしてもらいたかった。


午後から今度行く張家界の列車の切符を買いに学校の近くのホテルへ。

ホテルで列車の切符が買えることに驚きである。

聖子さんに私の日本語が中国人に似てきていると指摘され、たいそう驚いた。

自分では変わっていないと思っていたので、なおさら、ショックでもある。


夕方、聖子さんの洋服を買いに、8人の生徒たちと金満地へ

金満地は学校から歩いて、20分ぐらいのところにあり、地下に店がたくさんあるところだ。

店の内容は、若い女性の洋服が多くあり、小物や食事が出来るところなどがある。

私は、初めて行ったので少々興奮ぎみ。

いろんな店を眺める、ウインドショッピングを楽しむ。

聖子さんのほしい商品は見つからなかったことは大変残念であったが、みんなで歩きながらのおしゃべりは楽しいものであった。

2009/09/26

長沙郊外へ



朝から良い天気に恵まれ、今日は暑くなりそうだ。

お昼前から学生と、以前学校でクラスメイトであった学生を訪ねに長沙郊外へと行く。

バスは168系統。

長沙駅前を通りすぎ、街からどんどんと離れていく。

バスから降り立った場所は何もない広い道路。

バス停で待っていると、彼女が迎えに来てくれた。


彼女(王さん)の住む場所は土地開発を行っているところ。

今はまだ小さな団地だが、ゆくゆくは大きな街になるそうだ。

学校を卒業した後で、姉の経営するスーパーで働いている。

団地に人影はまばらで、商店や飲食店がぽつりぽつりと店をだしていた。

団地内に入るといきなり花火が打ち上がった。

ものすごい音にびっくりしていると「新しいお店がオープンしたんですよ」と教えてくれた。

中国では新しく店がオープンすると、爆竹や花火でオープンを知らせる習慣があるらしい。

日本で行ったら、えらいことだ。

しかし、間近で花火の音を聞くことが無かったので、打ち上がるたびに驚いてばかりだった。一緒に行った学生も耳を塞いで、急ぎ足で建物内へ。


彼女の働くスーパーを見学して、近くにオープンビリヤード場があるので、そこに入って遊ぶことに。

ビリヤードは久しぶり。年に何回かしかやらないので上手では無いのだが、学生の手前なんとか良いところをみせたい。

しっかりと玉を打つことは出来るが、なかなかポケットに入らない。

横で見ていた子どもと仲良くなり、一緒にすることに。

子どもと遊ぶのはおもしろい。わがままだが、表情や表現が自由でこちらも楽しくなる。

言葉は分からないが、雰囲気や表情で意志の疎通が出来、チームを組んでの試合では勝利を勝ち取った。


ビリヤード場をあとにして、昼食をとり、近くの公園へ。

公園で昼休みをしているおじさんに学生が声をかけ、話が弾む。

日本人だというと、日本語を教えてほしいとお願いされ、どんな言葉が教えてほしいかと尋ねると身振りや学生に中国語で説明をし始めた。

話を聞いても分からず、学生もなんと説明していいか分からない様子。

単語を拾い集めるとなんと{納棺師}だった。

どうしてまた、そんな言葉を知りたかったのだろうか。不思議である。

色々な話をして、あっという間に時間は過ぎていく。

この町は、まだ開発途中だが、今からどんどん大きくなっていくのだろう。


2009/09/27

柿木さんに出会う




本日は日曜日だが、ゴールデンウィークの振り替えで水曜日の授業をする。

授業は午前中で終わり、午後から明日の授業の準備に取りかかる。
準備を終え、夕食の時間になり、出かける準備をする。

先日から鹿児島市総務局市長室国際交流課の柿木さんと連絡を取り、今日会う約束をしていた。

柿木さんは長沙に来て、もう、1年半になる。

今年の3月頃、柿木さんが鹿児島に帰ってきていたときに、1度だけお会いしたことがあった。

私が長沙に来てからすぐに連絡を取ろうと思っていたのだが、バタバタしていたため、やっと今日会うことが出来た。

長沙で出会える数少ない日本人であり、また、同郷の鹿児島人でもあるため、とても親近感が湧く。年齢も近いこともあり、色々な話をすることが出来、本当に良かった。

柿木さんは今度のゴールデンウィークは、鹿児島に帰り仕事があるそうだ。
今回の国庚節と中秋節に中国にいられないらしく、残念がっていた。

帰ってきたら、鹿児島の事を聞いてみたいものだ。

長沙での友人が多くいるそうなので、今度、紹介していただくことに。

友人が、まだまだ、少ない私にとってはありがたいことである。

長沙で友人の輪ができることを願っている。
2009/09/28

市岡聖子先生と黄先生と学生と私




午後から授業が終わり、学校に聖子さんに来ていただき、学生と一緒に買い物に行くことになった。

今日はちらし寿司を作っていただけることになり、卵、しいたけ、のり、米、さやえんどう、千切りニンジンを仕入れ、部屋へ戻る。

部屋では、黄先生と学生が食事の下準備の真っ最中。

早速、ちらし寿司の準備に取りかかる。

学生に手伝ってもらい、薄焼き卵から。学生にも薄焼き卵を作ってもらい、とてもうまくできていた。

黄先生と学生の作る中華料理もおいしく、量もたくさん。

中華料理は作るのが難しいが、学生たちはとてもうまく作る。

それでも、黄先生の魚料理が私はやっぱり好きである。魚の選別から味付けまでとてもよく行き届いていると思う。

食べきれるか心配なほどテーブルには料理がいっぱい。私たちと学生合わせて10人のみんなで囲む夕食は格別である。

こんなにたくさんの人数では、まだ部屋で食べたことがなかったが、イス、お皿、おはし、すべてが整い食事をすることができた。

部屋で食事をできるのは10人までで、それ以上では色々と足りないものがあることが分かりよかった。

楽しい会話と雰囲気、みんなと食べる食事は私の一生の思い出となるだろう。


2009/9/29

日本の味


市岡先生と午後から待ち合わせ。

生徒たちと一緒にご飯を作ることに。

0802クラスの生徒が中心。

全部で12人。昨日よりも多い。

市岡先生には天ぷらを作ってもらうことに。

私は天ぷらが好きで実家でも、タマネギの天ぷらを作った物である。


スーパーへ買い出しに行く。

最近の食事で油と塩が無くなった。中国料理に油は必需品。大量の油で料理を作っていく。

日本料理では考えられないほどの量である。今日は業務かとおもうほどの5リットルを買った。実家では見たことがない量だ。

市岡先生の料理は学生がよく手伝ってくれて、とても良くできていた。

天つゆも作ってもらい、久しぶりに天ぷらを食べた。

学生は天ぷらを食べたことが無かったようだが、大変喜んで「おいしい」といっていた。天ぷらは世界で受け入れられる料理だと思う。


2009/9/30

湘江に秋の花火が彩る。



今日は授業が有るが、大半の学生が故郷に帰っているため、残った学生と共に博物館へ行くことに。

博物館は中国でも有名な2100年前のミイラが安置されているところだ。

バスで烈士公園へ行き、公園内を抜けて博物館へ行く。

朝から国慶節の前日ともあって人でにぎやかだ。途中で太極拳をしている人たちに声をかけて、教えてもらうことになり、市岡先生が1人の女性に習う。

動きはゆっくりだが意外に体を使う武術だと思う。

およそ10分ぐらいの間であったが、市岡先生は中国文化に触れられた歓びを感じられた。


私は、又今度と言うことで博物館へと行く。

博物館は学校から行くと15分ぐらいでとても近くにある。

博物館は時間制限の元に行列ができていた。

中にはいるのも、身分証明書の提示が必要だが、閲覧は無料。

館内に入るまで30分の時間があるので、園内にある水墨画の鑑賞をする、

近代中国の指導者の肖像画から始まり、中国の有名な風景画などが並ぶ。

1つ1つを学生に解説してもらいながら、時間はあっという間に。

博物館内に入るために空港の税関並みに身体検査をする。

ゲートをくぐり、1階フロアーへ。

1階は墓の歴史と出土品の展示がされていた。

2100年前にもうこんな物が使われていたのかと、感動しながら鑑賞する。

歴史が好きな私にとっては全てが興味の対象。

市岡先生と学生は私が半分も見ないうちに全てを見てしまった。

遅すぎるので、別行動へ。

(みなさん、ご迷惑をおかけいたしました。)

出土品は器、服、武器、祭器、一緒に埋められていた人形、植物の種など保存状態が良かったこともあり、形が良い物がたくさんあった。

2100年前と言えば紀元前180年くらい。中国では漢の時代に入ったころ。利蒼は長沙の国王であった。

遺跡は利蒼、息子、皇后の3つで有り、学校の近くにある。近いところに有るので是非行ってみたい。

2階にミイラは安置されてある。ミイラは皇后の遺体である。発見された当時、保存状態が良く、今よりももっと生きている人間に近かったそうだ。

歴史的な物なので特別で感慨深い。私はミイラを見ることが生まれて初めてである。2100年たって、日の光を浴びた皇后はどう感じているのだろう。

私たちには、計り知れない時間を旅してきている、このミイラが今こうして私たちの目に映ることに不思議な感じを受ける。


博物館に運び込まれた遺跡は皇后が埋葬そうされた棺桶があり、高さは2階から3階まである。3階はそれを見るためにある。

1通り見て回り、中国の歴史の深みを感じられ、とても良かった。今までにない歴史を知る上で大変勉強になった。


夕方からみんなで湘江へ。

明日の国慶節を祝うため、花火でお祝いをするらしい。

8時からなので、みんなで料理を作って食べた後、湘江へ向かう。

湘江は人で一杯。車の渋滞がひどい。交差点の混雑を横目に川の方へ。

たどり着くとすぐに花火が始まる。新聞の予定では8時半だったが8時からのスタートだったみたいだ。

打ち上がる花火はどれも、すばらしい。間をおくことなく次々に打ち上げられる。

日本の花火は少しの間があるが、中国の花火は大きい花火から小さい花火までバラエティに富んでいる。

国の誕生を喜ぶように打ち上がっては消えていく。中国の人々の国を愛する気持ちが伝わるようだ。

約40分ほどの花火であったが、川に映る花火に少しだけ日本を想い出した。今いる異国の地でこんなにすばらしい花火が見られることに感謝、感謝。

2009/10/01

国慶節



本日、国慶節。

中国での友人から、以前、長沙にある温泉に行かないかと誘われていたが、連絡がないため、今回は諦めて、学校に行くことに。

学校は学生の大半が故郷に帰っているため、がらんとしている。

0904クラス(入学1ヶ月)の学生と会話の勉強をする。

0904クラスのクラス長の劉さんと陳建東君と始めた。

まだ、1ヶ月なのだが、積極的で熱心である。

会話をするために、色々な習った言葉を考えながらしゃべる姿はとてもいい。

分からない言葉は、中国語で陳くんに説明してもらい、日本語の間違いを直していく。


午前中はあっという間に終わり、昼食を部屋で作ることにする。

学校の外へ、買い物に行くといつもよりも静かで、人もまばらである。

国慶節でみんな帰ってしまったからであろうか。

昼食を食べながら、テレビをみんなで見ていると、国慶節のパレードが行われていた。

軍隊の行進から始まり、各省のパレード行進へと続くとてもたくさんの人が参加をしている。10時から始まり13時までのパレード。夜になるとパーティーが開かれ、催しがあるらしい。夜が楽しみである。


夜は学校にいるご君とようさんと一緒にご飯を作って食べることに。

ご君は私より1歳年下の学生で、以前は会社に勤めていたことがあり、中国の風習について、とても詳しい。

今日初めてご君は魚料理を作る決心をしたらしく、買い物を済ませ、部屋の下で待っていた。

本当に初めてらしく、電話で友達に聞きながら料理をしている。

全部で4品。ご君が1人で作った。魚料理もしっかりと作れており、とてもおいしい。

夜のパレードをみんなでテレビを見ながら、食事をし、お酒を飲む。ご君はお酒が強く、ビールを次々と空けていく。今日は白酒も一緒に飲むのでお酒のまわりが早い。

楽しい飲み会になり、みんなとの国慶節の乾杯は続く。


2009/10/02

学生の故郷へ


朝の長沙駅へ学生たちと向かう。

初めての中国の列車である。

学生から席が取れなかったといわれており、立っていくことを覚悟して駅へ。

駅は入るために厳重な持ち物チェックと身体検査。まるで、空港のようだ。

駅構内は列車の乗り場へはすぐ行けず、ロビーで列車が入ってくるのを待ってからゲートが開いて、いざ、乗り場へ。

みんな小走りに乗り場へ行く。列車への入り口は我先にと入っていく。

なかなか入れず、指定された号車とは別の号車に乗り込む。

中は思ったほどは混雑しておらず、空席の場所を探して、何とか座ることができた。

列車の旅はおよそ2時間半の旅。

日本では比較的長い旅だが、中国では近い方らしい。


向かう先は衡陽。長沙から南へ行った場所である。有名な観光地は衡山。中国でも有名な山である。

今回は衡陽出身である胡燿才くんの誕生日祝いの旅である。

陳超くん、すう楊くんと王坤さんでお祝いをする。

衡陽に降り立ち、胡くんと王さんが迎えに来てくれた。駅の近くにホテルを取ってあるとのことで、みんなで一緒に行くことに。

ホテルは良いところで、部屋にカラオケ、マージャン台、寝室が2部屋、パソコン完備だった。広く、きれいなホテルに大満足。


少し休憩をしてから、みんなで西洋公園に行くことに。

公園は池があり、アトラクションがあり、出店もでていた。公園だが入場料を取っていた。

みんなで歩きながら、わいわいと楽しい。出店で買う焼き栗はなかなか美味しい。

2時間ほど遊んだ後、ホテルへ帰り、夕食にすることに。

夕食は、胡くんの家族、親戚が約20名集まって始まった。夕食は豪華で食べきれないほど。料理も大変美味しかった。

今回は20才の記念の誕生日らしい。このときに一緒にいられてとても良かったと思う。

呼んでくれた学生たちに感謝感謝。


2009/10/03

中秋の満月



昼食を食べた後で衡陽を出発して長沙へ。

列車内は少々の混み具合。座席もあり、ゆったり。中国の風景を楽しみ、風がここちよく頬にあたる。

列車内での中国語の勉強で体の名称を教えてもらうが、なかなか覚えられない。学生の笑い声の中で何度も復唱する。

1度では覚えられないが、何度も口に出すことで少しづつ体に覚えさせていく。

長沙に着き、今回の旅行の無事を喜ぶ。


夜になり、ご君が月見をしないかと誘ってくれた。学校のグラウンドに行き、少々バスケットをして遊ぶ。

そこに、親子2人が遊びに来た。

母親にボールを渡し、少し休憩。すると母親から日本語で話しかけられた。

学校の隣の長沙大学で昔、日本語を習い、卒業後に広東の日本企業で働いていたそうだ。もう、7年ほど日本語を使っていなかったらしいが、とても上手である。

月見を一緒にしないかと誘い、ビールを飲みながらお月見を楽しむ。日本と変わらない月を眺め、学生たちと故郷の話をする。

日本でも眺めているであろう、家族の事を思いながら、家族の幸せに乾杯。


2009/10/04

張家界への旅 (1)


朝の目覚めが悪い。今日は張家界へ行く日だ。

興奮してか何回も夜中に目が覚めた。

以前の先生方が行かれ、日記に書いてある文章を読んで、とても素晴らしいところであろうと想像して寝られない。

朝6時に学生が部屋に迎えに来た。準備は昨日のうちにしているのですぐに出発。


まず、市岡先生のホテルへ行き、合流して朝のタクシーに揺られ長沙駅へ。

朝の7時だが、駅には迎えの人がたくさん。

まだ出発ロビーには人が少ないが、出発時間の8時25分になると、人がぎゅうぎゅう詰めになり混雑しだした。

予定の時間より30分遅れるとのアナウンスがあり、学生と中国語の勉強をすることに。昨日覚えた体の名称の復習。学生の口元を見つめながら発音するが自分でも分かる下手な発音である。


出発時間が迫り改札口に人が殺到。中国人は気が早いのか入り口にはすぐに行列ができる。

改札が開くと一斉にホームへと走り出していった。

汽車は遅れたが、何事もなく出発でき、汽車内は少し混雑するぐらいで、私たちの座席ではゆっくりすることができた。


本日の私たちの旅行者は、市岡先生、王坤さん、卿亜麗さん、楊珊珊さん、私の5人旅。

予約した座席がばらばらになる席だったので、みんな一緒に座れるように学生が先に座っている人にお願いをして、座席を替わってもらう。

かなり強引で、しぶしぶ替わってもらったが「大丈夫。中国の人はやさしいから」といわれた。


汽車の旅は6時間。勉強をしながら話をし、勉強の合間に休憩。休憩中は中国の辛めの漬け物を食べる。カモの足や首、大根など調味料(もちろん唐辛子入り)につけられた漬け物を食べる。最近、辛さに慣れてきて次々に手がでる。

6時間の長旅ではあったが、学生の話を聞いたり、写真を撮ったりとても楽しい。


午後3時過ぎに張家界に着き、卿亜麗さんの友人に市内を少し案内してもらう。

市内から観光名所の武陵までバスで約40分、1人10元の移動。

武陵に着き、タクシーでホテルへ行くが、運転手の女性がいまいちホテルの場所が分からず、案内の人と電話でやりとり(案内人は張家界市内を案内してくれた人、市内で別れた)


夕食後、王さんと楊さんと街に散歩へ。

お土産屋をはしごして、これがほしいと物色しながら夜の街を楽しむ。

部屋に帰るが、先生と卿さんがいない。

少ししてから先生達が帰ってきた。ビールを買いに行っていたらしい。

祝福のビールで乾杯。

2009/10/05

張家界の旅 (2)



静かな街。まだ、明けきらない空の下で部屋の扉を誰かがノックをする。

朝5時半 早すぎると思いつつ扉を開けると、卿さんが笑顔で起こしに来てくれた。

すぐに身支度をし、朝食をみんなで食べる。菓子パンを昨日かっていたので、簡単にすませて出発。

ホテルから観光地の武陵源までタクシーで10分ととても近い。

大きい門をくぐり、入場券を買う。購入後、入り口で指紋を取り登録を済ませ、中へ

バスで頂上近くまで行くのだが、ツアー客と一般客で行列ができている。まだ、朝の7時半である。

バスで20分ぐらい登っていき、ロープウェーのある場所へ。

ここでも長蛇の列。ここで1時間の待ち。渋滞階段でのあまりの時間のかかりかたにうんざり。

やっとで乗るロープウェーの景色は最高。下に絶景、左右に山の断崖を楽しむ。短い時間の空中散歩。

頂上からバスで少しずつ下へ、観光ポイントを変えていく。どこの景色の素晴らしく、地上から突き出た山、切り立つ絶壁、彼方に見える山々に感動。

下に行くにつれて山が近く迫ってくるポイントが多く、大きくそびえる山から圧倒的な威圧感を受ける。昔の人々が自然に対して畏怖と敬服をすることが分かる様な気がする。文明が栄えても自然の大きさには今でも敵わないものである。

この場所は、天子山と呼ばれ、世界遺産へ登録されている。雄大な時間と自然を目の当たりにすることができる。

観光の途中で旅行に来ていた学生たちと一緒に行動させてもらった。地元の人にガイドをしてもらっていたので、一緒について行くことでスムーズに観光することができた。

最後のビューポイントは367mのエレベーター。落ちていくエレベーターからそびえる山を上から下へ眺めていく。

最後まで山に囲まれた、この張家界を満喫できた。

2009/10/06

張家界さようなら



朝のホテル前は騒がしい。

昨日の疲れが取れぬまま、車のサイレンがなる中、窓を開ける。朝の新鮮で少し冷たい風を受け、外を眺める。

張家界へ行く人がバスやタクシーに乗り、客引きのタクシーが次々と通りながらサイレンを鳴らしていた。

今日の帰りの列車予定は昼の1時、3時、5時。

1時、3時は座席指定なし。5時は座席が有るが長沙に帰り着くのは夜中の12時になってしまう。

市岡先生と相談をして、早く帰るために座席なしで立ってでも1時の列車に乗ることに。

ホテルからタクシー駅まで約1時間、距離で40キロぐらい、80元で乗せてもらった。中国のタクシーは本当に安い。

駅につき、切符を買うが1時の列車は55元、5時の列車は28元と値段が違う。日本での列車は料金が決まっているが、中国では変動制なのだろうか。

列車が到着。中に乗り込むが満員で入り口の近くに陣取る。しかし、次の駅に着くと別の人に場所を取られ、場所が無くなりみんなバラバラに。長沙駅に着く3時間前から列車の中は人が肌と肌が触れあうほどの混みよう。もちろん、座ることは許されず、立ちっぱなし。市岡先生は座席を確保でき、座ることができた。もちろんその座席も6人掛けが8人座る事態なのだが・・・。

こんなに混んだ列車に乗ったのは初めてだ。帰りにここまで混むとは予想だにしなかった。

長沙駅に着く頃には疲労困憊。最後のバスに乗り、学校へ到着。

みんなありがとう。良い体験と旅行が出来たよ。準備をしてくれた卿さん、旅行を引っ張ってくれた楊さん、王さん本当にありがとう。


2009/10/7

休日を楽しむ


最近、長沙の気候がとてもいい。朝は寒くない。そして、昼は半袖でも十分。

今日は天気が良いので、旅行中にたまった洗濯物を一気にかたづけることにする。

しかし、良い天気。青い空からさんさんと降り注ぐ太陽。心地よい風と良い具合にマッチしている。

朝7時から洗濯機はフル稼働。たくさんの洗濯の合間に布団を干そうと屋上へ。

屋上には前の永谷先生が花をいっぱい植えていたそうだが、今ではがらんとしている。しかし、日の光を浴び、風になびく洗濯物を見ながら、幸せを感じる。

私も何か植えたいな。道具をそろえたいがどこに行けばいいのか全く見当も付かない。

休みが終わったら、学生と一緒に買い物に行こうと考えている。


屋上でそんなことを考えていると、後ろから急に名前を呼ばれた。

市岡聖子先生が居るではないか。

急な訪問にびっくり。

誰もいないと思って、1人の世界に浸っていたところだっただけに、驚きが2倍3倍にもなった。

どうも、市岡聖子先生の体調が悪くなったらしい。

私も少し風邪気味ではあったが、なんとか持ち直したみたいだが、大丈夫であろうか。

旅行の後だけに心配である。ゆっくりと休まれて、元気になられるといいのだが。


今日は1日家にいるつもりである。旅行の日記を書くことと、体を休める上でも重要な1日でもある。

あさってから、また学校が始まる。

学生も何人か帰ってきている。明日は学校に行くつもりだ。

2009/10/8

久しぶりにみんなとの食事


夕方、携帯がなる。

故郷から帰ってきた陳君からの電話。

「今日の夜、男でご飯を作りますよ。いいですか。」

特に予定がなかったので、食材を買ってきてもらうことにした。

電話を切り、少しすると部屋のとびらをノックする音。


立っていたのは市岡先生。

私のために小説を持ってきてくださった。

時代小説「桜田御用屋敷」小松 重男著

初めて聞く名前の作者。

時代小説は小さい頃から読んでいたため、ありがたくい頂くことに。

私のお気に入りは剣客商売。

単行本を一気に読んだ記憶がある。父の影響か母の影響かは忘れてしまったが本を読むことは好きである。

市岡先生も同じように藤沢周平が好きだそうだ。


今日は男だらけだが夕食を一緒に食べないかと市岡先生を誘う。

男だけに戸惑っているようすなので、買い物に行く途中で出会った女の子を誘うことに。

校門を出るとすぐに故郷から帰ってきた徐さんに出会い。夕食を一緒に食べる約束をする。

買い物を済ませ、みんなで食事の準備。

市岡先生はきんぴらゴボウを作ってくださった。

男の子は魚料理。魚を蒸した料理だ。長沙では魚は焼いた後、調味料で煮るのが一般的だが、果たしてどういう物が出来るか。

準備をしていると、続々と学生達が集まってきた。

最初は、男の子だけだったのが、女の子の方が多くなり全部で13人の大所帯。

準備の終盤に黄先生が突然の訪問。

魚をまるまる1匹持ってきてくれた。

今日はたくさんの食材が有るため明日の夕食に作ってもらう事に。

魚の下準備をすませた黄先生も一緒に、大人数だったが楽しい食事はいつものこと。

男の子の作る料理もおいしい。ご君は料理を作るときは、中国のコックそのもので、なんだか頼もしく、おもしろかった。


2009/10/9

学校が始まる


8日間の休みが終わり、今日から授業である。

学生の顔を見ることは久しぶり。みんな元気そうなので、一安心。

故郷に帰った学生がほとんどで、学校は久しぶり。

家族と久しぶりの再会ではなかっただろうか。学生の中には、何ヶ月も家に帰っていない人もいることを考えると、勉強をするために学校へ来ている学生は、色々なことを考えていることだろうと思う。私も少しでは有るが、役に立つことが出来たらと考えている。


授業が終わり、陳君に銀行に一緒に行って銀行カードを作ってもらう。

銀行は中国銀行を選択。中国銀行は中国で一番大きな銀行だからだ。どこの街に行ってもある銀行を選択した。両替をするにしても、中国銀行しかしてくれないことも選択した一つの理由でもある。

銀行は学校から歩いて10分ぐらいのところにある。銀行は日本と違い行員との会話は窓ガラス越しである。四角い小さい窓から書類の受け渡しをする。もちろん行員の態度は日本には比べものにならないのだが。そこは中国である。

カードは陳君の名義で作ってもらうことにした。色々と手続きが有るかと思ったが、意外とスムーズにカードを作ることができた。これで、中国で日本円を両替する手間が無くなった。

中国には他にも長沙銀行、工商銀行や農業銀行、建設銀行などある。口座を作った銀行以外からお金を下ろす手数料は2元らしい。高いのか安いのかは判断が付きにくい。カード作成には15元で作ることが出来た。


家に帰り、市岡先生との最後の夕食の準備をすることに。

黄先生も学生と一緒になって、昨日下準備をした魚を調理し始める。

市岡先生も学生に好評だったエビチリを作ると張り切っている。

市岡先生は日本の味が出せないといっておられたが、私は先生の作る料理は、日本で食べていたものに近く、とても美味しい物だと思っているのだが。

夕食は0804クラスの生徒が中心。13人も部屋にはいると一杯。イスは14個有るがテーブルに料理が並ぶと座る場所は限られてくる。

中国での料理の品数は食事の参加者数マイナス2,3品である。13人であれば10品が必要であり、料理を作る人は大変だと思う。私は、監督、会場作り、配膳、片付けを担当。学生達も進んで色々としてくれるので、忙しい中でも楽しい夕食になった。

明日で市岡先生が長沙をたってしまうことはとても寂しいことだ。



今日の中国語勉強。

友達に会えて良かった。
能見到友達 好高興
友達に会いました。良かったですね。
我見到友達 好高興。

2009/10/10

旅立ちの日


今日は土曜日。先日のゴールデンウィークの振り替えで木曜日の授業をする。

0802クラスでの会話授業。


今日は黄先生が0802クラスの学生を誘って、市岡先生の最後の昼食をごちそうしてくれることになっていた。


授業が終わって、劉さんとヨウさん、黄先生と買出しへ。

今日は今まで一番多い14人の料理をつくるので買い物をする品目も多い。

外の道路は人でいっぱい。引き車に乗せられた野菜、八百屋、肉屋、魚屋には人が次々と出入りをしている。昼食前の道路に出たのは初めてだったので、人の多さにびっくり。


家に帰り、昼食準備に取り掛かる。

これが最後の食事になるので私も食事の手伝いをすることに。

市岡先生は4時の飛行機で出発するらしい。午前中の授業が終わり、生徒たちがぞくぞくと集まってくる。部屋がどんどん狭くなってくる。

今日は中華料理オンリー。黄先生と学生の共同作業により料理が作られていく。


黄先生が部屋から炊飯器を持ってきた。てっきり、ご飯が足りないので、また炊くのかと思い準備をすると、学生から「別の料理を作るのですよ」と教えられた。一体どんな料理を作るのか見当もつかない。

食事が始まり、炊飯器は中国式水炊きに変化していた。魚、野菜が豊富に入り、無くなると野菜を入れていく。スープも魚のダシがよく出ていておいしい。学生たちがスープをすべて飲んでしまい水炊きは全てなくなってしまった。


先生とこうして2週間一緒に料理を作ったり、食べたり、旅行に行ったことはとても楽しいことだった。旅行では、いろいろな思い出を共有し、写真には写らない体験もした。

先生は、朗らかで、元気で、優しい女性だと思う。私も似たような性格なので、一緒に行動することにとても安心感があった。私の父親と同じくらいの年齢ではあるが、山を歩くその元気な姿は印象的である。

私から何かできることは、今はまだ無いかもしれない。しかし、このように出会えたことは何かの縁だと思う。ぜひ、一度鹿児島へ遊びにこられることがあれば、できることはさせていただきたいと思う。短い時間を濃く出来た、市岡先生との出会いに感謝。
2009/10/11

51広場から中国の発展をのぞく。


日本からの太陽が去り、長沙の街に秋風が吹き始める。朝晩の気温が下がり始め、昼は薄い長袖がちょうど良い。

休日の朝を布団にくるまり、なかなか動き出さない体を、少しずつ動かす。
天気は曇り。長沙での太陽の光は弱い。やらなければならないことはたくさんあるのだが。

やっと起き出し、朝食を取る。昨日残った物でチャーハンを作るが、我ながら絶品。ご飯と中国の味付けが食欲をそそる。ご飯の味に長沙の濃い目の味と辛みがベストマッチしている。

午前は掃除、洗濯に余念がない。特に炊事場はこの何日かで汚れてしまった。毎日、みんなが作る料理でがんばった炊事場を丁寧に拭き上げていく。きれいになっていく部屋を見るのはすがすがしい。今日も又お願いしますと一礼後フロアーへ。

最近の食事会で相当数のビール瓶が増えたな。部屋の一角に並べられたビール瓶を眺めながら、最近の食事を想い出す。そういえば、今日は0902クラスの学生が昼食を作ってくれることになっていた。慌てて、着替えをすませ、部屋の片付けを急ピッチで進める。


11時半、学生が食材を買って部屋へやってきた。今回初めて料理を作ってくれる学生達だ。みんな学校にきて、半年がたつ学生達。

重慶から来ている周琴さんがスープを作ってくれた。重慶本場のスープ。魚に酢菜、にんにく、しょうが、ネギを入れた少し酸っぱい料理。重慶は四川料理の本場で辛い料理かと思っていたが、この様な料理も有ることに、様々な料理のある中国らしさを感じる。


午後は学生を誘って、51広場へ買い物に行くことに。めっきり寒くなった事を口実に秋服を買いに街へ。中国の街で買い物をするのは初めてなので少々緊張。

休日であり、歩行者専用道路は人、人、人。

店も割引セールをしているところが多く、どの店も人でごった返していた。人混みをかき分け、中へ入り、目当ての洋服を物色するが、いいものに出会わない。

何軒かはしごして、若者の店や年配向けの店まで出入りを繰り返す。

日本でも良く目にする店も多く、長沙の都会ぶりを堪能。

やっと見つけた1着を購入。(159元)なかなかの値段だと思うのだが思い切って買ってみる。中国に来て金銭感覚が少し変わってきていることを感じる。

人混みに酔いながら、連なる色々な店を覗き見る。屋台も数多く出ており、歩きながら食べ物を食べる人をよく見かける。食べ物の匂いに誘われ、ちらりと中を見てみると串焼きらしきもの、焼きそばに似たものなど様々。

中国が発展している証拠にこの街は賑やかである。人の熱気と街の喧噪。帰りのバスを待つ人々の顔には疲れをみじんも感じさせない強さがあった。

2009/10/12

授業が3つ


今日から授業の時間割が変わった。

0902クラス(半年、日本語の勉強)の会話の授業が1週間に1回から3回になった。

そのため、今日は1日に3コマの授業をすることになった。

0902クラス、0804クラス、0802クラスの3つである。

授業で使うノートに様々な単語をかき集める。

0802クラスは敬語を中心にした授業に入っている。少しずつであるがビジネス単語も教えられるように準備をした。

0804クラスは動詞を0902クラスは名詞の単語を準備する。それぞれ例文を作りと単語の説明に時間を使う。

0902クラスの教科書の進みが良くない。もう少し、スピードをあげて授業を進めなければ。

しかし、改めて1日に3つの授業をすることの大変さが分かる。学生時代は席に座っているだけだったので、先生達のことはよく分からなかったためだ。

今、学生時代の恩師へ感謝をするばかりである。

2009/10/14

西村ご夫妻を迎える


今日は毛先生が日本でお世話になった、お父さんとお母さんが学校に訪れた。

西村ご夫妻である。毛先生は大学時代に日本に留学しており、そこで、色々とお世話になったらしい。毛先生の結婚式にも出席しており、長沙に来るのは2度目。

お父様は明るく、とても楽しい人であり、お母様は中国語を日本で勉強しているので、単語を良く知っていらっしゃる。

授業で0802クラスの会話に参加してもらった。学生の自己紹介を聞いて、お二人ともたいそう感心していらした。


学生から今日の夕食を一緒に食べませんかと提案があり、お二人とも快諾していただいた。

夕方に学生達に買い物に行ってもらい、中国料理をごちそうすることに。

5時半ごろ、私の部屋は学生と毛先生、西村ご夫妻でいっぱいに。

学生の作る料理をおいしいといっていただき、学生も満足そう。


ご飯を食べた後、みんなで湘江を散歩する。

夜は最近、寒くなってきていたが、今日は風も無く過ごしやすい。

散歩途中にダンスをしている人たちを見ながら、色々な話を学生と西村ご夫妻とする。

社交ダンスをしている学生は、西村さんにダンスを教わっていた。西村さんも社交ダンスを趣味にしていらっしゃるらしい。

隣では一緒に見ていた子どもに学生が話しかけている。子どもといっても赤ちゃんである。

「首を横にふりなさい」と中国語でいうと、赤ちゃんは首を横に振る。赤ちゃんでも中国語を分かるのに、私たちはどうして、他の国の語学が上達しないのか不思議である。

湘江の散歩は約2時間。帰りに学生達は、明日の朝、西村さんと湘江を散歩する約束をしていた。朝のさわやかな湘江はとても気持ちの良いことだろう。


2009/10/15

BBQ


午前中で授業が終わり、午後から西村夫妻と毛先生、0802クラスの生徒と烈士公園へ。

昨日の夕食のお礼に烈士公園でバーベキューをすることになったらしい。

西村さんたちも中国でのバーベキューは初めてだったらしい。

中国でのバーベキューに興味津々。

食材は烈士公園に行く前のお昼の内に、食べるように切ってあり、後は火をおこして食べるだけである。

学生達は楽しそうである。西村さん達も食べたことのない食材をいくつも食べた。

中国での食材で日本に無い物は多いが、西村さんのお気に入りは唐辛子。私は辛くて食べられない、生の唐辛子を焼いた物を良く食べていらした。

烈士公園に着いて明るかった太陽が沈み、夕闇が包み込む中、煙と肉や野菜の良い匂いが食欲をそそり、最後の締めにみんなで焼きとうもろこしを食べて、バーベキューをしめる。


夜の烈士公園は昼とは違う顔を覗かせる。

外灯が薄暗く灯り、街の夜景をきれいに見せる。公園内は散歩をする人がたくさん。

残念なのは、長沙の街では星があまり見えないことである。都会なのでしょうがないのだが、夜になると星を見たくなる私は田舎ものである。

烈士公園には入り口に提灯で作られた天安門と通り道があり、夜の公園を美しい光で映し出してくれる。何度見ての良い物である。

今日のバーベキューで残った食材を使って、明日の昼ご飯を毛先生が作ってくれる事になった。とても、楽しみである。

2009/10/16

学生達と共に


1コマ終わり、生徒から今日の昼ご飯の足りない食材を買いに行ってくれと頼まれ、街へ。

中国語は未だに、早くて聴き取れないが手振りと拙い中国語でなんとか買い物を済ます。

部屋に帰り、部屋の片付けをすませた後で、午前中の授業を終えたみんなが集まった。

学生も手伝って、毛先生の料理もどんどんできあがっていく。

さすがは、主婦業をしているのでとてもおいしい。

ご飯にとうもろこしをいれて出来た料理もまたおいしかった。


昼食が終わり、別の学生と岳禄山へ山登りに行く。

岳禄山行きのバス乗り場が分からず、転々とバス停を移動する。学校近くにはバス停が4つあり、最初は湘江沿いのバス停へ。結局は、街を通るバスに乗り込み岳禄山へ(インターネットバー前のバス停 106系統)

岳禄山麓の大学は今日も大学生が大勢いた。岳禄山へ向かう途中、見知らぬ人から「抱きしめてもらっても良いですか」と声を掛けられる。

大学生のチャレンジ企画らしい。あまりの恥ずかしさにその場を走って逃げる。学生達は「そんなに急いで逃げなくても良いですよ」と笑われてしまう。


岳禄山は3回目。岳禄山の入り口は2つある。両方とも制覇しているので、気楽に山登りをすることが出来た。初めて登った時は、どこまで登れば頂上に着くのだろうかと思っていたのだが、今日はあっという間にたどり着いてしまった。

学生と会話の練習をしながら、山を登り、きれいな空気を吸い、山を登れば登るほど元気をもらうような感じがした。

学校に帰ってきたのは夜8時前。学生から感謝の気持ちとして晩ご飯をごちそうになる。

私の方こそ学生達に感謝したい。


2009/10/17

土曜日の午後は中国語。


朝から良い天気なので、洗濯、掃除をする。

最近、音楽を聴くようになったので音楽を聞きながら日記を書く。

午後から教室へ行ってみた。学生が何人か勉強をしている。

最近、私は中国語の日記を書いている。もちろん、簡単な文章で中国の小学生レベルの文章である。

学生にこの日記を見せるのは少し恥ずかしいが、勇気を振り絞ってお願いをすることにした。方さんがこころよく引き受けてくれた。

訂正箇所はたくさんある。日記は辞書を引きながら書くため、文法はめちゃくちゃ。

学生の指摘を元に書き直し、発音練習をする。

あいかわらず発音が下手で学生から笑われてしまうのだがしょうがない。

諦め半分に、声を出していけば何とかなるだろうと思っているのだが。

日記を元に会話の練習に移る。

会話は文章を自分で考えなければならないので難しい。それに、学生の質問も早すぎて、聞き取ることも簡単ではない。

約3時間があっという間。覚えの悪い大人学生につきあってくれた、方さんありがとう。

2009/10/18

毛先生宅を初訪問



今日は朝から天気が悪い。少しの雨で気温もぐっと下がった感じである。窓を開けていると寒さが皮膚に張り付いてくる。

今日は段さんにお願いをして中国語を教えてもらうことになっている。

朝の教室で段さんは待っていた。教室には休みにもかかわらず何人かの学生が勉強をしていた。本当に勉強熱心である。

使うテキストは「みんなの日本語」の中国解説書にすることにした。

これから、週末は段さんに家庭教師をしてもらうことになった。

簡単な挨拶から自己紹介までの練習。

本当に語学を覚えることは簡単ではない。使わなければ、どんどん忘れていくことがよく分かる。


午後から、陳くんに電話を掛けると午前は西村ご夫妻と岳禄山に行って、午後から長沙の街を観光するらしいので、一緒に観光することにした。

一緒に行っている、りかさんに迎えに来てもらってバスで定王台へ。

定王台は大きな書店があり、学生もよく行く場所である。

定王台の近くに行き、西村ご夫妻と合流するが雨が強くなってきたので途中で引き返す。

西村ご夫妻の泊まっているホテルの近くに喫茶店が有るのでそこでコーヒーを飲むことにした。

バスに乗り10分後、毛先生から陳くんに電話があり、「観光が済んだのなら家に来てください」ということで目的地を変更して先生の家に行くことに。先生の家はホテルの近くにある。

先生の家で晩ご飯の準備。今日は餃子を作るらしい。

中身は作ってもらい、学生達と皮に包む作業をする。餃子作りはおもしろい。

初めはきれいに包めないが、やって行くにつれてじょうずになっていくことが分かる。

食べるより作る方がいいかも。

中国の餃子は水餃子が主流。今日ももちろん水餃子にしてもらう。

タレもお手製でとても美味しく、自分で餃子も作ったのでとても美味しかった。

ご飯の後の話も盛り上がり、毛先生の家での夜がいい思い出になった。
2009/10/19

自分の日本語



朝から授業だ。

0902クラスではオタク女性を宅女と呼ぶことを初めて知った。中国の学生達は本当にアニメについてよく知っている。

授業では体に関連する擬態語や体の部位についての勉強をする。頭の先から足までこんなにたくさんの体の名前があることに驚きだが、それを覚えている自分にもびっくりする。これから、中国語でこれらの部位を覚えないといけないと思うと、大丈夫かと思ってしまう。

0804クラスは30人くらいが出席、人数が多い方が良い。


授業が終わってから、周亜江さんを誘って卓球をする。

王さんも参加して、3人で話をしながら卓球をする。みんなと練習をすることで少しずつうまくなってきていることが感じられる。

卓球をしていたら、ご君から電話があり、今日は私の部屋で晩ご飯を作るそうだ。

学生達はご飯を一緒に食べたり、遊びに行ったりしていてとても仲が良いと思う。

今日はこの前、誕生日会をしたメンバーでご飯を作る。

私は、机で作文の添削に追われる。

大体添削が終わった頃に食事ができあがり、みんなで食べる。

食事の後に、誕生日会の写真や張家界の写真をみて、話が盛り上がり、とても楽しい晩になった。


2009/10/20

西村さんの授業




午後、授業に行くと、携帯の時間がずれている。しかも日にちまで。直し方が分からないのでそのままする。あとで、学生に聞いてみることにしよう。

授業には西村夫妻も来ていたので、いろいろ話をしてもらう。しかし、0804クラスはシャイな人が多いのか、質問が出ない。せっかくのチャンスなのでもっと色々話をしてもらいたかった。


授業が終わってから、周金玉くんから話しかけられた。

最近、寮をでて、友達とルームシェアをしているらしい。「部屋に招待したいから時間はいつがありますか。」木曜日は何も無いので約束をすることにした。

「そのときは犬料理を作りますよ。」期待しておこう。いったい、どんな料理を作ってくれるのか。

校舎の入り口には卓球台が置いてある。0902クラスの周琴さんと宇さんがいた。少し一緒にすると、バトミントンの方が好きだから外で一緒にやりましょうといわれた。外は少し雨が上がったところだった。長沙大学の正門近くにバトミントン場があり、コートが2面ある。久しぶりにバトミントンをする。やっぱり、楽しい。外は寒かったがやる内に暑くなったので、上着を脱ぎ、無心に羽を追う。

5時半になり、男の子達が晩ご飯を食べに行くので一緒に行くことに。

校門のすぐ横には食堂が3つある。今日は正面から見て左側のお店へ。

味はあまり良くない。学生はなんか漢方薬の味がするなどといっている。確かにあまり美味しくない、今度からはこの店に入るのはよそう。この場所で一番美味しいのは一番右のお店だと思う。今度からはそこに行こう。

2009/10/21

日本人として考える



朝から0802クラスの作文の授業。テーマを短いものにしたので1限で終了。後の時間はビジネスマナーにすることにした。

「みんなの日本語」も明日で終わり、みんなもビジネスマナーについて興味があるようだ。明日するはずだった、電話の受け方を授業することにした。

改めて、ビジネスマナーをすることで、自分もマナーについて一から勉強し直しである。みんなと勉強することで、もう一度新入社員の頃を想い出し、そのころに戻ったようである。


0902クラスの授業では、色々な熟語やことわざを教えてほしいと言われ、辞書を引き直す。今まで、あやふやだった言葉があり、辞書を片手に意味をもう一度復習をする。


本当に授業をすることで、いままで何となく使っていた言葉や単語についてもう一度考えることが多くなってきた。日本人であるので、間違うことが出来ない緊張感の中で授業の準備をする。

自分の勉強にもつながるので、あらためて、今の環境にいられることが良かったと思っている。

2009/10/22

目標に向かって



今日で0802クラスは「みんなの日本語」が終わった。

全部で50課。みんなは全部を使うことができるか心配であるが、勉強してきたことは確かである。

みんなに何も言えないで過ぎていく時間がわたしを不安にさせる。誰かがみんなをほめてくれなければ自信がなくなる。

行き先を変えられる時間を抜け出して、遠いところで今思っている、やりたいことをやってほしい。

今、目を閉じて、自分の中にある心に聞いてみる。みんなの気持ちが分かっているので、みんなの膨らむ思いが成功する時を私は求めている。

約2年間、日本語について習ってきた、あとは、1級試験に合格し目標とするところにたどり着いてほしい。


ビジネスマナーについて基本的な挨拶、姿勢、表情や言葉使いなどについて授業をする。

期待していた通り、学生はとてもまじめに授業を受けてくれる。

ビジネスマナーの全ては、今、生活しているものの一部であり日頃からの行いがマナーには出ると思う。

すぐには変えることは出来ないと思うが、少しづつでもみんなの意識を変えることが出来るならば、私はうれしい。


2009/10/23

うれしい知らせ


午前中の授業を済ませ、昼からメールのチェックをする。

そこには、うれしい知らせが舞い込んできていた。

大石先生からのメール。

11月の長沙への訪中が決まった連絡だった。長沙で行われるジャパンウィークへの参加のためである。一緒に両親も来ることになったこともとてもうれしい。

両親に会うのは3ヶ月ぶりになる。メールのやり取りをしているが、長沙を紹介出来ることも、うれしい原因の一つである。

11月が待ち遠しい。


午後になり、ご君が部屋に訪れた。

今から、友人の結婚式に参加するために故郷にかえるそうだ。

故郷はレイ陽。列車で3時間かかるところだ。たどり着くのは11時頃。どうしようか迷ったが、中国の結婚式に、参加出来るという魅力にとりつかれ、行くことにした。

列車のチケットは学校の近くのホテルで買い、七時に学校を出発。(チケットは41元+手数料)

8時40分に長沙駅を出発して、レイ陽をめざす。列車の中は人が多く、座席無しで立ったまま3時間を過ごす。


レイ陽着が11時過ぎ、結婚する友人を紹介してくれるということでタクシーに乗り、待ち合わせの場所へ。

前に一緒にお酒を飲んだ、りさんがいた。年上だそうだが、明るくて、みんなの盛り上げ役だ。とても良い性格だと思う。

日本のするめとキュウリが出てきて、わさび醤油で食べた。わさびの入れすぎで、むせてしょうがなかったが、まあ、なんとかビールで流し込む。

ここでも時間と言うことでさっさと引き上げ、ご君の家の近くにある屋台で夜食を食べる。

ビールと夜食でお腹いっぱいになり、今日はご君の家に泊まらせてもらうことに。

家は団地のようだが部屋の中は普通のフローリングと寝室が3部屋。

お母さんは、やさしそうな感じで夜遅くなった私たちを迎えてくれた。
2009/10/24

レイ陽の街をゆく



朝は8時からおき、ご君のお母さんが作ってくれた煮麺を食べて、レイ陽を観光することに。


まずは、家の近くの広場へ。レイ陽では一番大きい広場らしい。広場には紙を発明した蔡倫の銅像が建っている。このレイ陽の街から紙が生まれたのだ。


蔡倫記念館に行ってみる。蔡倫記念公園の門をくぐると目の前にすぐ、蔡倫の銅像があり蔡倫の人物紹介がしてある。

西暦100年ごろの人で後漢時代の宦官で製紙法を集大成したそうだ。公園内には昔使われていた道具も残っており、展示されていた。

驚くべき事にこの記念公園の全ての物はレイ陽の人々の寄付によって造られたそうだ。レイ陽の一番の観光スポットに、今はなっているらしい。


蔡倫記念公園内にある記念館は工事中。

普段は入場料が20元かかるところを無料で中に入って見ることが出来た。蔡倫記念館では、蔡倫の歴史、紙の作り方、紙の歴史、現在までの世界への伝播の仕方、紙の種類などが紹介されていた。

現在使っている紙がこの街から生まれたと思うと感慨深い物である。


記念館をでて、今度は別の場所に連れて行ってもらう。次の場所も銅像が建っている。

銅像は神農帝で「神農創レイ」と書かれている。

「レイ」は日本語にない漢字なのでここでは書けないが、意味は「農業で使うときの鋤(すき)」である。神農がこの場所で鋤を発明したことから、この街の名前は「レイ陽」となったらしいと、ご君に解説してもらった。銅像の前で記念撮影をしてから、次の場所へ移動。


烈士陵圓と書かれた門をくぐるとそこは緑豊かな公園。

ご君はここで小学生の時は遊んでいたらしい。今は、ご婦人方や子ども、老人がダンスや散歩、ゲートボールを楽しんでいる。

烈士公園と同じで白い塔が建てられており、お墓も造られていた。


中国の人々は、烈士を良く尊敬をしている。

門から一直線のところに塔とお墓があり、途中に階段を造ってある。

階段を上るとき人間は自然と頭が下を向く。それによって、塔とお墓に敬意を表すことが出来るとご君が説明してくれた。

なるほど、まっすぐ造らない意味があることに気づかされた。


昼食はご君の友達と一緒にとり、友達をつれて駅に明日の帰りの切符を買いに行く。

昨日は夜だったので駅の全体が見えなかったが、今日は見ることが出来た。今まで行った都市の中では小さいほうだ。

無事に切符を購入し、杜甫公園に行く。公園前の広場には三国志に出てくる張飛の銅像がある。張飛がこのレイ陽の街の治安を安定させるために視察にきたとのことだ。三国志が大好きな私にとってはとてもうれしいものだ。こうやって、ゆかりのある土地にいることで、心が弾む。

杜甫公園は川の中にある小島である。公園には橋を渡っていく。中は少しのアトラクションと緑の小道、川のせせらぎを聞きながら休憩をする場所ととても良い場所である。夏になると暑さを逃れるため、町の人が大勢おとずれるらしい。

公園で休憩した後、明日結婚式をする友人の家にいく。公園から歩いて10分のところにあり、家に入ると何人かの友人達が集まっていた。

中国の結婚式は前日、当日で友人や親戚が集まって食事を取ることになっているらしい。外に簡易のイスとテーブルが並べられ、みんなで食事をする。全部で50から60人ぐらい集まっているだろうか。

明日は新郎が新婦を家まで迎えに行って、新居に新婦の親戚を招待することになっているらしい。明日が楽しみである。


2009/10/25

結婚式当日



朝はゆっくり起きて、結婚式に行く準備をする。

服装は普段着。家の近くの商店で祝儀袋を買い、祝儀は100元でいいというのでご君に渡す。中国では普通、祝儀の金額は500元くらいだそうだ。

タクシーに乗り昨日行った新郎の家に行く。10時ごろ到着したが新郎は新婦を迎えに行っており、いなかったので、部屋を少し見せてもらうことにした。部屋は飾り付けをしてあり、新郎新婦の結婚用の写真が何枚も飾られていた。

飾りには{喜喜}をたくさん使っており、中国ではめでたいときに用いる字で赤い紙や金色の紙を切って作られていた。

11頃新婦が新居に到着。新婦はウエディングドレスで親戚と共に新居の中に入っていく。新婦の親戚が到着して部屋にぞろぞろ入ってきたのでいったん外に出ることに。今から、新郎側の招待が始まる。

友人もだんだん集まってきて、外はにぎやかになってきた。結婚式の用意は新居の近くの人たちも手伝ってくれており、中国の暖かい場面を見ることが出来た。

昨日の晩ご飯を食べた場所で、昨日と同じように宴会が始まった。新婦の親戚が一番のお客様なのでそちらの接待が終わってから、新郎新婦が外へ出てきた。

新婦はチャイナドレスに着替え、新郎は白酒をみんなの席を回りながら乾杯を繰り返していた。

みんなで100人くらいはいるだろうか。料理人を頼んでいるらしく、料理がいくつもテーブルに並んでいく。この宴会は今晩まで続くそうだ。

ビールを飲みながら、中国の結婚式を見られて良かったなと改めて思った。


帰りの列車の時間があったので、宴会の途中であったが帰ることになった。

時間は少しギリギリ。駅にいく前にご君の家に荷物を取りにいき、タクシーを飛ばして駅に行く。

帰りの切符は座席があるので楽に帰ることが出来た。人もそこまでいないため混雑が少なかった。列車内にはレイ陽に行くときに見た乗客が何人もいた。目的が一緒らしく、行く時間と帰る時間が同じとは驚いた。

長沙が近くなった時、黄先生から電話があり、今日の晩ご飯を部屋で作って待っているとのうれしい連絡があった。部屋に帰ると5人の学生と先生が料理を作って待っていた。みんなで食事をとり、楽しい夕食。

3時間の長旅であったが、最後までありがたいこと続きである。

レイ陽は歴史があり、街は発展しつつあるため、工事が多かったが、緑豊かな街であった。この街で見たり、経験したことは私に中国の違う一面を見せてくれたと思う。

2009/10/27

授業について



夜の教室で中国語の勉強。

テキストをどんどん進み。色々な単語を教えてもらう。

学生から「しっかり勉強してくださいね」と言われ、素直に返事をすると「よし」といわれ、なんだかおかしい状況だなと思う。

学生と授業について話をする。

「会話の例文を先生が作ってきてください。」とお願いされた。

「みんなの日本語」の会話だけでは物足りないらしい。

早速、部屋に帰って考えてみる。例文はもちろん勉強している課で使われている文法を使う。

会話場面の設定から会話内容まで作ることは楽しい。

学生に喜んでもらえるような会話文を作れたかどうか、明日学生に見せて感想を聞いてみよう。

2009/10/28

履歴書の書き方について


朝食を学生と買いに行く。

やっぱり、朝食は肉まんじゅうで決まり。

一気に食べると,おなかがすぐに一杯になる。

美味しいし、3個1元で安いので一気に食べてしまった。


作文の授業を0802クラスで行う。

今日は履歴書の書き方を教える。

中国では履歴書はパソコンで全てを作ることを初めて知った。

日本ではパソコンで作ることがないので、学生達は何で手書きなのか不思議そうである。

手書きの方が書いた人の人となりがよく分かることを説明し、見本の履歴書に書いていく。

名前、住所、連絡先、学歴、職歴、趣味、特技、志望動機、その他、書くことは慣れていない学生は悪戦苦闘。

特に、志望動機はどのように書いて良いか分からないらしい。

自分のPRになるので重要だと言うことを説明するがうまく伝わらないようなので、次回会話の授業で改めて説明することに。


2009/10/29

ビリヤード場にて



午前の授業が終わり、黄先生から今日の晩ご飯を作るから冷凍庫に入れてある魚を出しておくようにと言われ、早速部屋に帰り、魚を解凍する準備をする。

今日は0802クラスの学生が手伝って、料理を作ってくれるらしい。

少し長めの昼休みをとって、みんなが来るのを待つ。

午後5時頃にみんなが集まり、料理が始まった。

今日の食事には、ようさんの家庭教師をしている子どもも一緒に食べることに。

今、小学生でカンフーを習っているそうだが、元気が良い。

最初は静かにしていたが、慣れるにしたがってその凶暴性を発揮してくれた。

全世界の子ども達はみんな同じような行動パターンである。私も昔はこんなにきかん坊であったのだろう。

魚料理はいつものように美味しい。醤油の加減が良いのか、魚との相性がとても良いと思う。

お腹いっぱいになり、少し休憩をしている間に、学生が後片付けをしてくれた。

食事の後、みんなでビリヤードをしに行くことになった。

学校の近くに学生が見つけて、この間も行ってきたばかりである。

今日の主役は陳くんである。彼は小学校、中学校の頃、良くやっていたらしくとても上手である。

玉を突く角度やスピード、強さが分かっているらしい。(たまに強く突きすぎて玉が場外へいくがご愛嬌)

約1時間ほどの対戦で4対2と圧倒的に負けてしまった。

悔しいので次回のリベンジを誓って、練習をしなければと思いながら帰宅する。


2009/10/30

週末の夜



夕方、陳君から電話がある。「陳明さん達と今からカラオケに行くので行きませんか?」

カラオケだけでは行きたくはなかったが、ローラースケート場にも行くそうなので行ってみることにした。


彼らはもうバスに乗り、先に行っており、私は1人でカラオケのある51広場まで行かないといけない。バス停に向かい143系のバスを探す。前に51広場に行ったとき確かこのバスであったと思う。

バスに乗り込み、夕方のラッシュの車内で押されながら、何とか平和堂のあるバス停で下りることが出来た。

後は簡単である、バス停の真向かいにあるカラオケ店に行くだけである。(真向かいと言っても地下道を通らなければいけないのだが)


カラオケは4人。他の部屋に0902クラスの学生も何人か来ている。

カラオケの2時間無料券を学生が持っていたので、ローラースケート場に行く前にみんなでカラオケをしているらしい。

日本の歌を2曲歌った後、もっと歌いたかったが、時間が来たので終了してしまった。

歌を歌うと気分が良い。ストレス発散にはちょうど良いと思う。

陳明さんにマネージャーを紹介してもらう。彼の奥さんは日本人で今日本にいるらしい。しかし、彼の知っている単語は「こんにちは」と「どういたしまして」だけ。奥さんは、相当中国語が堪能なのだろう。


カラオケ店は{a go go} 店を出て、バスに乗り、ローラースケート場をめざす。学生について行くが、下りたバス停で迷子になる。目的地とは反対の方向へ行っていたらしくもう一度バス停に戻ってくる。途中で道行く人に道を尋ねながら進んでいく。

ローラースケート場は湖南省の体育館の近く。この体育館は、コンサートや大きな大会が行われるところらしい。上には大きな観覧車があり、10分10元かかるらしい。

夜のライトアップがされ、とてもきれいである。


ローラースケート場は一種のディスコの様な場所で若者がたくさん集まっていた。週末でもあり、人で混雑している。日本にはこのような場所はないなと思いつつ、スケート靴を借りる。

ローラースケートをするのは初めてである。小さい頃スケートを1回だけしたことがあるが、全くの初心者と同じである。滑り出すまで、おそるおそる足を踏み出すが、思ったようにいかず尻もちをつく。

転ぶ恐怖心から腰が引けて、バランスが崩れる。足捌きもわからず、何度もこけてしまう。

いつの間にか汗だく、呼吸は荒くなり、筋肉が緊張していることが分かる。

少し休憩をして、みんなのスケーティングを観察する。腰を少し落とし、力を抜いてリラックスしながら軽く足を行きたい方向に向けていた。

同じようにゆっくりとしたスピードでスケートをする。顔を上げてゆっくりすれば良いではないか。何度か滑るうちに少しずつ慣れてきて、他の人と一緒に滑ることが出来るようになった。

ローラースケートがこんなに楽しく、こんなにハードな物だとは思わなかった。かなりの体力と汗だくになりながら滑るスポーツであることに初めて気づかされた。

帰り道はほどよい疲れとスポーツをした後の興奮で時間があっという間に過ぎていくようだった。


2009/11/03

土曜日




朝から昨日の筋肉痛が出る。やっぱり、少しやりすぎたかなと反省する。

今朝から寒さが1段と厳しくなってきた。

今日は休日なので午前中は部屋の掃除をすることにした。

台所から風呂場、トイレまで水で流し、ブラシでゴミをきれいに流していく。

一緒に靴も洗うことにした。約2ヶ月ぶりに靴を洗う。先日、新しい靴を買っているので少し置きっぱなしにしていたのだが。新しく買ったばかりのブラシ(学校の近くの雑貨屋で見つけた 1元で購入)で洗っていく。

午後からは中国語の勉強を教室でしてもらう。週末は段さんにお願いをしている。

今日は大学内が車でいっぱい。隣の長沙大学で試験をしているらしく、外には受験生が参考書を熱心に読んでいた。学生に何の試験か聞いてみるが知らないらしい。


約2時間の勉強が終わり、部屋に帰る。ご君から、故郷に帰っていた楊さんが今日帰ってきて、お父さんの作った料理を持ってきてくれるので夕食を一緒に食べましょうと電話が来た。

今日は周金玉くんのお姉さんも長沙へ来て、一緒に夕食を食べる約束をしていたので周くんに連絡してみることに。

お姉さんはまだ到着していない。長沙に着くのは夜8時頃なのでまた今度にしましょうということになった。

楊さんが学校に着いたのは6時半。みんなで楊さんのお父さんの作った料理を食べる。

辛い料理であったが魚や肉などとてもおいしいものばかりであった。


2009/11/01

今日で2ヶ月



中国に来て早2ヶ月。色々なところに行き、様々な体験をした。学生との交流も多くなり、毎日があっという間に過ぎていく。1日1日を大切に過ごしていきたい物である。


今日は朝からバトミントンをするために食堂の上にある体育館に行く。

相変わらず、人が多かった。ここに来るのも約1ヶ月ぶりである。

範先生が来ており、劉先生も来ていた。

空いているコートを見つけ、すぐに一緒にしてくれる人を見つけられた。ラッキーである。いつもは、他の人がすぐに入ってしまうのでなかなか出来ないのである。

劉先生ともバトミントンを出来たので、今日は来て良かった。


午後から中国語の勉強をする。簡単な中国語での会話はすることが出来てきているらしいが、自分ではどこまで上達しているのかさっぱり分からない。少しは中国語を聞くことが出来ていることは感じるのだが。


夕食は、故郷から帰ってくる方さんがお土産を持ってくるそうなので、0804クラスの学生達と一緒に作って食べることにした。

方さんのお土産は、家で作っているカリフラワーを今朝、方さんが採ってきてくれた。それとお母さんが作ってくれた、ホットケーキのような物と米を団子のように丸めて固くしたお菓子だった。

どれも美味しく、方さんがカリフラワーを炒めて料理してくれた。

他の学生も料理をしてくれて、今日はいつもよりお腹が一杯になった。

こんなに毎日学生達に囲まれてとてもうれしいことである。


2009/11/02

再会を誓い



今日の昼、授業が終わり部屋に帰る途中、ご君に出会った。

ご君はあまり元気がなさそうだった。

どうしたのかと聞いてみると、今日の夜広州に行くことになったと言うではないか。あまりに突然の事なので耳を疑った。

寮に入り詳しく聞いてみると、広州に用事があり、ついでに仕事を探しに行くそうだ。もしかしたら、学校には戻ってこないかもしれないが、試験の日は帰ってくるかもしれない。

だから、午前中は準備をしていたそうだ。

しかし、今日の夜とはかなり急である。

みんなこうして学校を卒業していくのだろうか。

少し寂しい気がしたが、ご君は今からまた自分の道を見つけに行くことだろう。

長沙に来てから、初めて外へ誘ってくれたのはご君だった。この2ヶ月は本当に良く色々な話や遊びをした物だ。

それだけに、こんなに急とは思わなかった。

また、試験の時は帰ってくるかもしれないし、私が広州に遊びに行くときは必ず連絡をすると約束して別れた。

また、ご君とは再会をすることができるだろう。

2009/11/3

学校から51広場まで



湘江を散歩しながら学生達と授業をすることに。

天気が良いので、川辺を歩くのはとても気持ちが良い。

柳の下で、みんなで日本語の勉強。

みんな今何がしたいか、将来はどんなことがしたいなど、柳の下で話をしている。

「先生は今何がほしいですか」と聞かれたので、最近、空気の乾燥で唇が荒れていたのでリップクリームがほしいと答えると「それじゃ、51広場に買いに行きましょう」と提案がある。


51広場まで40分かかるのだが、歩いていくことに。

51広場に着くまでに少し疲れてしまったが、念願のリップクリームを買う事ができた。

4元と超安い。元々6元と店の主人は言ったのだが、2元もまけてもらった。もちろん、値段交渉は学生にしてもらったのだが。

店は様々なお店がたち並ぶ市場のようなところにある。(但し、雑貨中心)

他の店を物色した後、流感が今はやっており、人が多いので早めに市場から外へ出ることにした。

市場から出るとすぐ隣に太平街がある。

古い街並みを眺めながら、歩行界へ行く。目的は晩ご飯の火鍋を食べるためだ。

火鍋は前に一度食べた事があるが今回は別のお店を紹介された。

店の作りや食べ方は一緒で、辛くない鍋と辛い鍋が出てきた。

最近は辛い物が好きになったので、辛い物をたくさん食べる。

とても美味しく、みんなで楽しく完食。

帰りは少し寒くなった外を歩いて行くが、火鍋で熱くなった体を冷ましながらの散歩だったので気持ちがよかった。


2009/11/4

航空券の手配


朝からお腹の調子が良くない。

昨日食べた辛い物のせいだろうか。

授業中も痛いので、劉先生にお願いをして薬をもらう。

液体タイプの薬でかなりのにがみがある。これならきっと効果があるだろう。

午前の授業が終わり、部屋に帰るとだいぶ調子が良くなってきた。


午後になり、長沙市役所の劉さんから「24日の長沙から上海までの帰りのチケットの手配が出来ました」との電話があった。

手続きは知り合いの旅行会社に頼んで、電子チケットで購入するらしい。

明日お金を振り込むと半額の値段で航空チケットが手にはいるらしい。

すぐ買う手続きをしてもらい、明日、お金とチケット代わりの領収書を渡すことになった。

チケットは400元。

明日、早速銀行へ行ってお金を下ろさねば・・・。


2009/11/5

携帯電話を購入へ


午前の授業が終わり、陳くんと一緒に銀行に行き、ご飯を食べて、インターネットバーへいく。

旅行会社の人とチケットの交換をするとき、陳くんに通訳をしてもらうためだ。受け渡し場所の指定や時間などを旅行会社の人と陳くんに話をしてもらい、時間まではインターネットバーで新しい携帯電話を探すことに。

今持っている携帯電話は古くて、液晶の接続が悪いために、電話が良く切れたり、主電源が切れたりするので思い切って買い換えることにした。

インターネットでの方が安く手に入ると思い陳くんと一緒に探すことに。

もちろん、値段は一番安い物を選ぶ。

色々迷いながら、画面を行ったり来たり。

陳くんに電話が入り、旅行会社の人がバス停の近くで待っているらしい。

早速、バス停へ行きチケットをもらう。道ばたで大金を渡すのは少し抵抗があるが、なんとかチケット購入成功。

携帯を探しにインターネットバーへ戻る。

安いので150〜200元ぐらい。運賃が10元かかるらしい。

迷ったが150元の携帯を買うことに決めた。

早速、販売者と購入相談をする。

インターネットチャットを使って、販売契約をする。銀行からすぐに引き落としが出来、売買契約が簡単に行うことが出来た。

しかし、契約交渉をすることは今の私では出来ない。陳くんに全部頼んで交渉をしてもらった。

2,3日で届くらしいの楽しみに待っておこう。
2009/11/7

上海ガイド


上海の李さんからメールが届いていたので、早速電話をかけてみた。

11月24日に上海を両親と観光するときにガイドをお願いすることにした。

大石さんから話をしていただいていたので、交渉はスムーズに出来た。

大石さんの友人で日本語もとても上手である。私に中国語も教えてくださると約束していただけたので、今後が楽しみだ。

電話で少し話しただけだが、とても楽しい方であると印象を受けた。

上海に行くのがとても楽しみである。


学生がバトミントンをしないかと誘ってきたのでみんなでバトミントンをすることにした。

羽が見えなくなるまで夢中でして、とても良い気分だ。

バトミントンをしたときに、陳君が怪我をしてしまった。サンダルでやったので親指から血が出ており夕食を食べに行くこともできない。

今日は焼きそばが食べたかったので、少し歩いたところにある面料理屋にいき、持ち帰って、男子寮でみんなと一緒にたべることにした。

焼きそばはなかなか良い味である。7元と少し高めではあるが、それなりの味だと思う

2009/11/8

履歴書作り


朝から陳くんが履歴書を作りたいと行っていたので、一緒にインターネットバーへ行くことにした。

履歴書は毛先生からデータをもらっているので、それに打ち込んでいく作業だ。

細かいところにアドバイスをしながら進めていく。

志望動機や自己PRは少し手こずったが、陳くんの日本語力がかなりあるので他の学生よりもスムーズに進めることが出来た。


履歴書の作成が終わり、今度は日本の会社を探すことに。

陳くんが履歴書を作成している間にいくつかのホームページを検索しておいた。

日本の会社を紹介しているホームページがあったので、陳くんに紹介して、ホームに記入して会員になってもらう。

自分の履歴書を公開して、いくつかの会社を探すサイトである。

1つ気に入った会社があったので、直接メールを送って反応を確かめてみることにした。

こうしていると、自分も就職活動をしているようでなんだか学生に戻った気分である。

夕方までかかって、履歴書と会社へのアプローチが終わった。

長い一日になったものである。

2009/11/9

模擬試験


黄先生に頼まれごとをされた。

学校に溜まっている新聞紙をリサイクル屋に持っていく仕事だ。

授業に来た朱文さんと陳くん、たんさんと一緒に行くことになった。

リサイクルショップは学校の近くにある。みんなで段ボールを抱えて、学校の外へ行く。

全部で10kgぐらいを10元で引き取ってくれた。

この10元を使って、夕食の材料を買いにスーパーへ行った。

今日の夕食は、前日、黄先生が持ってきてくれた魚を調理する。

材料は全て整った。あとは、夕食を待つだけである。


今日、0802クラスは日本語検定1級試験の模擬テストである。

どのような結果が出るか分からないが、みんなの報告を待つだけである。

結果は試験の合格ライン280点を越えたのは2人だけだった。

試験では今まで見たこともない単語が多かったらしい。

しかし、模擬試験では合格ラインに到達できる人が半分ぐらい、いるのではないかと思っていたが、私の考えは少し甘かったようである。

みんなのちからをもう少し考え直して見なければならないだろう。

2009/11/11

独身の日


今日は11月11日。

中国では独身の日らしい。光棍節と呼ばれている。1が4つも並んだ日だからか。

独り者の私にはぴったりな日である。学生からはおめでとうと言われるので、ありがとうというと笑われた。

授業中にそんなことを教えてもらっていると、空が急に暗くなり、夕方のように薄暗くなった。

急に雨が降り出し、学生達は寮の窓を閉めに帰った。

昨日までの暖かい日は終わりを告げ、これからは寒い日が来る事だろう。


授業が終わり、独身の男たちでインターネットバーへ行くことにした。今日は独身同士で遊ぶのが良いことらしい。


陳くんの履歴書ができあがり、会社に応募を1社することが出来た。

インターネットを使った応募だがうまくいくだろうか。

2009/11/12

長沙に冬到来



朝から外が暗い。

雨である。

気温も昨日よりももっと寒くなった。

先生や生徒の話によるとこれから暖かい日はもう来ないらしい。


午前の授業が終わり、学生達と歩行街へ冬物の洋服を見に行く。

寒くて、平日でもある人が休日の3分の1ぐらいしかいなかった。

店はもちろん冬物のバーゲン中。

デザインがあまり良くなく、なかなか良い物が見つけることが出来ない。

これは良いと思っても値段が高い物で私には手が出ない。

高い物は400〜600元ぐらい。

安い物は100〜300元。もちろん、質があまり良くない。

結局、見つけることが出来ず、手ぶらで帰ることになった。

明日からは日本から持ってきた、冬服を着よう。


今日から0902クラスで、学生達に単語の発音を教えることになった。

400ページある単語帳を月〜金曜日の午後4時から読む練習をする。1日40ページを読むことになった。

練習方法は私が読んだ後に、学生達が3回繰り返して読むというものだ。

単語だけを読むことは、イントネーションの使い方が難しい。

いくつかの発音が途中で分からなくなった。

私の発音がおかしくなってしまったのだろうか。

発音の勉強をすることの難しさを改めて感じた瞬間だった。


2009/11/14

バトミントン




朝、バトミントンをするために体育館へ。

最近は時間がなく、あまりできなかったが今日は久しぶりに行くことが出来た。

今日もとても寒いので、人はそんなに多くない。いつもと違いすぐにコートにはいることが出来た。まずは近くにいたおばさんと一緒にするために声を掛ける。

おばさんと言ってもかなり上手。ここの体育館に来る人は毎日のようにバトミントンをする人が多いので、このおばさんももれずにそうである。

前なら、ほとんど相手にならなかっただろうが、今は対等に戦えるようになっている。但し練習だけだが。

私のバトミントンの先生が声を掛けてきた。本当の練習の始まりである。

この練習はまさに鬼の特訓とでも表現しようか。右へ左へ前へ後ろと走り回される。

私の身のこなしがだいぶうまくなったので、先生と一緒に試合をすることになった。

練習を見ていた人が試合をしようと声を掛けてきたみたいだ。

結果は負け。

少しの差だと思うが、私のサーブミスや簡単なスマッシュミスが目立つ。まだまだ、練習しなければ試合にならないと感じた。

先生に助けてもらっていたのに申し訳ない。


11時頃、教室にいくとうさんと趙さんがいたので、天気が良いので外でバトミントンをする。

趙さんは結構うまい。小さい頃に良くバトミントンをしていたらしい。

ラリーがたくさん出来るのでとても楽しい。負けず嫌いの性格なのでもちろん本気だ。

朝の疲れを忘れて、試合形式の遊びはお昼まで続いた。

2009/11/15

髪を切りに



今日も朝からバトミントン。

足の小指から血が出ていた。

靴が合わないのか小指がすれている。

終わってから、男子寮へ行く。


今日はみんなで髪を切りに行く約束をしていた。

学校から大通りまで歩いていき、通りの近くにある理髪店にいった。

私は髪が天然パーマなので、髪をストレートにすることにした。

約1時間で完成。

髪が7:3に分けられ、少し子どもっぽくなってしまった。

ニット帽を持っていたのでかぶってしまいたかったが、学生達にそのままで良いですよと止められてしまった。

今日は天気予報で雪になると言っていたが、雪にならずみぞれ交じりの雨だ。

昨日はあんなに天気が良かったのに、この変わり様が長沙らしいのではないか。


夜、学校に帰り、生徒達に髪を切った姿を見せる。

先生良いですよと言ってくれるがまことに恥ずかしい。

自分であまり似合っていないと思うので、良いと言われてもますます気分が落ち込んでしまう。

明日から授業だが、恥ずかしくて出来ないかもしれない。
2009/11/16

1級問題



今日は1日授業。

昼休みに、1級指導の先生(張先生)と文法の説明について話し合う。

1級試験に出るような、文章問題を解答し、間違っている文章の語句を正しい語句に作り直す。

1級試験はなかなか難しい。

答えは分かるが、なぜ、これが答えなのか説明することができない。

先生も辞書で意味は調べているが、説明になると難しいらしい。

先生は湖南大学の院生で日本語の文法を勉強しているらしい。


途中で張さんのスピーチコンテストの原稿が出来たので、範先生、劉先生、毛先生、私で模擬発表をすることになった。

発音の違うところを範先生や劉先生が指摘する。

文章自体は特に悪くない。感情をこめたスピーチになっていて、とても良かったと思う。

当日までに練習をして、素晴らしい発表になると良いのだが。

当日は、毛先生や私の両親とスピーチコンテストを見に行く予定にしている。

2009/11/18

ようこそ長沙へ


今日は大石さんと両親が長沙に来る。

大石さんとのメールのやり取りで大体の長沙での日程を掴んでいるが、両親についてはまだ、決めかねている。

どこか、旅行に連れて行きたいが時間があまりなさそうである。


朝から落ち着かない。

3ヶ月ぶりに両親に顔を合わすのだが、どのように変わっているのだろうか。

鹿児島の様子も気になるところだし、家族についても変化があったらしい。


到着は夜の8時頃になるそうで、午後から部屋の片付けと両親の滞在準備に追われる。

滞在場所については色々と悩んだが、結局、いま私が住んでいるところに一緒に泊まってもらうことにした。

布団が足りないので、男子寮に余っている布団を借りることにした。


両親の空港への迎えは範先生に行ってもらうことになっているので、大丈夫であろうし、大石さんも付いているので長沙に来ることには安心をしている。

夜になり、待ち合わせの正門に行ってみるがなかなか来ない。

30分が過ぎ一度部屋に帰ってみる。

中国では国内線が遅れることが多いので、たぶんそうだろうと思っていた。


劉先生から電話があり、「範先生とご両親が学校で待っていますよ。」と連絡を受け、急いで外へ走っていく。

校庭の前に範先生の車があり、近づくと見慣れた両親の顔を発見。

両親は疲れた様子もなく、元気そうである。

荷物を取り出すと、大きなスーツケースが3つと大荷物である。

範先生には部屋まで荷物を持ってきていただき、大変有り難かった。


部屋で両親との久しぶりの対面。まずは、母親との抱擁の後、父親との固い握手。

「元気そうだな。」と父の声を聞き、一安心。

一通り、部屋を案内して、今後の日程について打ち合わせ。

今日は夜が一段と寒くなっているので、早めに就寝することにした。

中国長沙で両親と一緒に寝ることは、これから先まず無いことであろう。

明日からの学校がとても楽しみだ。

2009/11/19

日中友好授業


父の朝は早い。

毎日規則正しい生活を心がけているので、今日も時間通りに起床していた。


朝の1コマから両親には授業に参加してもらうことにしていた。

学生達の「おはようございます」の声に両親は繰り返し答え、教室へと向かう。

0802クラスの授業では、両親に自己紹介をしてもらい、私の家族についての話をしてもらった。みんなは興味津々といった表情で両親の話を聞いている。

父は教師をしているので、鹿児島でしている授業の話をしたりして、みんなの反応を確かめている。

母は、仕事の話や家でのこと、自分の趣味などについて語ってくれた。


1時間半はあっという間に過ぎ、次の授業に行くことに、0804クラスを覗くとなんと大石さんが来て居るではないか。

早速、挨拶と両親についてのお礼を述べ、両親と共に教室の中に。

この時間は大石さんと一緒に来ていた、永留先生が日本での音楽の授業をしてくださることになっており、0902クラスと合同で50人ぐらいの学生が集まっていた。

部屋を埋め尽くす学生の前に永留先生が教壇へ立つ。

柔らかい声で少し自己紹介をされ、小学生の音楽授業が始まった。

私が小学生だった頃の懐かしい音楽が流れ、先生が歌い出す。

先ほどの柔らかい声とは別人の声のようにはっきりと、しっかりとした声が教室に響く。

音楽の先生らしい丁寧に音譜に乗せた声が中国の空気を日本に変えていった。

1年生から6年生までの曲はどれも知った曲なので、私も一緒に歌い、幼い頃に戻ったような気分であった。

後で分かったことだが、母も歌っていたらしく、学生から「お母さんは歌が上手ですね」とほめられた。

昔から歌うことが好きだった母なので、うれしく思った。

永留先生はベテランの教師であり、授業の進め方、途中でリコーダーで曲に合わせて演奏されるサプライズまで飛び出し、教室は大盛り上がり。

学生達も初めて聞いた曲でも、少しの練習で一緒に歌うことが出来たのには驚いた。

積極的であり、吸収の早い学生達が少々うらやましい気がした。


午後は範先生や劉先生、私たち5人の日本人が、長沙にあるアジアで1番大きいと言われるレストランに行く。

レストランと言っても門が高く、中では2組の結婚式が行われているという場所である。

店の中も広く、いくつもの角を曲がり、中の部屋へと通される。

料理の味も良く、範先生が辛さを抑えた料理を選んで注文して頂いたらしい。

この食事の時に、柿木さんの話があり、今病気で休んでいられるらしい事を聞いた。

あさってから始まるジャパンウィークが目前に迫った中での病気と聞いてみんな心配。

大石さんが是非見舞いに行かなくてはと電話をして様子を確かめる。

思った以上に熱や咳があると聞いて、大石さんはいてもたってもいられない様子である。

異国の地での病気は大変な物で、1人での寂しさは日本での生活では考えられないものであろう。

そのことが分かっていらっしゃる大石さんの優しさに心打たれた。


食事が終わってから、部屋へ戻り、少しの休憩をした後に、学校へ行き学生と両親と一緒に湘江を散歩することにした。

辺りは薄暗くなり始めており、風も少し強い。いつもの長沙である。

学生達が両親と話をしてくれるので傍でみんなの会話を聞いてみる。

両親の話すスピードが速いので、学生達が聴き取れるか、ひやひやしながらだったがちゃんと会話が出来ていたので、一安心。

約1時間と短い散歩だったが、両親に湘江を見せることが出来てとても良かった。

時間があれば、朝の湘江にも一緒に来てみたい。


今日の夜は範先生が主催の食事会と言うことで、一度学校に帰り、劉先生とレストランへ向かう。

湘江沿いに立ち並ぶレストラン街の1つ。

きれいな店内と接客態度がとても良かった。

お茶を入れる担当の方がお茶の入れ方を見せてくれた。

これが普通の入れ方ではない。

急須自体の先がとても長くなっており、お茶を淹れるとき、こぼすのではないかと思うほどである。

この先の長い急須を縦横無尽に回し、パフォーマンスの後に茶碗に注ぐのだが注ぎ方も見事である。

まさかこのような物が見られるとは感激である。

お酒も白酒をたくさんいただき、とても良い気分で家路へとついた。



2009/11/20

部屋の扉が・・・


本日から少し朝の寒さが和らいできた。

両親共にこの良い天気を歓迎している。

今日は0802クラスで授業をする。

昨日、学生達とは少し話をしていた両親なので、自己紹介をした後で早速父に日本の中学生に教える授業をしてもらうことにした。

父は40年間現場の教師として仕事をしてきた。

やはり、授業のやり方がとてもうまい。

父の授業風景は小学生の頃、すこし見せてもらって以来だったので、忘れかけていたが、前と変わらず大きな声と丁寧な口ぶりである。普段の家と違う一面を見て、そして、いつものように学生に教える姿は一生忘れないだろう。

途中で授業を見ていた大石さんが「お父さんは授業がうまいですね」と言っていただき、誇らしい気分になった。


授業が終わって、学生を誘って、両親を博物館に連れて行くことに。

博物館はこの前行ったときにとても感動したので、是非両親を連れて行きたい場所の1つである。

大学近くのバス停から烈士公園へ行き、公園内を通り抜けてから、博物館へ。

博物館では以前と同じ、パスポートの提出を求められ、時間を見てみるとなんと1時間半後に入場することになっていた。

時間が有り余るので、近くのケンタッキーで少し早めの昼食をとることにした。

長沙の街にはいくつものケンタッキーがあり、値段は中国では少し高め。

味は日本とあまり変わらないのでみんなで話をしながら、時間を潰す事に。


博物館内は以前来たときとは展示物が少し変わっていたが、有名なミイラはいつもの場所に静かに横たわっていた。

本当に動き出さんばかりの姿で、今回も時空を越えたご対面を果たした。

両親の感想を聞き忘れたが、展示物全てが歴史的遺産であり、今こうして見られることに感謝をしたい。


部屋に帰り小休憩をし、教室へ行く準備をする。明後日あるスピーチコンテストにでる張杏子さんのスピーチを両親と一緒に聞くためである。


母がリビングと寝室が繋がるドアを力強く閉めた瞬間「カチャッ」と音か聞こえた。

ビックリして振り返り、ドアを開けようと試みた。こんな事は初めてである。

しかし、開くことはなく、鍵も貰っていないのでどうしようも出来ない。

上を見てみると小窓がある。ここを開けばどうにかなるだろうと思い、イスに乗り、小窓を押すが骨折り損のくたびれもうけ。

ここに来てからのトラブルには慣れているので、学校に行くついでに劉先生に相談してみることにした。


学校では両親にはスピーチコンテストの審査員になってもらい、模擬発表をしてもらった。

初めて聞く張さんのスピーチはどのように両親の目に映ったであろうか。

話し始める前の心構えから、話す時の姿勢、話し方など様々なアドバイスがもらえてとてもよかった。

張さんも改めて欠点を見つけ出し、本大会に臨んでくれるものと信じている。


模擬発表も終わり、劉先生にドアについて相談する。学生にお願いして鍵を開けてもらうことになった。

成さんにお願いをして、部屋に来てもらう。鍵はカードを使って下から上に鍵を開けるやり方らしい。

何度してみてもなかなか出来ず、遂にギブアップ。範先生に電話をし、ドアを蹴り破っても良いか確認をした後で、成さんが映画のワンシーンのように助走をつけたかと思うとドアを一瞬のうちに「ドン」という音とともに開けてしまった。

部屋にいた学生達と両親から歓声と拍手が成さんに送られた。成さんは今日から両親より「スーパースター」と命名された。

それにしても、このトラブルも無事に解決することが出来た。もし出来なかったら、私たちは洋服もなく寝る場所もない生活を送らねばならなかっただろう。

成さんに改めて感謝したい。


夕方になり、0802クラスの学生達が部屋を訪問してくれた。

今日は学生達の中華料理を両親に振る舞ってもらう。

中国での家庭料理を学生達に作ってもらい、料理を食べながらみんなで和やかに話をする。

父と母は話し好きなので、学生達との会話を十分に楽しんだようだ。

私の小さい頃のはなしや今後の仕事についてのこと、自分の人生設計についてなど話題は様々。

学生達も真剣なまなざしで両親の話を聞いている。


元来、私は家であまり話をすることは少ない。

父、母、兄、姉がそれぞれ話をするので我が家はいつもにぎやかである。

その中で、私は聞き役に回ることが多いので、今日もそのようにしていると、学生から「今日はご両親が居るので静かでしたね」と言われた。

なんだか恥ずかしい物である。普段の家にいるような雰囲気があったからこそであろう。

私生活が学生達に垣間見られてしまい、どんな顔をすればよいか困ってしまった。

2009/11/21

今日の主役はおはら踊り


今日は昼からのジャパンウィークに向けて遅めに起き、少しの時間を使って学校から歩いて15分の開福寺へ観光に両親と行ってみることに。

案内に昨日のスーパースター成さんと欧さんにお願いをした。

開福寺は1度行ったことがあり、いい印象があったので是非両親を連れて行こうと考えていた。

入場料1人20元で寺院の中に入る。

お寺は全部で2つ。女性の大仏があり、日本にある寺院とは少し違う感じがするが、お線香の香りは同じである。

橋を渡り、左手に曲がると、入り口でもらった、線香を投げ入れる場所があり、まずそこで礼拝をする。

すぐそばの大仏を拝み、中央にある、寺院の中へ。

門をくぐり、1つの大仏を拝み、中庭を通り抜けると、奥には500体の金の仏像が並んでいた。

1通り歩き、右手にあるひときわ大きなお寺の中に。

大仏の周りを13回歩いて回ることで願いが通じると言うことで、成さん、欧さんと一緒に歩いた。

朝から良いことが出来たので、今日のジャパンウィークもうまくいくだろう。


昼前に0804クラスの叶媛さんにお願いして、会場がある歩行街へ連れて行ってもらうことに。

母は着物で行くため、タクシーを利用しなければならないからだ。

歩行街は休日のためたくさんの人が集まっていた。

両親も人の多さに目を丸くしていた。

会場は歩行街の中央。すでに人が大勢集まり、ステージではイベント前の告知がされていた。

来賓客席用のテントに運良く入り込めたので、早速、大石さんに連絡するが、なかなか繋がらない。

開会式が始まり、日本のアニメコスプレショーが続いて行われた。長沙の大学生達が作った衣装や小道具をもってステージへ。

アニメが有名なので知っているキャラクター衣装の人が現れると観衆から歓声が上がった。

続いて、日本から歌手の下川みくさんが登場し、最近の曲やアニメの曲などを披露。

そろそろ、陽が傾いてきた頃、日本と中国のダンスショーが始まった。

日本からはおはら踊りとよさこい踊りが披露され、中国からは少数民族の踊りから中国での新しいダンスなど幅広いステージになっていた。

今回おはら踊りを鹿児島女子短期大学の学生が踊っていたが、その踊りの切れや全体の統一された動きは、今まで見てきたおはら踊りとは比べものにならないくらい凄いもので鳥肌の立つ思いだった。

学生は全部で20人のステージを右から左から縦横無尽に動き回っていた。

あまりのすばらしさに声も出ない。鹿児島の魅力が伝わるとても良い交流になったのではなかろうか。

最後のステージは日本、中国の参加者全員で1つの踊りをして、このジャパンウィークの歩行街でのイベントは成功の中で幕を下ろした。

本日は天気も良く、この前の寒さが嘘のようなとても過ごしやすい1日だった。このような巡り合わせに感謝したい。

2009/11/22

スピーチコンテスト


朝の寒さは依然として残っているなか、6時起床で両親とバス停に向かう。

バス停で学生と毛先生を待ち、みんなで一緒に湖南大学をめざす。

今日行われる、スピーチコンテストはそこで行われる。

スピーチをする張さんは少しの緊張も見せず、髪をきれいに結われ、少しお化粧をした姿はとてもきれいであった。

会場にはたくさんの学生が集まり、日本人もかなりの数が集まっていた。

張さんは10番目。控え室で毛先生と一緒に激励をした後、会場に戻り、出場を待ちかまえる。

ドキドキしながら出番を待つこの瞬間は見ているこちらも緊張を隠せない。

張さんは練習の通り発表を行い、質問の受け答えも良かった。

スピーチ内容は「愛と承諾」父との心の交流についてのスピーチであった。

質問はクジによって決められ、質問内容はその中にある番号によって変わってくる。

質問は「日本のどこに行ってみたいか、今までで一番感動したことは」というものであった。

先日の模擬スピーチの時に練習をした質問が出たので張さんはすらすら答えることが出来た。

この1ヶ月練習をし、この日にしっかりと発表出来た、張さんに拍手を送り、あとは結果を待つばかりである。

午前は日本語の勉強を始めて2年の学生が発表し、午後から3、4年の学生が発表をした。

午後からのスピーチはやはり日本語がとても上手である。

発音もきれいで、スピーチの内容もとても良かった。

結果発表は午後5時頃になるそうなので、先に部屋に帰ることにした。


部屋では0804クラスの学生が夕食の準備をして待っていてくれた。

色々な学生達と両親が交流してほしかったので、このような場をもうけることにした。

昨日と同様に両親の話は様々。学生達の興味も尽きないようである。

そこに、張さんがスピーチコンテストで3位をもらったとのメール届き、両親と一緒に喜びを共有した。

明日、学校に行ってすぐにお祝いを言ってあげよう。

2009/11/23

着物授業


朝から授業の準備が忙しい。

私ではなく母である。

今日は担当クラス全部の授業があるので、母に着付けをしてもらうようにお願いをしていたからである。

着付けをするには少し寒いのではなかろうかと思っていたが、天気も良く、太陽も出てきてくれた。

1クラス1人しか着付けが出来ないのは残念だが、母の寸法に合う人を選び、着物を着せてもらった。

学生達はきれいな着物や小物に興味津々。髪をあげて、いつもとは違う学生に私も着物は良い物だと改めて感心するばかりである。

この着物の着付けを通じて学生の日本への興味が一層深い物になったのではなかろうか。


その夜、0802クラスの学生に夕食を作ってもらった。

今日の着物の感想や日本についての事など質問が飛び出し、楽しい雰囲気。

明日には両親が帰国することになっているので、学生達は残念そう。

最後の別れの時、母は少し涙を見せた。

このように学生達と心の交流が出来たことが今回の旅行での一番の思い出になったと言っていた。

母と抱き合い、握手を交わす生徒達とまたどこかであえるような予感がする。

来年の夏前にまた長沙に遊びに来ると約束をし、みんなとの最後の別れを済ませた。

明日は上海に行き、1泊した後で鹿児島へと帰る予定になっている。

2009/11/24

上海へ


上海へ旅立つときが来た。

長沙黄花空港まで範先生にお願いをして送っていただくことになった。

朝から荷物の片付けに両親は忙しい。

スーツケース3つ分の着替えやお土産で一杯にして、準備完了。

10時半に学校を出て、11時半前には空港に到着。

チケットカウンターで荷物を預け、空港内へと進む。

手荷物検査で列に並ぶが一向に進まず、だいぶ時間のロス。

飛行機は時間通りに出発が出来、約1時間半の上海までの空の旅。

あっという間に上海に到着。

ここで、李姐姐が待っているはずだが。

到着ロビーで待つもなかなか見つけることが出来ない。

電話を掛けようと携帯を使うがまったく使うことが出来ない。(帰ってから学生に聞くと今持っている携帯は湖南省内でしか使うことが出来ないらしい)

公衆電話から電話を掛けようと思うのだが、これまた使い方が分からず、連絡が取れないのでホテルへ行き、ホテルから電話を掛けることにした。

ホテルへはタクシーで1時間弱と結構遠かったイメージ。

街の中心の渋滞を抜け、目的のホテルへ。

チェックインカウンターでは、心許ない私の中国語で何とかチェックインすることが出来部屋へ。

なかなか良いホテルで、案内書にも日本語があり、李姐姐に早速電話を掛ける。

「いま、空港にいます」と答えが返ってきて大変申し訳なかった。

本当であれば最初に空港での目印での待ち合わせをしておけば良かったと後悔をしている。

ホテルまで来ていただき、上海市内を案内してもらうことになった。

豫園をはじめ東方明珠塔(テレビ塔)、外灘(バンド)の眺め、新世界、地下鉄に乗り人民広場など市内を観光することが出来た。

上海では外国人の姿を多く見ることが出来、さすがは国際都市と感じずにはいられなかった。

観光では李姐姐に連れて行ってもらえたことがどんなに有り難いことだったか。

案内していただけなかったら、ホテルでじっとしているだけになっていたかもしれない。

両親も上海の街を見て回れたことは大変良かったと言っていた。

ホテルへ帰り、何ヶ月ぶりに浴槽に体をつかることが出来た。ほっと一息。後は両親を上海国際空港へ見送り、長沙に帰るだけである。

2009/11/25

あっという間


帰国の時が迫っている。

この1週間は夢のようである。

まさか両親が中国、そして長沙に来るなどということは半年前には考えもしないことであった。

こうして、両親の中国での旅行が終わろうとしている。

空港で手荷物を預け、手荷物検査場前で別れを告げた。

また、来年遊びに来るということを聞いていたが、やはり、少し寂しさを感じる。

両親との固い握手の後で、笑顔で日本へ帰っていく後ろ姿を眺めながらそう思った。

バスに乗り、上海中心に行くまで、今回の旅行がどうだったか考えてみた。

あまりというか、ほとんど観光らしいことが出来なかったのではないかと思うが、学生達との交流、中国の若い人たちと話が出来たことはとても良かったと考えている。

1週間という短い時間の中でスケジュールは一杯であったが、天気に恵まれ、寒い日も1週間前に終わり、暖かい日が両親の中国訪問を歓迎していた。

本当についていたと思う。鹿児島出発1週間前はあんなに寒かったのが嘘みたいである。

私もこうして無事に長沙に帰ってくることが出来、両親も日本へ無事に送り届けることが出来たことは、ひとえに色々な人たちの支えがあったからと思います。

この両親の旅行において、皆さんにしていただいたことに感謝いたします。本当にありがとうございました。

2009/11/29

休日らしい休日


午前中は読書で終わった。

今週のはじめからの風邪もだいぶん良くなってきているが、まだまだ、せきやたんが残る。

先週、平和堂へ海苔を買いに行ったついでにコーヒーを買っていたので、小説を読みながらコーヒーの一杯という優雅な休日を楽しむことに。

3ヶ月ぶりに飲むコーヒーにこころが浮き立つ。お湯を沸かし、カップにインスタントコーヒーをさじで2杯ほどいれ、砂糖少々。

沸き立つ湯気が寒さを表しているように、今日は朝から冷え込んでいる。

そのこともあって、コーヒーを飲む気になったのかもしれない。

カップにお湯を注ぐと、コーヒーを挽いたときのあのかぐわしい香りが鼻孔へと入り込んできた。

フーとため息をついた後、まずは、この香りを楽しむ。

ただのインスタントコーヒーであるが、何ともいえない懐かしさがあり、そのことが香りに新鮮みをもたせる。

コーヒーのもつ魔力であろう。味と香りが心地よいところへ私を誘ってくれるようである。

こうして、異国の地でコーヒーを飲む贅沢、ただしコーヒーショップに行くのではなく、部屋で飲むという事は私の記憶に残る1つの出来事だと思う。


夕方から夜に掛け、少し小雨が降り始める。

金曜日から故郷に帰っていた、成さんがお土産を持ってかえってきた。

男で夕食を作るためにスーパーへ買い物に。

今日のコック長は成さん。

スーパーでの買い物も成さんが品物をほとんど決め、作る物も考えてくれた。

部屋に帰り、早速、下準備をし、さあこれから料理をしようとした時、ガスが切れてしまった。

すぐに、欧さんに頼んで、ガスを買いに行ってもらった。

30分の休憩を余儀なくされ、ガス屋さんが来るのを待つことに。

今日のガス代102元。前の時は80元ちょっとだったような気がしたので、欧さんに聞くと「前より少しガスが大きい」と言われた。

1本のガスを使い切るのに大体2ヶ月ほどであった。

ガスもきて、調理開始。

手伝いをしようと、成さんに何か作ろうかと提案するが「今日は私が全部作ります」というのでお願いすることにした。

できあがった料理はどれも美味しく、みんなの腹ぺこお腹を満たすのに十分な料理だった。

お土産は鳥を醤油で煮込んで干したもの。少しピリ辛だったがとても湖南らしい料理だと思う。

2009/11/30

永留先生との夕食会


授業へ行くと大石さんと永留先生が職員室で待っていた。

今日は永留先生に音楽の授業の続きをしてもらうことにしていた。

0802クラスでは永留先生が準備をしている間に大石先生に話をしてもらった。

ユーモアがあり機知に富んだ話はとてもおもしろく、今回の旅行での色々な体験を語っていただいた。

これまで中国の色々な場所に行かれたらしく、とても中国に詳しい事が判明した。


永留先生の授業は1日まるごと使ってもらった。

0802クラスから始まり0902クラス、0804クラスと私の受け持つクラスを全て音楽の授業をしていただいた。

みんなの知らない歌から知っている歌まで様々である。

時間はあっという間に過ぎ私も1生徒として授業に参加させてもらって、小学生の頃に戻ったようであった。


3コマが終わってから、永留先生は0804クラスの学生と一緒に買い物に、私は0802クラスの最後の授業と言うべき会話試験をすることに。

一人ずつ教室に呼び、日本のことや将来のこと学校で勉強してきたこと、過去のことなど色々な話題で会話をしていく。

会話に点数を付けることは大変難しい。

総合的な点数になるので少し厳しくなってしまった。


0802クラスの試験も終わり、部屋に帰ると永留先生と0804クラスの学生が料理を作って待っていた。

今日の晩ご飯は永留先生の歓迎の意を込めてみんなで作ることにしていた。

夕食は歌をみんなで歌ったり、学校の色々な話をしたり、永留先生の話を聞いたりと、とても楽しかった。

学生達が中国の色々な歌を歌ってくれたことはとても印象深い。

これも、永留先生がいらしてくださったおかげだと思う。

こんなに楽しい夕食が出来た永留先生にとても感謝している。


2009/12/1

餃子パーティー


12月に入り、学生達の戦いである日本語能力試験の日が近づいてきた。

あと、数える日しかなくなったが、意外と冷静な学生達なので大丈夫だと思う。

12/6はみんなにとって大切な日になると良いのだが。

それまでは色々と手伝うことが出来るだろう。


今日の夕食は0802クラスのみんなと毛先生と一緒に餃子を作ることにした。

授業が終わり、4時になると学生が続々と集まってきた。

毛先生と一緒にお昼の時間に食材を買いに行ってあり、学生が揃ったところで準備開始。

買ってきた野菜をみじん切りにして、ボールで混ぜ合わせる。

餃子の皮は買ってきた物があるので、下準備は必要なし。

みんなで作ったアンを皮に包んでいく。

上手に出来たところをみんなで見せあったり、変な形の餃子を作ったり、中に唐辛子を入れたりと大騒ぎで作っていく。

みんなで作った餃子は毛先生が調理することに。

中国での基本的な餃子である水餃子に変化していき、タレは毛先生が得意とする唐芥子と
ラー油、醤油の合わせた物。

おいしい、おいしいといいながら次々と茹でられていく餃子はみるみるうちになくなっていった。


このクラス全員で一緒にご飯を食べることは最後になるもしれない。

そう思うととても寂しい気持ちで一杯になる。

みんなは、日本語能力試験が終わるとすぐに仕事を探しに、故郷や大都市へと向かっていく。

しかし、まずは日本語能力試験に合格することである。

まだ、あと1週間あるので私も出来る限りのことをと思うばかりである。


2009/12/6

日本語能力試験の日


今日は学生達の試験の日である。

みんなは朝早くから起きて、試験会場の湖南大学へ行っている。

私もみんなの合格を祈って岳禄山に登ることにした。

0902クラスでは受験者が少ないので、みんなと一緒にいざ岳禄山へ

岳禄山の麓には休日のために観光客がたくさんいた。

大学前にある毛沢東の銅像の前にはたくさんの人が並び写真を撮っている、

いつもの光景である。


岳禄山の案内を先学期まで、学校で文法を教えていた先生にしてもらった。0902クラスの学生とは時々連絡を取り合っているらしい。

天気は曇り空だが、そんなに寒くもなく登山には良い天気になっていた。

みんなで元気よく歩き出し、最初に見られる愛晩亭で記念撮影。

岳禄山は人で一杯。愛晩亭の周りでは子ども達が写生の真っ最中。

4才から5才くらいであろうか。少し覗いてみる。小さい子ども達の描く風景はとても自由である。

頂上まで行く前に軽く汗ばむ良い陽気。

頂上では景色は相変わらずで、街に薄いモヤがかかったような様子。

頂上前の烈士の墓に学生達の合格を願い、お昼になる頃下山し、受験した学生達を迎えることに。


学校前ではみんなほっとした様子。

今回の出来はどうだっただろうか

試験の結果についてはまた明日にでも。

今日はゆっくり休んでほしい物である。

2009/12/7

黄先生と食事


午後から黄先生が夕食を作りに来てくれた。

午前中に魚の仕込みをしてくれており、せいさんと王さんが料理の手伝いに早くから来てくれた。

0804クラスのおうこんさん、周金玉さん、0802クラスの朱文さんと張杏子さんが来てくれた。

メインの魚は2種類の料理に変化していた。

周金玉さんを助手にして、料理を作っていく。

周さんは男性ながら料理が上手である。

みんなでの食事で気分良くなり、話も弾む。

いつものように、やさしい黄先生にとても感謝している。

今学期で黄先生は退職してしまう事を聞いているのでとても寂しい限りであるが、「本当に退職してしまうの」か、今はまだ実感が湧かない。

いつも私のことを気に掛けてくれる先生を中国でのおかあさんだと思っている。

あと1ヶ月ほどしかないので今以上に交流をしていきたい。

2009/12/8

最後の晩餐


昼食は周金玉さんの家で犬鍋をごちそうになる。

今回で2回目になる。前回よりも辛さが抑えめで食材も色々ある鍋になったのでとても美味しかった。

犬の肉は軟らかく、中国で食べるどの肉よりも食べやすいと思う。

0804クラスの人たちを呼んで、最後の晩餐になった。

周さんにはいろいろお世話になり、トラブルの時は本当に良くしてくれた。

有り難いことである。

周さんは卒業してから、コンピューターの学校へ入るつもりらしい。

今日一緒にご飯を食べた学生はほとんど残ると行っていた。

小雨が降るあいにくの天気であったが、みんなと又、こうやって生活できることがとても楽しみである。


夕方、すうようさんにおねがいして、郵便局の場所を教えてもらった。

一緒に郵便局に行く。郵便局は病院の隣にある。

一通り説明してもらい、明日にでも郵便物を出そうと思う。


帰ってくると陳さんから電話がかかってきた。

今日は私のおごりで夕食を毛先生と一緒に食べましょう。という内容だった。

陳さんのご招待にあずかることにした。


バス停で待ち合わせをして、レストランへ。

料理は魚料理と米豆腐、肉の炒め物など、どれもおいしいものだ。

ワンワンという店は学校の近くではおいしいと評判の店。

炒め料理が特においしいらしい。

陳さんの招待でこんな風に食事をすることはこれが最後になるだろう。


2009/12/9

郵便局でのショック


午前中の授業が終わり、0902クラスの学生達と食堂でご飯を食べる。

食堂で、日本人と言うことが分かって、コックさんに良くしてもらっている。

中国語で料理を注文し、お金を払うことも出来るようになったのは進歩なのだろうか。

しかし、このコックさんは長沙弁しか話す事が出来ないようで、私にはちんぷんかんぷん。

初めて聞く発音がたくさんあり、「ああ、これは標準語ではない」と分かるだけで、意味はさっぱりだ。


午後2時半ぐらいに陳さんから電話があり、朱文さんの友達のりょうていさんが遊びにきているので、先生に会わせるので部屋に来るといった。

少し待つと長身の美人が部屋に遊びに来た。

今はハルビンの日本語学校で日本語の勉強をしているらしい。

とても美人である。日本語は長沙で半年勉強して、1年半はハルビンに転校したらしい。

長沙のこともよく知っている。


みんなとは1時間くらい会話をして、4時過ぎに陳加麗さんと一緒に郵便局へいく。

昨日、すうようさんと一緒に下調べを済ませているので、場所はすぐに分かった。

着いてすぐに荷物を出すと、今日は取り扱いが出来ませんと言われた。

床が水浸しになっているので、別の場所から出してくださいといわれた。

日本ではそんなことありえない事だと思ったが、また明日にでもこようと今日は帰ることにした。

せっかく準備をしたのに残念である。


2009/12/11

インターネットでお買い物


日本から持ってきた冬服が足りないので、陳さんにお願いして、インターネットバーで服を買うことにした。

インターネットバーへいくと、普段は身分証がいらないのに、今日はパスポートを見せてくださいといわれ、部屋まで取りに帰った。

毎年、新年や大きな休日になると取り締まりが強化されるらしい。


前に陳さんが買っていた服がとても良い物だったので、インターネットで買っても大丈夫だと思う。

陳さんが前買った店で、洋服を選んでみる。良い物があったのどうかと陳さんに見てもらったが他の物も見てくださいと別の店も見せてもらった。

他の店では、安い物は120元ぐらいから高い物は10000元の物まであった。

最初は目を疑った。丸の数え方を間違えたのかと思った。

陳さんは当たり前のように1万元ですよといっていた。

私には信じられない値段だった。こんな服を着る人が本当にいるのだろうか。

無事に良い物を探し出して、交渉を陳さんにお願いする。

割引は5%だけだが、340元で品物が良さそうなのですぐに決定した。

品物が届くのだ楽しみだ。


部屋に帰ると、0804クラスの方さんと王さん、陳加麗さんが待っていた。

今日の4時から、会話の練習をすることになった。

色々な話題でたいそう盛り上がった。

みんなは日本語能力試験1級に向けて意欲的である。

来年には今以上の会話能力をつけてほしい物である。

2009/12/15

0902クラスで一杯



浅い眠りから醒めたとき、ドアをたたく音に目が覚める。

眠たい目でドアを開けると周金玉さんがいた。

範先生から頼まれて、壊れたシャワーの取り付けに来てくれた。

昨日のうちに壊れたシャワーは回収してもらっていた。

昨日、黄先生に持ってきてもらっていた工具を使って、手際よくシャワーの交換をしてくれた。

周さんにはトラブルの時は良く、手伝ってもらっている。


修理が終わり、12時くらいに電話が鳴る。

誰からかと思い、出ると劉先生の声だ。

シャワーの状態はどうですか。

心配して電話をしてくださった。

大丈夫です、と答えた。本当に有り難いことである。


2時間後、またドアを誰かがたたく。

今日は0902クラスのみんなとご飯を食べる約束をしていたのを想い出した。

外には、毛先生、うさん、林さんが立っていた。

今日の食材を手に、少し早く来ちゃったみたいな様子で立っている。



1時間くらいテレビを彼女たちがみていると続々と集まってきた。

張金さんと男の劉さんが餃子の用意をする。

張さんは手際がいい。

張さんと劉さんが頼もしく見える。


5時頃、黄先生が作った魚料理を持ってきてくれ、毛先生と学生達が餃子を包みだした。

どんな物が出来るか楽しみである。

料理をするのは、黄先生、毛先生、彰先生。

劉さんがワインを持ってきて、みんなで飲みながら、餃子を食べる。

今日の部屋は20人で人が一杯、とても数が多い。

みんなで作った餃子はあっという間になくなり、黄先生が持ってきた魚もすぐに食べきってしまった。

わいわいとした食事で彰先生とも話が出来たのでとても楽しい夜になった。

2009/12/17

学生と会話練習



霧深い朝を迎える

授業に行く道は朝靄とは違う、薄くかかる霧がいつもの学校とは別に見える。

冬になるとこれはよくあると学生がいっていた。

授業もお昼近くになると、霧も晴れ、久しぶりの青空を見ることが出来る。

気持ちの良い光を受け、部屋に帰り、一休み。


午後から0804クラスの学生達と会話の練習をする。

部屋にきた学生達はそれぞれに思うことを話す。

みんなはまだまだ発音や単語の間違い、文法間違いなどあるが表現はなんとか分かるレベルである。

これから、冬休みに入るまでに会話レベルを上げるため、毎日会話練習をすることを約束した。

これからが楽しみである。

2009/12/19

イヤホンを買いに


1時から方さんと一緒にqqで使う会話道具(イヤホン)を買いに学校の外へ。

商店を覗くが見つからず、結局、金満地までいくことになった。

金満地でも端から端まで歩きまわり、元の入り口まで戻ってくると見つかった。

最初からここで聞いておけばよかったと方さんと顔を見合わせて笑った。

18元で手に入り、早速部屋で試しに使ってみる。


ちょうど、qqに徐さんが居たので会話スタート。

彼女は今、広東の花都におり、履歴書を作っている。今度会社に面接に行くそうだ。


久しぶりに会話をすると少し会話を忘れたといっていた。

今度から話をする時間があるときは連絡するといってqqを終わらせた。


方さんから叶さんが長沙に来ていることを聞いて、電話をしてみた。

ちょうど、歩行街に居るので、学校に帰ってきますということで晩ご飯をたべることにした。

彼女は今学期で卒業するらしい。

今度の冬休みに遊びに行く約束をして、バス停に送っていった。

学生がいなくなることに、少し寂しく感じてきた。
2009/12/24

クリスマスイブ



今日は朝から浮き浮きしてしまう。

クリスマスイブはなぜか心が浮きだつ。

授業を済ませ、みんなと約束した、スケートを歩行街にいってするつもりだ。


夕方に0804クラスの学生たちと歩行街にむけて出発する。

今日は歩いて歩行街までいく。

金満地を通り抜け、歩くこと30分。目的の黄興路(歩行街)へ到着。


街はクリスマス一色。

サンタやイルミネーション、クリスマス関連の商品が並び街は華やかだ。

学生の半分は買い物に。

今日は特に割引の店が多いようだ。


スケート場は歩行街のちょうど真ん中辺りのビルの三階。

7時ぐらいに着き、早速スケートを開始。

後ろに倒れそうになる体を必死で平行に持って行き、みんなと手をつなぎながらスケートする。

こんなに難しい物だとは思っても見なかった。

途中から人がかなり多くなり、後ろから押されたり、前で転んでいる人に突っ込んだり、自分で転んだり、大変なスポーツだ。


クリスマスイブのイベントがあり、中央のステージでは歌を歌ったり、ダンスをしたりする人がいる。

このような場所は日本では無いかもしれない。

そう思いながら、今日のスケートを楽しんだ。

2009/12/25

クリスマスの夜



クリスマスが終わり、日本では年末に様変わりしているだろうが中国ではそんな気配もない。

いつものように、朝が来て、日が暮れていく。

昨日の寒さはどこへやら、暖かい日差しが戻ってきた。


0804クラスの授業で、大河ドラマの話をした。

来年になれば、新しく龍馬伝が始まる。

坂本龍馬は私の好きな歴史上の人物である。

もちろん、郷土の西郷、大久保も好きであるが。

みんなに日本に興味を持ってもらうために、宿題で坂本龍馬について調べるようにした。

どのくらい、理解してもらえるか分からないが、是非、日本の歴史に興味を持つようになってもらえればいいのだが。


今日の夕食は0804クラスの学生が作ってくれることになった。

方さんが料理の材料を買ってきてくれ、顔旦さんが料理を作ってくれた。

顔旦さんの料理を、初めて食べたがとても美味しい。

鍋料理と炒め料理で、冬はやっぱり鍋が美味しく感じられる。

日本とは違う味であるが、みんなの心のこもった料理は特に美味しいと思う。

こんなに、みんなに色々としてもらうことにとても感謝している。

2009/12/26

朝のバトミントン



朝の目覚めも良く、今日はバトミントンをするために体育館へ。

この前のスケートで体中筋肉痛だが、バトミントンをすると嘘のように体が動く。

朝心配していたことは杞憂に終わった。

今日は久しぶりなので、念入りに準備運動をする。

先生に練習をしてもらうが、すぐに息が上がってしまった。

あとから劉先生も範先生と一緒に体育館に来られ、劉先生ともバトミントンをすることが出来た。

今日は朝から体調がいい。


昨日は、悪い物を食べたらしく体調があまり良くなかったのだが、薬を飲み、1日寝ると治ってしまった。

まだまだ、若い証拠だとおもうが、食べ物には気をつけよう。


2009/12/27

自炊


昨日の残っていた食べ物があったので、自炊のまねごとをしてみた。

チャーハンと炒め料理。

材料は揃っているので、簡単な作業だ。

後は味付けだけ。

今まで、みんなから教えてもらった通りに、塩と醤油をうまく使い、作り上げることが出来た。

味は、まあまあ。

しかし、まだ、人前に出すことはできないレベルである。


今日は昨日のバトンミントンの疲れで、肩が痛く、手が肩まであがらない。

特に、肩の筋肉の痛みがひどい。

下半身はスケートで使って痛かったので、念入りに運動したのだが、上半身はなんともなかったので、そのままにしていたことが悪かった。

明日には少しは良くなってくれるといいのだが・・・。
2009/12/29

元宵というお団子


しょうさんからメールが届く。

一緒にバトミントンをしましょう。早く来てください。

もちろん中国語なのだが・・・

0804クラスの人たちがみんなでバトミントンをしていた。

女の子が相手なので、楽である。

本気にならずとも十分遊べるからだ。

しかし、陳さんは上手である。本気でしなければならなくなってしまった。

寒い中、軽く汗をかき、楽しい時間はあっという間に過ぎた。


午後の授業も終わり、みんなが部屋に遊びにきた。

みんなで元宵というお団子を作ってくれる事になった。

これは、春節から15日たった元宵節に食べる物で、1年の一家だんらんを願うために食べるらしい。


スーパーに陳さんと顔さんと買い物にいく。

元園の大きさは片手でOKを作る動作をする時の○の大きさくらい。

作り方は、茹でるだけでいたってシンプル。

中には砂糖やゴマが入ったお菓子のような食べ物で、とても美味しかった。

日本のお団子は外に砂糖やきな粉をつけるが、中国で違う食べ物が食べられたことに感激である。

2009/12/30

切符を買いに駅まで



午後の授業が終わり、0902クラスの林さん、うさん、周琴さんと一緒に駅へ。

今度の冬休み、広東に行くための列車の切符を買うためである。

林さん、うさんは私と一緒の切符で、周さんは実家に帰る切符を買うために駅へ行く。

バスに乗り、駅へ。

駅のバス乗り場から、右手のほうに歩いていくと切符売り場の建物が見える。


切符売り場は、大混雑。

1週間後の列車でも、空席がない列車が数多く見られた。

春節前の列車は大変混み合いそうだと感じる。

1つ目の窓口に並んでいたが、途中で売り切れのため、窓口が閉まってしまった。

すぐに、隣の窓口に並び直したが、待つこと、30分。

やっとの思いで切符を買った。

切符売り場はどこも長い列が出来ている。

切符も買うことが出来たので、冬休みの計画が1歩進んだように感じる。

2009/12/31

今日は大晦日。



0804クラスの授業を終わらせると、学生が[今日は料理を作ってみんなで新年をお祝いしましょう]といってくれた。

今日はみんなと新年が迎えられる事が出来ることは最高のことだ。


夕方になり、みんなが部屋に集まってきてくれた。

今日の料理人は、てい玉芳さん、譚巧珍さん、い施林さんの3人。

みんなで料理の下準備をして、料理をお任せする。

スープに、炒め物に、鶏肉の煮込み料理とテーブルを所狭しと料理が並ぶ。

鶏肉の煮込み料理は譚さんのお母さんから教えてもらった、お袋の味らしい。

とても、おいしい。

湖南省の放送で、日本の紅白歌合戦の様な番組があり、みんなで見ながら、新年を迎える準備が出来た。


今日は楽しく、みんなで、こうして年が明けていくことに幸せを感じる。

新年になり、来年がまた始まる。

どのような年になるか分からないが、私にとって最高の年になるように祈っている。
2010/01/01

元旦



あけましておめでとうございます。

今年も1年よろしくお願いします。

1月1日は良い天気。

穏やかに晴れ渡った、暖かい1日である。


昨日の夜は陳建東さんと3時間近くqqで雑談をして今日は少し遅めに起きた。

しょうさんから電話があり、一緒にバトミントンをすることに。

途中から、陳加麗さんが加わって一緒にする。

陳さんはバトミントンが上手なのでラリーが続くから、とても楽しい。

私と大体同じくらいのレベルだと思うので、気が合う。

一汗かいたところで、終了。

日本での正月のはねつきを想い出し、なんだか笑えた。
2010/01/03

金満地へ


遅めの昼食を取って、金満地に帽子を買いにいく。

私が深めの帽子がほしかったのでみんなにお願いをして、一緒につきあってもらうことにした。


昼ご飯をいつものおばちゃんがやっている常徳の料理店にした。

チャーハンを食べていると、おばちゃんが友達になったので、自分たちと一緒に食べないかと誘ってもらった。

お腹が一杯だったので今日は遠慮させてもらった。

前回も魚料理を少し分けてもらったので、覚えてもらってとても有り難いことである。


食堂で食べていると、陳さんがやってきたので、一緒に金満地に行くことにした。

みんなも色々なお店を見て回りながら、気に入った物を探していく。

私も気に入った帽子をみつけたので、早速みんなに値段交渉をしてもらう。

私が思っていた値段より安くなり、とてもお得な感じ。

自分ではこんなに値引きできないなと思いつつ、次の商品を探しにいく。


めがねをついでに買おうと思い、色々な店を覗くがあまり良い物が見つからないので、また、次回にでも買うことにした。

みんなとの買い物は楽しい。

色々と試着してみたり、店員と話をしたり、金満地での買い物を楽しんだ。


部屋に帰ると、しょうさん、方さんも部屋に遊びにきた。

途中で買った、ひまわりの種を食べながら、会話の練習をする。

最近はよくこの種を食べる。

美味しいし、時間つぶしの手遊び、口遊びにはもってこいである。

しかし、部屋が殻で汚れてしまうのが、難点。

終わった後はいつも掃除をしなければならない。

これさえなければ、日本でも食べてみたい。


2010/01/04

会話期末試験



朝の授業で時間に遅れてしまった。

私の携帯の時計も部屋の時計も時間が少し遅れていたみたいだ。

学校の階段を登っているとき、劉先生から電話があり、学生達がみんな待っていますよ。と連絡がある。

一気に階段を上り、教室へ。

息が切れそうになる。みんなにお詫びをしてから、授業をする。

みんなは、にこにこしながら、私を見ている。

気恥ずかしい。

今日で授業は終了。次の時間は会話の試験になる。

みんなの成績は良いので、良い会話の試験になるはずだ。


午後は0804クラスの会話の試験。

1人5分から8分くらいの会話の試験になった。

1人づつ会話をするのは、いつもの会話とはひと味違った感じがする。

みんな、1級試験をめざし、これからも勉強を続けていく決意を聞いて、とても満足している。


終わってみると、みんなの会話能力が上がっていることに改めて気がついた。

とても、私としても満足できる試験だったと思う。

2010/1/19

広東旅行


1月8日、夜11時に広東省に向け出発をする。

学生3名(0902クラスの林さん、王さん、符さん)に一緒に行ってもらうことになった。

列車に乗ること11時間で広州に到着。

列車の中で睡眠を取れるかと思っていたのだが、ほとんど寝ることが出来ずに、朝の光を列車の中で迎える。

これから10日間の旅行が始まる。広東では0802クラスの卒業生に色々とお世話になるつもりである。

まずは、花都で陳さんと呉さんに出迎えてもらい、花都を観光する。

花都は太平天国の乱の首領である洪秀全の故郷であり、乱の始まりの場所でもある。

近代中国の革命の始まりでもある太平天国の乱についての貴重な資料や展示物、その当時使用されていたものなどを博物館で見ることが出来た。

清時代の建物が残り、近代的に発展をしている花都には日系の工場なども多くあるらしい。


花都から東莞に移動する。

バスに乗ること4時間で東莞へ。

東莞では、徐さん、李さんに迎えてもらった。

東莞には0802クラスの卒業生がほとんどおり、仕事を探している。中には仕事をしている人も何人かいる。

李さんに東莞での観光案内をお願いした。

松山湖という、大学近くにある大きな湖に連れて行ってもらった。

自然豊かで綺麗な景色が目を楽しませてくれる。

この日は、天気も良く、歩くと汗ばむくらいの陽気。

みんなと話をしながら、ハイキング気分で冬の陽気を楽しむ。

広東省は湖南省と違い気候がとてもいい。冬とは思えないほど暖かい。中国でも南の方の土地だけあって、とっても住みやすい場所だと思う。


東莞市は今発展しており、町もあちこちにあるので西から東へ広い市である。

東莞にある長安という町に行くことになった。

ここでは、人材市場というものがあり、卒業生はここで職探しをしている人が多い。

長安では要周紅さん、朱文さんに迎えてもらった。

東莞には、虎門という場所がある。

清時代アヘン戦争があった場所である。

その時代使われた砲台が残り、近くには海洋記念館という博物館がある観光地である。

ここには、戦いの歴史や実際に使われた武器、資料が残されていた。

海沿いに作られた砲台にさわり、潮の香りをかぎながら、昔にタイムスリップをしてみた。

中学生の時に勉強した戦場に、今、自分が立っていることに不思議な気持ちになると同時に、感動を覚えた。


東莞から深川へ

東莞から高速バス、地下鉄、バスを乗り継いで約4時間で深川に到着。

深川で地下鉄に乗ったのだが、切符が何とプラスチック製のコイン。改札の出口で返却するようで使い回しになっているのだろう。日本とは少し違うことに驚いた。

深川では、深川植物園へ観光に行く。

植物園と言っても日本にある植物園とは規模が違う。

山の中にいくつもの植物園が点在する作りで、中にはお寺や高台があり、すばらしい景色も楽しむことが出来る。

熱帯植物はもちろん、サボテンや古代の木、薬草など様々な植物を見ながら、山を登る。

6時間かけて歩き回り、約80%の場所を見ることが出来たが、1日ではすべてを回りきれなかった。

深川では他に、海に行くチャンスに恵まれた。

中国に来て海水浴場を初めて見ることが出来た。

冬の海という感じではなく、春のような日差しがあり、冷たい海水が足をヒンヤリとさせる。泳ぐことは出来ないが、波打ち際で海と戯れてみた。

冬なのに日光浴に来ている人々が多く、海はとてもにぎわっていたことがとても印象深い。

実際、ここの気候は冬とは思えない。春と秋が一緒になったような、そんな気候である。


広東への旅行は中国の広さと気候の違い、歴史の古さと近代的に発展している街並みを見ることが出来た。どこも、それぞれの歴史の中で変わっていく。

広東は中国でも発展を遂げている場所の1つであり、日系企業も数多くある。昔から貿易の中心地として発展があり、これからも中国を牽引する省であると思われる

2010/1/19

広東旅行写真2


写真2

2010/1/19

広東旅行写真1


2010/1/29

召陽、湘譚旅行



広東旅行から帰ってきて、今度は湖南省を巡る旅へ。

学生達の家を訪問するのだ。

まずは、召陽の街へ。

今回は、初の一人旅になった。

バスや列車の移動はもちろん1人。切符を事前に学生に買っていてもらい、長沙から無事に出発、列車で約5時間の旅になった。

移動でのトラブルもなく、召陽では0902クラスの熊さんに迎えに来てもらった。

彼女の家は田舎の方にあり、中国での農村の生活をすることが出来た。

朝は鶏の鳴き声で目を覚まし、山に囲まれた朝の綺麗な空気をいっぱいに吸い込む。

残念ながら、滞在中の天気が曇りや小雨模様だったので景色を堪能することは出来なかった。

少し寒い中であったが、日本と同じようにこたつがあったことには驚いた。

もちろん、電気ではなく、れんたんを使ったこたつである。冬の寒さをこれで越していくのである。

滞在中は、熊さんの親戚の人たちとの交流をし、生活を共にするという大変貴重な体験をすることが出来、本当に感謝である。


召陽を後にし、湘譚の街へ

湘譚では、0804クラスの成さんが迎えに来てくれた。

成さんとは、湘譚の近くにある毛沢東の故郷、湘山に観光にいった。

湘山に行く時、今までの天気が嘘のように晴れ渡る。

毛沢東の故郷だけあって、観光客も多かった。私たちも、彼らにまざり、毛沢東記念館や毛沢東の生家へ。

生家は自然に囲まれ、家の前には大きな池がある中国でも有名な観光地である。

この湘山は人口10万人ととてもちいさな町であるが、ここから、今の中国を作り上げた毛沢東が育っていったと言うことは感慨深い。

見るもの全てが美しく、勉強にもなるこの旅行はとても楽しいものであった。


湘譚に帰ると0902クラスの趙さんと劉さんが待っていてくれた。

彼女たちも湘譚が故郷である。

みんなで食事をし、次の日は、劉さんの故郷へ行くことになった。

次の日は、あいにくの雨。

劉さんの故郷には、「ほう徳杯」という中国革命から建国まで活躍した人物がいた。

彼は戦時中、将軍として活躍し、現在の中国軍隊の基礎を作った人である。

彼の故郷には銅像があり、立派な記念館が建っていた。

湘譚から田舎の方へ約2時間バスの旅。

風景はあまり見ることが出来なかったのは残念であったが、今回のこの旅行で、近代中国歴史に大いに興味を抱いたことは事実である。



2010/02/16

常徳旅行写真 2


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2010/02/16

常徳旅行写真 1


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2010/02/16

常徳旅行 2


春節前は、ほとんどの人が故郷に帰ってくる。

町を歩けば、昔の知り合いに会い、夜になると親戚や友人達と集まり、遊びに行ったり、食事をしたりする。

大晦日になると親戚が集まり、みんなで食事をする。日本と同じような光景が見られる。

ただ少し違うのは、みんなが集まるとマージャンをし、カードゲームをするところだろうか。本当に中国の人は、マージャンやカードゲームが好きである。

昼食前には、1時18分に爆竹をならして、食事を始める。この時間は良い数字で縁起が良いそうだ。

夜7時になると、中国版の紅白歌合戦が始まった。中国の人たちはこれをみて年を越すらしい。

番組名は「春節連歓晩会」歌があり、演芸、ダンス等が番組内容。年を越した朝6時まで続くそうだ。

始まりから夜中まで、みんなでテレビを見て、年明け前にタマゴを食べて、大晦日を過ごした。このタマゴは、日本で言うところの年越しそばにあたるだろう。

この日は、朝から夜もずっと、外で花火や爆竹が鳴り続けていた。


年が明け2月14日、新年の最初は、親戚とお墓参り。

お墓は故郷の家の近くで、少し山手に入った所にあった。墓場という物がない中国では、近くの山に葬ってある感じ。近くには親戚のお墓もあり、親戚みんなで墓参りをする。

まずは、ろうそくに火をつけて、その後、黄色の紙と死者用のお金を燃やした後、参拝し、爆竹を鳴らして、花火を打ち上げて墓参りとする。

今日は他の所でもお墓参りに来ているらしく爆竹や花火の音がする。

中国のお墓参りは盛大である。


次の日はお父さんのおじいさんのお墓参りだ。林伯渠という人がおじいさんだそうだ。林伯渠は近代中国革命で活躍した人らしい。10月1日の建国記念日の時は記念大会で司会をしたそうだ。

林りの町から車で1時間ほどの所に記念館がある。記念館の裏にある山へ行き、お墓参り。

ここには、石碑も建てており、立派なお墓があった。墓参りでは爆竹、花火を派手にあげ、みんなで参拝をする。

その後、おじさんの家で親戚の人に車を借りて、お父さんが運転をして、お母さん、林さんと4人で他の親戚の家を廻る。そのときもお墓参りを一緒にする。

この辺は、日本の正月と同じである。

今日まで2週間、林りの町で過ごし、こうして、正月(春節)が過ごせたことは本当に良い経験になった。林さんに本当に感謝したい。

2010/02/16

常徳旅行写真 3


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2010/02/16

常徳旅行写真 2


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2010/02/16

常徳旅行写真 1


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2010/02/16

常徳旅行 1


2月に入り、中国では春節に向かって大忙し。

私は湖南省常徳市にある林さんの家で春節は迎えることになった。

長沙からバスで3時間の旅行。長沙では方さん、周さんが見送ってくれた。

常徳では林さんが迎えに来てくれ、一緒に常徳市内を観光した後、彼女の故郷である林り県に行く。

2月4日。この日は林さんの友人の結婚式がある為、隣の県へ。

新婦の家は結婚写真があり、部屋中が結婚のため飾り付けられていた。

この日は新婦の家の近くにある講堂で親戚や友人、近所の人たちが集まって食事をした。

そこで、新婦はみんなにお茶を配って廻る。小さいコップで、飲み終わると、そのコップの中にお金を入れる。これがご祝儀らしい。

昼食は、みんなで食べ、夕食では新郎は新郎の友人、新婦は新婦の友人と一緒に食べることが習慣らしい。


次の日、まずは、新婦の家に行く。

今日は新郎が新婦を迎えにくるそうだ。待っていると、新郎が友人達と新婦の部屋に押しかけてきた。新婦は部屋の中で少しの時間、出ていくことを拒んでいた。すぐに出ていくことは、良くないことだそうだ。

その後、新婦の弟が新婦を背負って、新郎と一緒に家を出て、車に乗り込む。弟が居ない場合、新郎が背負うらしい。

私たちも、別の車に乗り、新郎の家に向かう。車は全部で13台準備されていて、それぞれに運転手がついている。

途中、友人、親戚が乗る車が新郎新婦の乗る車を停める。そのたびに新郎は、全部の車の運転手にたばこやお金をあげる習慣らしい。

家に行く途中で、車を降りた新郎が新婦を背負い、2人で橋を渡る。これも習慣だそうだ。

家に着きみんなが見守る中で儀式をする。天に3回礼をし、みんなに礼、お互いに礼をする。その後はみんなで食事をする。このときも、新婦はみんなにお茶を配る。

新婦は実家から鞄を持ってきていた。中には両親からのお祝い金が入っていた。13万3300元。通帳の中に入っていた。3という数字は縁起が良いらしい。

みんなをもてなしている途中、新郎新婦はタマゴを3つ食べる。これも習慣らしい。

食事が終わるとこれで結婚式は終わり、2日にわたる1連の物が結婚式という物らしい。

日本とは違う習慣が多々あり、興味は尽きない結婚式だったと思う。


2010/01/29

召陽、湘譚旅行写真


2010/02/24

衡陽旅行写真 1


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2010/02/24

衡陽旅行



常徳から帰ってきた翌日から衡陽への出発。

準備を済ませて、出発。だが、体の調子があまりよくない。お腹は痛いし、胃も痛い。

衡陽までは2時間くらい。

陳加麗さんの家に行くのだが、陳さんの家は郊外の方にあるそうだ・・・。

バスに乗り1時間半で無事に陳さんに会うことが出来た。夜は3人で話をして夜が更けていった。


翌日は、陳さんの家の回りを歩いてみる。陳さんが通っていた小学校、中学校、高校に行ってみた。その後学校の近くにたんこうちんさんの家があるので、たんさんに連絡を取って会うことが出来た。

たんさんの家は兄、妹と両親の5人家族。みんな和気あいあいとしていて雰囲気がいい。

お父さんもお兄さんも良くしゃべり、楽しい家族である。従弟や友人も遊びに来て、とても楽しい時間。

お腹の痛みで何も食べられず、食欲も無い。お腹に張りがあり、何に当たったのかもよく分からない。

せっかく、みなさんからもてなしてもらっているのに、とっても申し訳なく、残念である。


次の日は朝早くから、バスに乗り、王さんが待つ衡陽の町へ。

長沙に帰る列車の時間は1時半。少ししか時間がないが衡陽の町を遊ぶことに。

王さんの案内で観光2カ所をいく。

湘江の中州にある書院を見て回る。とても、歴史が古いところで、建物は日本との戦いで焼失してしまい、新たに建設された物である。

書院からバイクに乗る。初めて、バイクに3人で乗り、怖かったがおもしろい体験をしたことに間違いない。

次の場所は小さい山というか高台。一番上は寺があり、衡陽の町を見下ろすことが出来る。きれいなところで、衡陽の町の良さを感じるばかりである。

今回衡陽の街は滞在時間が少なかったが、まだまだ、観光するところがあると王さんが言っていたので、時間があれば、また、訪れてみたい場所である。

2010/02/28

元宵節


学生達が続々と学校に帰ってきた。

これを歓迎しているように、今日はいつになく、暖かい。

教室に置いていた学生達の荷物を新たな寝室に運び込む手伝いをする。

本当に熱い、シャツ一枚でちょうど良い。

バス停から歩いてきた学生も重い荷物を持ちながら汗だくである。

学校前では、学生達が再会した喜びの声を上げている。

私も元気そうな学生達をみて、とてもうれしかった。


学校も長沙富士橋日本語学校に名前を変え、教室も正門前の建物の4階に移り、気分も新しい。

範先生、劉先生とも新年の挨拶をすることが出来、今学期の授業についての話を聞くことが出来た。

今学期から0904クラスも授業をすることになり、新しい学生と出会うことが出来る。


部屋に帰ってからも、学生達が次々に挨拶に来てくれ、とても楽しい。

みんなの話を聞き、様子を見ることで、また、今学期も頑張っていこうという気持ちを持つことが出来た。


今日は元宵節で小正月ある。

夕食を0804クラスの学生達が作ってくれ、元宵という団子をみんなで食べた。

旧暦の正月から15日後に家族で食べる風習があるらしい。これは一家団欒の願いが込められているらしい。

夕食後、学生達と烈士公園へ行くことに。

今日の夜は街がとてもにぎやかである。

バス停もバスを待つ人で一杯。バスに乗っても、ぎゅうぎゅう詰めである。

烈士公園には、たくさんの提灯が飾ってあり、人もとても多い。

人に酔いそうになる。

夜に淡く光る提灯の中を人の波が動いている情景は、何とも不思議で幻想的である。

花火もあちらこちらで上がっており、長沙という街全体がにぎわっていた。
2010/03/1

大掃除



学校は明日から始まる。

今日は最後の休みなので大掃除をすることにした。

冬休みの間につもったチリを一気に片付けるつもりである。

居間の荷物は全て無くなったので、水をまき、モップで隅から隅まで拭いていく。

その後で、雑巾でもう一度拭いていく。
2010/03/2

授業スタート


2ヶ月の休みが終わり、今日から学校が再開された。

クラスは0804、0902、0904クラスの3クラス。

クラスには新入生も入り、また、新鮮な気持ちで授業を行う。

今日は、みんなに自己紹介と休みの間の出来事などを会話してみた。

0804クラスは20人ぐらいになり、人数が少なくなったことは寂しいが、みんな元気そうな顔をしており、私もホッとした気持ちである。

0804クラスの会話はレベルが高くなっていて、この休みも勉強をしっかりしていたのではないだろうか。

新しく0904クラスも会話を担当することになり、初めて会話をする学生達は少し緊張気味。

これから、どんな学期になっていくか楽しみである。


台所は、昨日の料理で使った皿や鍋がそのままだったので、これを片付け、床も居間と同様にモップできれいに拭いていく。

約3時間で来たときよりも綺麗になった感じである。

昨日とはうって変わって、少々肌寒い天気であるが、部屋の窓を全部開けて、空気の入れ換えも済ませ、すがすがしい気分である。

2010/03/6

冬の雨


このところ、長沙の天気はとても悪い。

雨と寒さが一緒に来たようだ。

少し前は天気がとても良く、春が来たのかと思ったほどであったのに。


今日の夕方、0802クラスの学生が会話の練習をするために、部屋に遊びに来た。

冬休みの間もたまに電話やメールで連絡をしていたので、ある程度のみんなの近況は分かっているつもりであったが、今日は色々なことが話をすることが出来た。

私も冬休みの旅行のことや春節のことなど話をすることがたくさんあり、とても楽しい会話が出来た。


2010/03/9

作文の授業



だいぶ暖かくなってきた。

0804クラスでの作文の授業では、みんなの作文能力が高くなっていることがわかった。

みんなは良く書けているし、私の添削はとても時間がかかるようになってきた。

文法も色々と使うし、単語の間違いも少ない。

しかし、みんなは日本人らしい文章が書きたいらしい。

指導するときに日本人らしい文章はどんな文章ですか、と聞かれるがうまく説明することは難しい。

今の文章はおかしくないですよと答えるのだが、なかなか納得しない様子である。

たくさんの本を読むことと、日本人の考え方を良く理解することが、日本人らしい文章を作ることが出来ると思うのだが。

なかなか、日本の文章がある書物は中国では探しにくいし、価格も少し高い物ばかりで学生達には手を出しにくい物だと思われる。

2010/03/11

0904クラスでの会話授業



0904クラス(半年クラス)での会話授業は始めに、2人ずつ、会話を発表してもらうことにした。

前の授業の最後に発表する人を指名し、考えてきてもらう。

発表をしてもらうと、いくつかの間違いがある。

文法の間違いや助詞の間違いなどを訂正し、みんなで共有することで、みんなのレベルが上がっていくと思う。

事前に考えてきてもらうのだが、単語の発音間違いでは、私も分からないことが多い。

書いてきた文章には正しい単語が書かれているのだが、発音を間違えてしまう。

言い間違えだと思い、訂正するのだが・・・

0904クラスでは聞き取りやすいように、ゆっくりと話してほしいと学生から言われたので、そうすることにした。

ついつい、話をするときに早くなってしまうので注意しなければならない。
2010/03/12

湘江へ散歩


今日は午後から授業がなく、0804クラスも自習だったので、みんなが部屋に遊びに来てくれた。

みんなは1級試験に対して、不安があるようで、勉強の方法や、敬語の使い方、作文の書き方などについて話をしてみた。

1級は2級の時よりも格段に難しくなっていることは確かである。

読解や聞き取りなどは相当レベルが上がっている。

私の勉強の仕方は試験対策にはあまり効果が無いような気がしてきた。

読む、書く、聞くこれを何度も繰り返すことしか、方法は無いような気がするのだが。


外は良い天気だったので、気分を変えて、みんなで散歩に出かける。

最初は金満地をめざして歩いたが、金満地が地下鉄工事をしていたため、湘江へ目的地を変えて散歩することに。

金満地に地下鉄ができ、長沙に出来る地下鉄は株州や湘譚にも繋がるらしい。

これから、流通が良くなり、長沙はもっと発展することだろう。

湘江は人がたくさん。ダンスをしたり、ひなたぼっこをしたり、家族が歩いていたりと賑やかである。

湘江に行く途中、歩道にはベンチがたくさん置いてあり、人々は、そこでお茶を飲みながら、ゲームをしたり、話したり、新聞を読んだりと暖かい日差しを満喫していた。

ここに座るには、お茶を注文しなければならない。一種の露天喫茶の様な感じである。

大体5元くらいだそうだ。機会があれば、ここでゆっくり時間をすごしてみるのもいいだろう。


湘江の散歩では、みんなの最近のこと、将来のこと、みんなの話題で会話をする。

散歩もゆっくりで、少し汗ばむ陽気に会話も弾み、いつの間にか日が暮れていた。

太陽の光が無くなるにつれ、温度も下がり肌寒い感じ。

みんなとの楽しい時間が終わってしまうことに寂しさを感じつつ、学校へ。

明日は休日なので良い天気がこのまま続くことを祈るばかりである。

2010/03/17

私の中華料理



今日は私が0804クラスのみんなの晩ご飯を作ると見栄を張ってしまった。

昼から授業が無いため、昼から食材を買いにスーパーへいく。

0904クラスの徐志平さんに一緒に行ってもらい、たくさんの食材を買った。


部屋に帰り、1人で食事の下準備をする。

意外に手間がかかる。野菜を調理する準備だけで1時間かかってしまうとは思っても見なかった。

今日は大体10人くらいの食事の準備だからこんなにかかってしまったのかもしれない。

飲食店ではいったいどれくらいの、労力をこの下ごしらえで使うのか想像も出来ない。


夕方になり、0804クラスの周亜紅さんがきてくれた。

彼女はクラスでも料理上手と知られている。

彼女から中華料理を教わりながら、調理を始める。

油の使いかた、調味料の加減やタイミング、調理方法など、一人では作れなかったが、教わりながらで何とか料理を作ることが出来た。


みんなが集まってきて、みんなでご飯を食べる。

どれも、まあまあの味。最初はこのような物であると思うのだが・・・。

まずくもないし、食べられるものだから、良いと思う。

これに懲りずに、中国にいる間にたくさんの調理をしようと思った日だった。

2010/03/19

桜の木の下


ここ最近の気温上昇は目を見張るばかりである。

先週まで最高気温が10度を下回る日が続いていたのに、今週になり一気に25度前後になった。

先日のニュースで長沙の植物園にあるサクラが開花したとあったので、花見をするために0902クラスの学生達と行くことにした。

植物園は長沙南駅の近く。

バスで学校から50分の場所である。

私は場所が分からないので、学生にお願いをして連れて行ってもらうことにした。


中国で日本のサクラが見られることにウキウキした気分で、午後1時に学校を出発。


植物園内は色とりどりのチューリップが咲き、メインの桜も7分咲きで綺麗に風に花が舞っていた。

結婚式が近い、新郎新婦が植物園内のあちらこちらで記念写真を撮っていた。

桜咲く最高の場所での記念撮影は生涯残る写真だろう。


日本のサクラとほとんど変わらない風情に、うっとりとした気分で立ちつくす。

天気もよく、日差しを浴びた桜の花はとてもきれいに見えた。

夕日に染まる中、植物園の出口に向かう途中にも桜の木があり、オレンジ色になった花びらは、いつものサクラとはまた違った顔を見せてくれた。

散ってしまう前にもう一度だけ、この場所を訪れてみたい。

2010/03/28

バーベキューを烈士公園で



今日は午後からバーベキューを烈士公園でするつもりなので、午前中は中国語の練習をするために、教室へいく。

学生に教えてもらいながら、単語や発音を覚えることができた。

日曜日だが教室には何人かの学生がいる。

学生によって、単語の説明が違うことがおもしろい。

学生が2,3人いると、教え方を巡って、口論に発展する。

少し中国語が分かるようになった私にとってとてもおもしろい。


昼ご飯を食べ、みんなでバーベキュー用の材料を買いに行く。

意外に高い買い物になってしまったのだが、まあ、いいでしょう。

烈士公園に行く前にみんなと部屋で下準備をして、いざ出発。


烈士公園はたくさんの人。

緑色に染まり、あちらこちらに花が咲き乱れている。

休日で良い天気、初夏を思わせるような陽気に誘われ、長沙の人々も集まってきている。

バーベキューをする場所も人で一杯。

陸さんは意外と色々と気が利くことがわかりうれしかった。

今日はお酒を飲んで、良い気分なので、みんなからいつもと違うと言われた。

まあ、楽しい会話が出来たのでよしとしよう。

2010/03/31

誕生日party


午前の授業が終わり、午後から、李芳君さんの誕生日パーティーに行く。

場所は51街道のカラオケ a go goだ。

カラオケに行くために学校の正門で1時に集合。

今日は李さんの誕生日なのでみんなうれしそう。


カラオケ店に着くとみんなは早速歌い出した。

私も覚えた中国語の歌や日本の歌などを半ば強制的に歌わされる。

まだまだ上手でもないのに、歌った後に拍手をもらうとやっぱりうれしい。

中国語を勉強するなかで、こうして中国語の歌も覚えることが出来るのは、とても良いことだと思う。


みんなの中国の歌も上手なのだが、日本の歌をあまり歌ってくれないことは少し残念。

カラオケに日本の歌が少ないのでしょうがないのだが・・・。

今日は学生が全部で12人でのお祝いだ。

6時過ぎに買ってきたケーキにろうそくを立て、火をつける。

みんなで李さんの為に[Happy birthday]の歌を歌い、火を消してもらった。

みんなのうれしそうな顔はとてもいい。

私もみんなと一緒に李さんの誕生日を祝うことが出来、最高である。


2010/04/2

買い物



午前の授業が終わり、家でゆっくりしていると方さん王さん、陳さん、顔さんが遊びに来た。

今日はしょうりけんさんが故郷に帰るので見送りに行くことに。

4/5は中国のお盆で清明節になる。

明日から3連休なので家に帰る学生も多い。


金満地のバス停からしょうさんを見送り、ついでに51街道へ行って、日本へのお土産を買うことにした。

金満地から歩いて20分ぐらいで到着。

買い物は中国結びや姪の為のぬいぐるみ、友人達のための小物など。

お店がたくさんあるので、迷うところだが、買いたい物が買えたのでとても満足している。

あとはこれらを日本に送るだけである。

2010/04/4

みんなで食事



朝の10時過ぎにてい玉芳さんから電話が来た。

「今日は昼ご飯を先生の部屋で作る約束をしていましたよ。今から食材を買って先生の部屋に行きます。」

11時前にみんなが部屋に来た。

ルームメイトの0904クラスの学生もいる。

みんながそれぞれ1品を作る。

みんなの作る料理は美味しかった。

私は何もしないで王様気分。(一応、出来た料理を運ぶことと、机やイスの用意だけ)


5時過ぎに今度は0804クラスの学生がが夕食を作りにきてくれた。

みんなはわいわいと食事の準備をしている。

男性も料理の下準備を手伝い、料理を作っていく。

ご飯が出来るまでの私はウキウキした気分。

こうして、みんなが遊びに来てご飯を作ってくれることは、とても有り難い。

また、こうしてみんなで食べる料理は格別に美味しい。

2010/04/7

長沙の気候



最近の天気があまり良くない。

暖かい日は終わりを告げ、あっという間に梅雨に入ったように毎日肌寒く雨が良く降る。

雨と行っても、日本のように強い雨ではなく霧雨や小雨が降っているのだが。

日本に比べ1ヶ月ほど季節の変わりが早い。

桜の咲く陽気もこの梅雨空もそうである。

鹿児島の天気も良く、サクラが咲いたそうである。

私も鹿児島の様子をインターネットでみて、少し感傷的になってみた。

家族も元気そうだ。

メールが来たときは、家族とのつながりをかみしめる。

中国に来て改めて家族への思いを強くした。

2010/04/10

ある休日の1日


朝、「先生、先生」という声におこされる。

女の人の声ではなく、男の人の声だ。

こんなに早い時間に、急用があるのだろうか。

ベッドから起きあがるが、足下がふらふらしている。

今日はなんだかおかしいな。

意識はしっかりしているのに全体的に右へ左へ動いているような感じである。


ドアの鍵を開けるとそこには徐志平さんが立っていた。

彼は17才の男の子。

まだ、あどけなさが残り、アニメで覚えた言葉をよく使う。

乱暴な言葉なのでいつかは注意をしなければ・・・。

「今日は0904クラスの学生で夕食を作りにきます。」

「もちろん、いいですよ。待っていますから、みんなで来てください。」

私の答えに満足したように笑顔で帰って行った。

夕食はみんなが作ってくれる。その喜びは何といっていいものか。


昼前に別の学生から電話がかかってきた。

「昼ご飯を一緒に食べましょう。私たちは今から先生の家に行きます。」

0904クラスの陳さんからの電話。

餃子をスーパーから買ってきて、調理をしてくれる。

昼から餃子パーティーだ。


昼ご飯を食べていると、男の子達が部屋に集まってきた。

昼ご飯の後は、男の子で中国語と日本語の勉強をする。

私も発音や長文の読解などを学生に聞きながらの勉強。


陽が傾き、部屋が薄暗くなってきたとき、0904クラスの学生が集まってきた。

学校の近くにある露天の店で、野菜や肉を買った。スーパーへいくよりも時間が短縮できるので、とても良かった。

みんなが準備をしている中、私も1品作ってみるが、見事に失敗。

塩加減がよくなく、とても塩辛くなってしまった。

自分で作った物は自分で処理することにして、やっぱり料理は学生にお願いする。


朝の予兆はこういうことだったのだろうか。今日は何もしてはいけない日なのかもしれない。

料理は辛い物から辛くない物まで作ってもらい、とても美味しい。

いつも思うことだが、学生達が作る料理は大変美味しい。

私ももっともっと勉強しなければ。


今日は1日たくさんの学生が私の部屋に来てくれた。

毎日、来てくれる学生もいるし、こうやって食事を作ってくれる学生もいる。

本当に幸せを感じる。

2010/04/24

新しいお店




午前中は部屋に徐さんが勉強しに来た。
今日は学校が試験があるために教室に入ることが禁止されている。

会話が中心の勉強だったが彼の単語の多さにびっくりした。

夏休みもしっかり勉強したそうだ。


昼過ぎに男4人でご飯を食べにいく。

今日は新しいお店でご飯を食べた。

金満地の近くで、辛さがまあまあ、味も濃い。私の口に合うが少し脂っこいのが良くない。

味はいいので、時間があればまたいってもいいかな。値段も5元でいい。

2010/04/29

梅雨明け


梅雨が明け、暑い日がきた。

4月はほとんどが雨の日ばかり。

こんなに長く続くとは思ってもいなかった。


今日の気温は30度近く上がり、雨が降っていた時に比べ気温差が激しい。

蒸し暑い感じなので、体が少しだるい。

夜は寝苦しい感じがないのでまだ良いのだが・・・。

日差しが強いので洗濯や布団を久しぶりにほすことができたので、いいきぶんである。


今日は授業で方言について話をした。

中国でも方言がたくさんある。

他の地方の人には理解できないらしいのだが。

日本では、方言が少しずつなくなってきているので残念な気持ちになった。

私も、鹿児島弁についての知識がないので、勉強しなければ。

2010/05/2

鹿児島日中文化交流団


最近、蒸し暑くなってきて、朝でもかなりの日差しが肌にまとわりつく。


朝、学生達を連れて、暁公園へ。

ここには、鹿児島から日中文化交流団のみなさんがきていた。

最初に天達さんが挨拶をした後で、太鼓と三味線の演奏があり、記念品の贈呈が行われた後で、みんなでおはら踊りをする。

訪問団の皆さんは50人ぐらいおり、中国人は200人くらい集まっていただろうか。

このように、日本と中国の文化の交流が出来ることはとてもうれしいことである。

学生にも私の故郷について知ってもらえたので大変うれしく思う。

ここで、今日の夜も文化交流があることを聞き、みんなを連れて行くことを約束して学校へ帰った。


夕方、添乗員の方から連絡をもらい、みんなで出発。

場所は西バス駅の近くで「時代帝景」というホテル。

ちょうど、黄先生の家の近くである。

学校からバスで20分の場所で大きなホテルだったのでよく分かった。

会場には、近くの住民の方達を招待しており、人がたくさん集まっていた。

文化交流では鹿児島の踊りや歌、太鼓や三味線の演奏、中国人による踊りや歌など約2時間の交流が行われた。

最後はおはら踊りをみんなで踊り大変盛り上がっていた。

学生達はみんな日本人と写真を撮りたがり、記念写真も撮ることが出来、大変満足して家路についた。

この文化交流では、天達さんのパワーを感じることが出来た。

歌を歌うところでは、本当に輝いて見えた。

このような文化交流をもっとたくさんしてほしい。

2010/05/3

ゴールデンウィーク最終日


朝、学生が部屋に来て、カメラを借りていった。

今日は友人達と世界の窓に行くらしい。

誘われたが今日は中国語の勉強をするために断った。

沢山の写真をとってくると約束して、カメラをかりていった。

とても、楽しみである。

今、世界の窓ではコンテストがおこなわれているので、人も多く楽しいだろう。


私は教室に行って、勉強を始める。

教室では勉強がはかどる。

暑くなったが、外から入ってくる風は強くて心地よい。

単語や文法を勉強することでみんなの会話が少し聞き取れるようになった。

私はむかしから、家で勉強するのが苦手だ。

教室という空間は気分をその気にさせてくれるので、とても好きである。
2010/05/7

耐久カラオケ



午前中の休み時間に毛先生から、『今日カラオケに行かない』と誘われた。

毛先生と一緒にカラオケに行くチャンスは少ないので、せっかくなので行くことにした。

51大道にある「a go go」に行くことになった。

カラオケではよくお世話になる場所である。

日本と同じでお昼に行くと、値段が安いので6時間ぶっ通しの耐久カラオケがスタート。


毛先生、葛さん、林さん、丘さん、陸さん、後から陳明さん、周亜紅さんと一緒にカラオケをした。

みんなで歌うカラオケは楽しい。

私も中国語で歌う曲が少し増えたので、楽しく歌うことが出来た。


夜7時まで歌い、歩行街へ行ってみんなで火鍋を食べる。

おしゃべりをしながら、楽しく食べることが出来た。

火鍋は長砂にきて、みんなで食べる時よくいくお店だ。


帰りはバスがなかなか来ないので、歩いて帰る。

学校まであるいて30分ぐらいの距離なので、ご飯をたべたあとの散歩にはちょうどいい。


一日がとても早く感じる。

もっと時間がほしい、そう思える1日だ。
2010/05/8

男料理



今日は男だけで、晩ご飯を作る約束をしていたので、男性寮に行き、みんなで材料を買いに近くの通りへ。

今日は私が初めて魚料理に挑戦することにしていた。

後の料理は欧蔡林さんが作ることに。

欧さんは料理を作ることが初めてだが、材料選びは彼に任せておいた。


魚料理は、前に黄先生に教えてもらっていたので、そのときのメモを見ながら調理をした。

買った魚はとても生きが良く、包丁を入れた後でもまだ生きていたので、ビクビクしながらの調理になった。

調味料はうまくできたので、味や匂いがとても良く、美味しく食べることが出来た。

魚料理は意外に簡単に出来、安くて、美味しいので又今度学生達に食べさせてあげたいと思う。


2010/05/9

日曜日
は雨が降り、天気がだいぶ寒くなった。

長沙での気温の差が大きいように感じる。

晴れの日は30度近くまで上がり、雨が降ると20度前後までなるので、体調管理に気をつけなければならない。

夜になり学校へ行き、中国語の勉強をしていると、0904クラスの趙小矯さんから話しかけられた。

『私たちのクラスに良く来てください。』

誘われたので、とてもうれしかった。

0904クラスでは、会話の勉強を一緒にすることに。

まだまだ、日本語レベルは高くないが、3月に比べると上手になってきているように感じる。
2010/05/15

大きな魚



ご飯を自分達で作ろうと陸さんが言い出したので、材料を陸さんが買いに出かけた。

私は待って、帰ってきたところで、今日は王さんが料理を作ると言い出した。

後で、王さんが来てくれ、初めて、王さんが料理を作るので期待して、味付けや料理の補助をして、一緒につくることに。


9時頃に突然、黄先生から電話が掛かってきた。

5/18日は私の誕生日なのでそのお祝いに大きな魚を方さんに渡したので、作って食べてください。という電話だった。

私のことをいつも気に掛けてくれる黄先生には本当に感謝している。

誕生日はもしかしたら、来られないかもしれないということなので、残念ではあるが、こうして誕生日の日を覚えていてくれることが大変うれしい。

後で、方さんが魚を持ってきてくれた。

本当に大きな魚だ。黄先生が釣ってくれたらしい。

本当にありがたいことである。
2010/05/17

誕生日の前日



夕方0904クラスのみんなで学校の近くにあるレストランへ。

みんなが私の誕生日をお祝いしてくれるそうだ。

たべたいものは魚というと大きな魚の鍋を注文してくれ、ご飯とお酒がいっぱい、テーブルに並ぶ。

乾杯のあとに皆で、あつい食事会になった。

0904クラスの学生はほかのクラスに比べお酒が強い。

乾杯が多いし、みんな一気に飲むので、ついつい一緒にのんでしまい中国にきて初めてよってしまった。

みんなとの楽しい時間にもよっぱらったのかもしれない。

2010/05/18

誕生日


授業の休み時間に劉先生から誕生日プレゼントとして、大きなケーキをいただいた。

こんなに大きなケーキは日本でももらったことがない。

私の為にこんなにしていただいて本当に感謝、感謝。

学生みんなからも「先生、お誕生日おめでとうございます」といってもらい本当に涙が出そうなくらいうれしかった。

休み時間にみんなでケーキを切り分けて、食べる。何という幸せ。


午後から0804クラスの周亜紅さんと方さん、王さんと一緒に今日の夕食の材料を買いに行く。

私の誕生日は私が作るつもりだったのだが、周さんに手伝ってもらうことにした。

私の好きな材料を中心に買い、部屋で下準備を開始。

みんなが部屋に集まってきた頃には、料理も出来、みんなで楽しく食事。

食事の後で、私の誕生日なので長沙の伝統行事をすると言いだした。

それは、その人の年齢の数だけおしりをたたくと言う物だ。

みんなに両足、両腕をもたれ、地面におしりをつける動作を29回もされた。

みんなの力にも驚くが、腕がとても痛くなったがとても思い出になる1日になった。
2010/05/21

葛さんの手料理


昼ご飯を0902クラスの葛さんに作ってもらった。

彼女は主婦で私よりも1才年上。

手伝いは、欧さん、林さんの2人だ。

私と毛先生は授業があったので、部屋に帰ったときは、ちょうど作っている所だった。


出来た料理は、魚のスープ、肉団子のスープ、炒め料理。

毎日作っているので、葛さんは料理が上手だ。

特に、肉団子のスープはとても美味しかった。

肉団子の味付けは私の口に合う。


ご飯を食べて、みんなで色々とおしゃべりをした。

そこで、毛先生からみんなの間違った言葉を直してあげてと言われた。

私は直しているつもりなのだが、そうとってもらっていないみたいだ。

今後は気をつけて、もっと間違っているとはっきり言ってから、訂正する方が良いのかもしれない。
2010/05/22

誕生日プレゼント


朝、雨の音で目が覚める。

昨日から大雨が続いている。

考えてみれば、5月に入り、梅雨が終わったと勘違いをしていた自分がいた。

まだまだ、梅雨は終わっていない。

4月、5月で晴れた日は数えるくらいだろう。


起き出して、部屋の片付けや洗濯などを済ませて、教室へ。

誕生日にもらったプレゼントをするために。

もらった幼稚園生の国語の問題集だ。

これで、ピンインの練習と単語の勉強だ。

ピンインを覚えるには何回も繰り返すことしかないだろう。
2010/05/26

会話試験



今日で0804クラスは最後の授業。

最後は会話の試験をすることに。

1人当たり5分ぐらいの会話をする。


1年間このクラスにはとてもお世話になった。

色々な場所に行ったクラスでもあり、私の思い出にたくさんの顔を見せてくれた。

最初にこの学校に私が来たときは、あまりしゃべれなかったみんなが、こうして会話が出来るようになっていることがうれしい。


会話試験のあと、みんなで記念撮影をした。

日本語能力試験が7月にあるので、何人かの学生はまだ学校に残って勉強するらしい。

今日でみんなとはお別れではないし、私は夏休みに広東に遊びに行くつもりなので、またみんなに会うことが出来ると信じている。

2010/05/28

送別会



今日の夜は0804クラスの送別会が二馬路のバス停横のホテルであった。

クラスのほとんどの学生が集まり、久しぶりに黄先生にも会うことが出来た。

料理の注文などはしょうさんがはじめにしていた。

料理はとても美味しく、お酒もたくさんある。

いつものように乾杯が始まり、みんなで楽しい送別会がはじまった。

白酒をメインにのんでいたので、直ぐに酔っ払いみんなと楽しくおしゃべりをはじめた。

お酒を飲み過ぎて、後のことを覚えていないが、たのしかったことだけは覚えている。

記憶を残すためにもお酒の飲み過ぎには注意しないといけない。

2010/05/28

送別会写真

2010/06/03

散歩



夕食を食べた後、久しぶりに湘江を欧さんと一緒に散歩に行った。

最近は天気がだいぶ落ち着いてきたし、気温もそれほど高くないので散歩にはちょうど良い。

湘江に着くと、川がだいぶ広くなっている。

最近、雨が多かったせいで水量があがっているみたいだ。

湘江には釣りをするひとや、たこをあげる人、散歩する人など様々。

ゆっくり歩きながら、川沿いの様子を眺める。

今日の観光船にはたくさんの人が食事に来ていた。

太陽はオレンジ色になり、夕方特有の光が川にきらきら輝いている。

風も少なく、心地よい雰囲気の中で静かな川を眺める時間がこんなにもいいものだったのかと改めて感じた。

2010/06/04

昔話


午前の授業で0902クラスの学生と昔話について話をした。

中国にはたくさんの昔話がある。

「三国志演義」「水滸伝」「西遊記」「紅楼夢」この4つは中国で一番有名な昔話である。

最近は誕生日プレゼントにもらったこの4つの本がわたしの愛読書である。

学生のしっている日本の昔話は『桃太郎』

やっぱりこの昔話は有名である。


夜は蒸し料理のお店から料理を持ち帰りして、家でテレビを見ながら晩ご飯を食べる。

今日は金曜日。

テレビで「天天向上」という番組があるので、この番組が大好きな学生を呼んでみんなで一緒にみる。

今日は日本の華道家がゲストで出ていた。

この番組には時々、日本人が出る。

司会者にも矢野浩二という日本人が参加している。

司会者は全部で5人、色々な人たちをゲストに呼んで、話をしたり、特技を披露したりする番組である。

面白い番組なので中国では、人気のある番組の1つだ。


2010/06/05

岳禄山写真


写真

2010/06/05

岳禄山



天気の良い日が続いているので、岳禄山に山登りをすることに。

0904クラスの学生達を誘って、朝7時に学校を出発。

山の朝の空気がとても美味しい。

今回は岳禄山の東門より登り始める。

岳禄山には2つの登り口がある。もう一つの登り口は湖南大学からの入る。

今回で岳禄山は5回目だ。


朝早く登るが他にもたくさんの人たちがいた。

学生達は半分登るともう疲れてしまって、登るスピードがだいぶ落ちてしまった。

周りの景色は薄く霧がかかっていてあまりよく見えなかったが、木々の緑がとても気持ちを落ち着かせてくれた。


頂上では、太極拳をしていたり、ダンスをしていたり、学生達がみんなでハイキングにきていたりと人でにぎわっていた。

私たちもみんなで写真を撮ったり、話をしたりととても楽しんだ。


今日の山登りで今まで行っていなかった所にいってみた。

1つは「古砲台」という場所。

昔、戦争の時に砲台を置いてあった場所。

今でも砲台が残っているかもしれないという期待をもって行くと、そこには記念碑があるだけで、他には何も無し。

記念碑の前に立ち、みんなで写真を撮り、もう1つの場所へ。

もう1つは「蛇洞」。

大きな洞窟があり、その中には蛇がいるという噂の場所。

しかし、実際の場所には何もなく、登ってくる人に聞いてみると「ここはただの場所の名前だよ」と言われた。


仕方なく、下山して愛晩亭までいく。

愛晩亭は人で一杯。

バスも何台も来ていて、観光客が多いことが分かる。

今日は天気もよく最高の山登りだった。

2010/06/14

端午節



今日から端午節の休みになった。

端午節は家族が集まる祝日で、みんなでちまきを食べるのが習慣らしい。

端午節には、ボートの試合などもある、昔からの大切な祝日である。


私も劉先生や葛さんからちまきをもらったので、早速家で食べる。

ちまきは笹で包まれたもち米で、形は三角形。

味は色々な物があるらしい。

小豆やハム、肉、ナツメ、緑豆など様々。


学生も3日間の休みなので、家に帰る学生が多い。


夜は、気分が良かったので、晩ご飯の後の1人で湘江へ散歩に行った。

風がとても気持ちよく、たくさんの人たちでにぎわっていた。

夜に湘江に来るのは久しぶり。

何ヶ月かぶりなので、湘江が新鮮に見えた。



2010/06/16

岳陽へ日帰り旅行


今日は岳陽への日帰り旅行に行く。

岳陽は長沙から列車で1時間半の割と近い場所で、岳陽楼や洞庭湖などの観光場所がある。

朝8時の汽車に乗るために、家を7時に出て、学生4人で合流して駅へ向かう。


今回の旅行は欧さん、陸さん、劉らさんの3人が一緒に行く。

行きの列車では運良く席が空いていたので、座ることが出来た。(買った切符は自由席の切符)


岳陽では、0804クラスの許さんが待っていてくれた。

彼女は岳陽出身なので、彼女に案内をしてもらう。


まずは、岳陽楼。

岳陽楼は洞庭湖に面した城壁と岳陽楼という建物がある場所。

昔から洞庭湖の美しい景色のため、たくさんの詩人がここで詩を書いている。

美しい景色と昔からの建物がとても素晴らしい。

岳陽楼は何回も立て直されており、今残っている建物も5回目のものらしい。

今回は修復作業中なので、建物全体をみることは出来なかったので残念だ。

岳陽楼は入場料が1人80元。

学生は半額になるので、みんなは学生証を提示して、半額で入ることが出来た。


岳陽楼では許さんのお姉さんも一緒に案内してくれた。

とても、かわいらしく、笑顔がかわいい。話もたくさんするし、活発な感じがする。


午前中は岳陽楼の周りを探索し、昼食後に岳陽楼の中を観光、次に岳陽楼の近くの店で君山への船の切符を購入して、船着き場へ。

君山は岳陽楼から20分の場所にある。

熱い太陽と水しぶきがきらきらと輝いて、とても綺麗な景色を船から見ることができる。


君山は小さい島で上から見るとハートの形をした島である。

とてもロマンチックな島である。

島は綺麗に整備され、様々な建物が建っていた。

なかでも、愛情楼という建物にはたくさんの願い事が書かれた紙が木につけられていた。

今回は帰りの船の時間まで1時間しかなく、全部を回ることが出来なかったが、とても観光には良い場所だと思う。


君山島は入場料が60元と少し高いと思うのだが、中の環境はとてもよく、来て良かったと思う。


帰りは汽車の切符を買うことが出来たが、汽車の中は満員。

岳陽から長沙までの1時間半は立ちっぱなし。

家に帰り着くと、くたくたになった。

しかし、岳陽の旅は忘れられない旅の1つになった。

案内をしてくれた、許さんにはとても感謝している。

彼女のおかげでスムーズな旅になったと思う。


2010/06/20

停電



朝から停電だ。

テレビもパソコンも使うことが出来ない。

1時間ごとに電気がついたり消えたりの繰り返し。


夜になっても停電は止まらない。

8時頃にやっと安定してきた。

学校は人も増えたし、新しい学校が移ってきたことも原因だろう。

新しい学校は主にコンピューター関係の学校なので電気の供給が安定していないのだろう。


私たちの学校も今学期で引っ越しをする。

0904クラスは6月30日、0902クラスは7月4日に引っ越しをする。

私も7月には引っ越しをするつもりだ。

部屋がまだ、見つからないので引っ越しをする日がまだ決まらないのが現状である。

とりあえず、荷物を新しい学校に移して、その間私は広東へ行く予定にした。

今回の休みは学生の家に遊びに行くことが少なくなってしまった。

私が男一人で家に連れて行くのは気が引けるらしい。

あまり遠くに行くのも体力的に無理があるのは冬休みに体験済みだ。

今回は広東でゆっくりするつもりだ。

2010/06/21

大雨の影響



夜、教室へ行くが8時半ごろに停電になり、勉強が出来なくなった。

0904クラスの学生達と停電なので湘江へ散歩に行くことにした。

最近、大雨の影響で川の水位がかなり高くなってきている。

今まで歩けていた場所も水が入り込んできて歩くことは出来ない。

テレビでも注意を呼びかけていた。

それにしてもビックリだ。

こんなに水が増えたのは最近では新記録らしい。

2010/06/22

夏休みの計画



最近、テレビでよくワールドカップを見ている。

日本が予選で2勝1敗。

ベスト16に入ることができた。

日本の試合は夜中にあるので、次の日にニュースでみることが多いが、日本の活躍はとても興奮する。

このまま、ベスト4まで勝ち上がれたら、良いと思うのだが。


午後は夏休み西安に行くつもりで切符を買いに学校の近くのホテルへ行く。

西安まで長沙から約200元。

一緒に行くつもりだった劉さんが行くことをキャンセルしたので私も行くことを断念することにした。

西安では女の子の遠紹さんの家に行くつもりだったのだが、女の子の家に男の私が1人で行くことは気が引けたので、今回は見送り。

日を改めて西安へ行くことにしよう。


夏休みは最初の計画通り広州へ。

0804クラスの学生達と一緒に行くことにした。

切符の手配をしてもらい、みんなで行くことが楽しみだ。

2010/06/26

引越し準備



午前中に欧さんと徐さんが遊びに来て、昼食は食堂で済ませた。

食堂は学生が急に増えたので、メニューが格段に増えた。

今日は休日なので人はまばらだが、平日のお昼はかなりの混雑。

時々、遅く行くとおかずがないときもある。


午前中は今度の引っ越しのため部屋の片付けをすることにした。

使わない服は捨てて、いらない物や記念に残してある物を整理した。

意外に物が多くなっていることに驚いた。

本も増えているので、荷物がだいぶ増えた感じ。

私も中国に来てそろそろ1年がたとうとしている。

荷物以上にたくさんの思い出の詰まったこの部屋を去るのはとても感慨深いものがある。
2010/07/01

広東省へ出発の日


今日から2ヶ月という長い夏休みに入る。

最初の計画通り広東省へ行き、0802クラスの学生や0804クラスの学生たちにあうつもりだ。

今日の夜10時に長砂を出発して、明日の朝には広東省の広州市に到着する。

今回は1ヶ月半を広東省で過ごすことになるので、とても楽しみである。


列車は0804クラスの学生たちと一緒に行くことになっているので安心である。

どのような生活が待っているか、少し不安があるが、行って見なければわからないものなので、まずは、最初の一歩を踏み出してみることにする。

2010/08/29

中国農村へ


夏休みも最終日となり、今日は中国の農村へ行くことになった。

朝9時に0904クラスの劉小矯さんが迎えに来てくれた。

彼女のお姉さんの旦那さんが車で迎えに来てくれたので、一緒に彼女の故郷へ。

長沙の北方にある田舎町が劉さんの故郷だ。

長沙の街から1時間ぐらいで、周りに見える物は田んぼばかり。

家の周りは小さな商店が有るだけで、家もまばらである。

家の造りは2階建ての田舎の家といった感じ。

暑かったが外を散歩してみるが何も無い。

劉さんに「どこか近くに何か無いの」と聞いても、何もありませんよと笑って答えられた。

確かに何もない。ここは農家なのでしょうがないのか。


最近は子どもも少なくなって、劉さんの地区には5人前後しかいないらしい。

劉さんの子どもの頃通っていた学校も廃校になってしまったらしい。

劉さんの中学、高校時代は遊ぶときは長沙市に行っていたと話をしてくれた。

今回は特にすることは無かったが、劉さんとたくさん話が出来て、彼女のことが少しは分かったような気がする。

今日はとてもいい体験ができたと思う。
2010/08/30

新学期が始まる


今日から新学期が始まった。

昨日までにたくさんの学生が帰ってきているので少しワクワクした気持ちで授業を始める。

まずは0902クラスの授業。

みんなは2級試験を終えて、今学期は1級試験合格を目指し、気合いが入っている感じがする。

今日はとりあえずこの夏休みをどのように過ごしてきたのか話をしてもらった。

休みの時間が長かったが、みんなまあまあの出来だろう。


今日は珍しい人と出会うことができた。前の0804クラスの学生の葉媛さんである。

「長沙に遊びに来ているので」と葉さんから電話があり、学校に来ていますと言われ会いに行く。

葉さんは今日帰るらしいので一緒に駅に切符を買いに行った。

彼女は10月になったら日本に留学するので、今後彼女に出会うことはもうないかもしれない。

こうして、前の学生が遊びに来てくれるのは大変うれしい。

仕事や留学で会うことができなくなったが電話で連絡してくれたり、会いにきてくれる学生がいることが私がここにいる理由の1つでもあると感じる。

2010/08/31

放課後


午後の授業が終わり、0902クラスの林さんと周琴さんと周云映さんが私の部屋で会話の練習をしたいといってきた。


これから平日は毎日、放課後は会話練習をしてもいいですかと学生から言われ、即答で「いいですよ」と答えた。

話題を作るために、新聞を読みながら会話をしたり、前もってみんなが話題を考えてきたりしてもらうことにした。

約1時間半だが、毎日することで、少しずつ力がついていくだろう。

2010/09/1

夜の補習


九月に入り、雨が降り出した。

先日も雨が降り、朝晩がだいぶ涼しくなってきた。

夏のあの暑さがもうすぐしたら無くなってしまうのは、とても残念である。

私は、冬よりも夏のほうが好きだからだ。


今日は午後からの授業が無い。

夜は葛先生から新入生クラスの補習を見てくれないかといわれ承諾した。

新入生も見てみたいと思ったからだ。

新入生は日本語が出来ない学生がほとんどだ。

中には上手な学生も2,3人いる。

私は中国語で話を少しだけすることができた。

彼らのいっていることも、何となく分かる感じである。

しかし、補習なのに勉強らしいことをしていないので、これはあまり良くないと感じた。

みんなが日本語を使えば勉強になるだろうが、ほぼ中国語なので全く勉強にならない。

それにみんな熱心に私のことについて質問してくる。

外国人の私に興味があるらしい。

しかしこれでは・・・。そう思っていると、課外の途中で、謝先生が来てくれた。

先生が来てから、やっと発音の練習をすることができた。

今日は新入生の名前も教えてもらえたし、夜の課外に参加してよかったと思っている。
2010/09/4

立石さんとの出会い


今日は日本から来た立石さんと会う約束をしていた。

昨日、徐さんと欧さんにこの話をしたら、私たちも一緒に行きますと駄々をこねるので一緒に連れて行くことにした。

立石さんとはメールでやり取りをするだけでどんな人なのか全く分からなかった。

学校からバスで5分の大きなスーパー(家楽多)で待ち合わせをする。


バス停で待っている女の人がそうなのだろう。

キョロキョロしているのですぐに分かった。

挨拶を済ませ、やっと話をすることができた。出身は私と同じ鹿児島で枕崎出身。

長沙に来るきっかけは、鹿児島市の国際交流課が出している広報誌に長沙での教師を募集しているのをみたのがきっかけらしい。


特に長沙は行くところが無いので、とりあえず今日は烈士公園に一緒に行くことにした。

運悪く雨模様で公園の散歩には適さないが、歩いていくうちに雨が上がっていった。

天気は悪かったが、公園の景色はなかなかいい物だった。

烈士碑のある場所は新しく整備され、中には戦争の記憶がたくさん展示されていた。

私たち日本人との戦争の記憶はなかなか消すことが出来ないと改めて感じた。

これも歴史の1つなので、甘んじて受けなければならないだろう。


烈士公園を散歩したあとで、51広場に移動して、昼食を食べることにした。

やっぱり、火鍋がいいだろうと思っていたので、前に行って美味しかったお店に行ってみた。

このお店でおしゃべりをしながらご飯を食べていたら、あっという間に時間が過ぎ3時間近くご飯を食べていた。

味もまあまあ良かったので、食べに連れて来れて良かったと思う。

夜までは少し時間があったので、歩行街から歩いていける天心閣に行くことにした。

天心閣は歩行街の近くで、また、定王台の近くでもある、古い建造物である。


天心閣の入り口までは公園になっており、少し高台にあるこの場所まで散歩をしながら行くことができる。

天心閣に入るためには入場料が必要で、なんと16元もかかってしまう。

少し躊躇したが、せっかくここまで来たし、以前来たときも中を見ることなく帰ってしまったので、今回は入ってみることにした。

中は3階建ての建物があり、昔は砦のような役割もしていたらしい。

昔ながらの中国らしい建物を前に写真を撮ったりして、観光してみた。

まあ、小さい建物だけしかないので、見終わるのにそんなに時間は掛からなかった。

しかし、16元は少し高いとは思う。


帰りは立石さんの赴任した学校まで一緒に行ってみた。

今の学校から近くにあり、楊家山西から136番のバスに乗ると行くことが出来る。

立石さんの中国の先生達は小さい学校だといっているのだが、高校の中では大きい方だと思う。

生徒も全部で2000人以上いる学校で日本語科には200人近くの学生がいるらしい。

先生の部屋は学校内の学生寮の隣。

部屋は私の部屋よりも少し広く、別に寝室が1部屋ある。

トイレは洋式で、シャワー室も同じ場所。

しかし、洋式が有るなんて、なんて良いのだろう。

ここでは、外国からの先生が居るため、洋式のトイレがあるらしい。

とても綺麗な部屋なのでとても良い場所だと思う。

立石さんと今日一緒に遊んだことはとても楽しかったので、また今度遊びに行くことを約束して、家に帰ってきた。

朝から歩きっぱなしだったので、少し疲れたが、良い休日になったと思う。



2010/09/5

インターネット問題


午前中は、欧さんからインターネットバーへいきましょうとお願いされたので、一緒に場所を教えるついでに行ってみることにした。

学校の近くに新装開店したインターネットバーが有るので、そこにいってみることにした。

前回行ったときは、私が外国人なのでインターネットを使うことが出来ないといわれていたので、出来ないだろうと期待しないで行ってみた。

話を聞いてみると出来るかもしれないと言われたので、また今度パスポートを持って来てみることにした。

改めてパスポートを持って行ったのだが、パスポート持参だけではインターネットをすることが出来なかった。

しかし、マネージャーが居なかったので、前に陳建東さんから借りていた身分証番号を使ってインターネットをすることが出来た。

まだ、パスポートだけでインターネットが出来るかどうかは不明である。

やっぱり、部屋にインターネット環境を作ったほうが楽かもしれない。
2010/09/6

新入生をみて思うこと


月曜日になり、また新しい1週間が始まる。

だいぶ日中も過ごしやすくなってきたので、良い季節になったと思う。

授業もいつものように始まってきている。

新入生も20人近く入ってきたので、顔だけでも覚えていきたい。

直接、授業をすることはないので、接点が薄いのが心配である。

時間はまだあるので、よく教室に顔を出すようにしよう。

今回の新入生は来年には日本へ留学する学生が多い。

以前は本当に少なかったのに・・・。


夕方は0902クラスの学生と一緒に部屋で会話の練習をして、夜は学校へ行き、新入生(1002クラス)の50音図の練習を見てあげた。


今、学校では昼間とは別に夜間授業もしている。

学生は8人ぐらいの少数だが、1年間日本語を勉強するらしい。

教えるのは範先生で、毎週月水金の三回で約2時間半の授業らしい。


新入生のクラスは1002。

彼たちは夜の勉強の時間が少ないと思う。

以前のクラスの学生は勉強し始めた頃は、みんな遅くまで残って勉強していたと思うのだが、このクラスは9時になるとみんなすぐに帰ってしまう。

この時間は拘束されている時間であると感じているのだろうか。

せっかく勉強できる環境にいるのに、もったいないと思うのだが。
2010/09/8

リベンジ


前回のリベンジのため、インターネットバーへいくことにした。

家の近くのインターネットバーへいくが、やっぱり、外国人はすることができないと言われた。

この間は出来るといっていたのに・・・。

しょうがないので、他のインターネットバーを探すことに。

少し遠くに安いインターネットバーがあったのでそこに行ってみるが、結果は同じ。

長沙は文明都市を目指しているので、中国の身分証を持っていないとインターネットをすることは出来ないとのことだ。


パスポートでもインターネットができるいつもの場所へ行くことにした。

ここでは1時間2.5元。

インターネット環境はまあまあ。

少し家から遠いということが難点だが。


インターネットバーから帰ってくると周云影さんが遊びに来てくれた。

彼女は先学期、0804クラスの学生で今度の10月に日本の千葉に留学することになっている。

私との会話練習でレベルを少しでもあげたいという希望を持っている。

少しでも彼女の力になれるように私も時間を見つけて、彼女の応援が出来ればと思っている。

2010/09/9

放課後補習


午後の授業が終わり、0902クラスの学生達と部屋で会話の練習をする。

今日は張ジャクエンさんも参加。

会話の内容は会社でのルールやマナー。日本人と会うときのマナーなどを話した。

これで2週間の放課後会話が終わった。

これからも毎週月曜日から木曜日までは放課後にこのようにするつもりらしい。


夕食後、教室に行き1002クラスで少し話をしていると林さんとうさんが私を探しに来た。

明日は敬語を使う授業が有るので、プリントに書かれている敬語を教えてほしいと言われた。

なかなか使うことのない単語がたくさんあった。

私にとっても覚えていない単語ばかりなので使い方に難あり。

あとは敬語のなかでも尊敬語、謙譲語の使い方はなかなかである。
2010/09/10

教師の日


授業は1コマ目のみ。

2コマ目は中国の国語の授業が1002クラスであったので、一緒に受けることに。

やはり、先生の話を聞き取るにはまだまだ至らないが教科書に書かれている文章は読み取ることが出来た。

今日の授業では魯迅の「薬」という文章の解説だった。

ある老夫婦がいて子供の為に薬を買いに行く途中、革命に参加している人が殺されているのを発見し、その人の血を商売する人から薬を買っていく。

帰って子供に飲ませると、子供は死んでしまう。

これは迷信であることが理解された。

その中の1人に革命に参加していた人の両親がいた。

この母親は悲しみ、墓の前で血を飲んで死んだ息子の老夫婦と出会う。

そこで、母親は血を飲むことは迷信であり、息子の革命精神は正しいものであると主張する。

これは、中国近代革命の頃の中国をここでは表しているらしい。

とても興味深いはなしであった。


昼食後、私のデジカメが壊れてしまったので、林さんとカメラを買いに行くことにしていたが、陸さんがインターネットで調べてからの方がいいですよと言っていたので、調べてみることにした。

女子寮はインターネットの環境整備をしており、部屋の中からインターネットをすることが出来るので、そこで調べてみることに。

安いデジカメがたくさんあり、どれにするか少し迷う。

あと4ヶ月使うことが出来れば問題ないので、インターネットで買うことにした。

もちろん、品質の保証や修理の問題などがあるので信用が無いのだが。

お金を振り込む段階になって、私の銀行カードではインターネットの買い物が出来ないと言うことがわかった。

林さんはインターネットの買い物の為のカードを持っているので、林さんにお願いをするが、彼女のカードにはお金が無いと言うことなので、銀行に行ってお金を振り込むことにした。

彼女の銀行は中国工商銀行。

学校からは20分ぐらい離れた場所にある。

散歩がてら歩いていくことにした。

無事、振り込み準備も終わり、帰る途中に林さんの故郷にある豚足のお店があったので、食べたくなり,休憩しながら食べてみた。

味がしっかりしていてとても美味しかった。

林さん達は臭豆腐を食べていた。

私はこれが少し苦手である。

独特の匂いでせっかくの美味しい味が台無しだと思う。

まあ、外国人の人が納豆を食べるのがだめであるのと同じ感覚だと思う。

寮に帰ってきて、交渉が成立したので、一旦家に帰る。


5時になり、毛先生、葛先生と約束をしていたので学校へ。

今日は教師の日なので3人で学校から少し離れたピザハットに行くことにしていた。

定番のピザからパスタ、チャーハン、デザートなど種類は様々。

味に関しても、日本で食べるものと大差はない。

但し、ピザは少し小さめで、米類は少し味が違うと思う。

ケチャップの味が少し違うからなのだろうか。

3人で話をしながら、楽しい時間を過ごすことが出来た。

料金は123元と中国の一般的な食事の料金では少し高めである。

日本円では1700円くらいである。
2010/09/11

ある土曜日の1日


今日は土曜日で学校も休みなので、昼食は学生達と部屋で作って食べることにした。

せっかくなので、立石さんも誘って、一緒に食べることに。

学生達に11時頃に来てもらって、家の近くで買い物をする。

しかし、この付近は店の種類が少ないので、鮮度や価格面で前の学校の周りよりは少し落ちる。

買い物を済ませた学生達が戻ってくる前に、立石さんをバス停まで迎えに行き、みんなで料理の準備を始める。

料理は7品。今日は8人で食事をする。

主な料理は劉らさんが作ってくれた。

男の子達も1品ずつ作ってくれ、久しぶりに部屋の中が活気づいた感じがする。

みんなと立石さんも話を少しづつしてくれたので、私以外の日本人に会うこともとても良いことだと思う。

午後は、みんなが用事で居なくなったので、立石さんと2人でおしゃべりをして過ごす。


夜は日本人の集まりがあるので、立石さんと一緒にバスで川西の方へ行くことに。

バスは渋滞のため集合の時間よりも少し遅れていたが、まだみんなが揃っていないので間に合った感じである。

集まったのは留学生が6人、インターンで教師をしている2人、中国人と結婚した4人、こちらで仕事をしている2人である。

留学生は学生だけあって、元気いっぱい。

とてもうらやましい限りである。

こちらでの生活にもかなり慣れている感じである。

中国には半年滞在しているようで、授業は1年間受けるらしい。

山梨の都留文科大学と湖南師範大学とは交換留学制度があるそうだ。

そこからの学生が6人来ているそうで、あとは湖南大学のほうにも何人か留学生がいるそうである。

私たちはこの会に新参者なのでとりあえずみんなの話を聞くだけになってしまったが、みんなとても明るく、楽しい人たちばかりである。


2次会は、こちらで仕事をしている池田さんというかたの家に移り、そこでみんなで飲み直しと言うことになった。

家は外国人が多く住居しているマンション。

部屋も洋式のトイレにバスタブもあり、綺麗で広い部屋だった。

池田さんはお好み焼きなど作って待っていてくださり、とてもリラックスした感じである。

お酒も焼酎やワインなど用意してあり、私も久しぶりに焼酎を飲むことが出来た。

良い感じで、時間が過ぎていき、途中は花火鑑賞が出来るおまけ付きである。

毎週土曜日になると、湘江で花火が上がるらしく、池田さんの部屋から綺麗に見ることが出来た。

私と立石さんはバスの時間があったので、途中で帰ることになったのだが、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。

帰りは、立石さんを送って帰ったのだが、下りたバス停から学校まで意外に時間が掛かってしまったので、歩き疲れてしまった。

部屋に帰るとほろ酔い感じと心地よい疲れでぐっすり寝ることが出来た。









2010/09/17

回転寿司店



午前中の授業が終わり、事務所に行くと、湖南大学の学生で院生の張君先生がいた。

久しぶりに会ったので、ご飯に誘ってみた。

前から昼ご飯を食べませんかと誘っていたのだが、時間が合わず、流れていた。

今日は張先生の用事もないと言うことで、昼食を一緒に食べることにした。

昨日、葛先生から歩行街の近くにある回転寿司のお店の割引券をもらっていたので、平和堂へ買い物に行くついでに、一緒に食べに行くことにした。


授業終わりに2人で行くそのお店は、卒業した学生達がよくバイトをしていたお店である。

中は、回転寿司店そのもの。

価格帯がだいぶ高い。まあ、予想していたとおりのことだが。日本料理なのだから安い訳がない。

ここで、素晴らしい物を見つけた。

トンカツである、なかなか食べるチャンスが無かった物で、私はとてもうれしかった。

早速、注文して、食べてみる。

味は日本と同じで、カリカリ感もあったので、かなり美味しいと感じた。

私にとって日本料理は忘れられない物で有ることを感じた。

トンカツソースが無いことが少し残念だったが、ケチャップとマヨネーズがあったので、この2つを混ぜ合わせて、タレにすることにした。


張先生との話は大体が日本語の話。

彼女はとても、日本語が上手で、日本語の文法についてとても詳しい。

研究が文法関係なので、色々と使い方について研究しているらしい。


約2時間ほどを過ごし、そのあとで近くにある平和堂へ行ってみることにした。

明日は0902クラスの学生と一緒に寿司をつくるつもりで、その材料を買いに行くためである。

張先生にも一緒に行ってもらった。

買いたい物は海苔とシーチキン、マヨネーズ。

たったこれだけなのだが、平和堂にしか海苔がないので、しかたがない。

しかし、今、平和堂の前の道路は地下工事の為、わたることも出来ず、地下道も工事のために無くなっていたので、少々遠回りをして平和堂の前へ。

いつもの事ながら、デパートといった感じ100%。

地下に行き、目的の物を買い、無事に帰ることができた。

2010/09/18

寿司を作る



昼食を0902クラスの学生と一緒に作る計画を立てた。

みんながお寿司を食べたいと言っていたので、昨日は平和堂へ行き、海苔を買ってきておいた。

午前中、みんなが集まる前に酢飯を先に作っておき、材料の野菜等を学生に買ってきてもらった。

お酢は、近くのスーパーでは手に入らなかったので、同僚の毛先生から頂いた。

材料は卵焼き、キュウリ、レタス、シーチキン等。

お寿司は手巻き寿司にしてみた。

酢飯はみんなの口に合うか分からなかったが、出来た物はみんなおいしいと言って食べてくれた。

最初に私が作り方を見本で見せて、そのあとは学生達に勝手に作ってもらった。

みんなわいわいしながら、楽しそうに作ってくれ、その姿を見ているだけでとてもうれしい気持ちになった。

学生が作ったお寿司も美味しく、日本で食べる味とほとんど同じだった。

私自身、お寿司を作る事を今までしたことは数えるぐらいしかないが、こうして、みんなとの日本文化の交流で作る機会が出来たことはとても良かったと思っている。

2010/09/19

最近の天気


今日は日曜日なのだが、中秋節の休日振り替えになっているので授業があった。

今日は木曜日の授業。

0902クラス、0904クラスの2つのクラスである。

会話の授業を済ませ、部屋に帰る。


最近、夜になると食欲が無くなる。

夕食は食べなくても、なんとかなるものだ。

最近の天気にしても、夜の暑さがだいぶある。

クーラーを一日中つけていないと過ごせない感じがする。

暑さは大歓迎。寒さがあまり早く来ないことを願うばかりである。


2010/09/20

残暑


長沙の残暑は本当に厳しい。

今日も気温は37度まで上がるらしい。

午前中も汗ばむ感じで、まだまだこれが続くのかと思うと、げんなりしてしまう。

午後はおとなしく家で休憩をして、午後は教室で授業。

夜も家にいても暑いので、教室で学生たちと一緒に勉強をする。

教室には大きな扇風機があるので、これに当たりながら、勉強をする。

日本では25度前後になっているらしいので、もうすぐしたら、暑さも落ち着くのかも.
2010/09/22

中秋節


中秋節の第1日目。

今日は中国国民にとって古い祝日であり、重要な祝日の1つでもある。

今日から3日間が休日となる。

毎年この日は家族みんなで集まり、お祝いをするのが風習である。

お月見をするのは、日本と同じであるが、食べるものが違う。

中国では月餅をこの中秋節で食べるのが、風習である。

私も葛先生から月餅を頂いたので、今日はこれを食べることで中国にいる感じを味わってみた。


今日は0902クラスの学生達とバーベキューをするつもりだったのだが、あいにく天気が最悪。

今日から昨日までの暑さが嘘のように寒くなり、雨も少し降ってきた。

しょうがないので、予定変更。


0904クラスの学生を誘って、カラオケに行くことにした。

カラオケはいつものa go go にして、51広場へ行く。

カラオケは人が一杯。ほとんどが学生のようだ。

休みなので、みんなで遊びにきたのだろう。


ここでも、最初の目的を果たせず、再度予定変更。

せっかく、歩行街にきたので、みんなでしゃぶしゃぶ(火鍋)を食べにいく。

しかし、どこも人で一杯。

予約を受け付けるなんて事はしないで、空いた席に勝手にどんどん座っていく。

待っているだけでは、席につけないのである。

3軒ほど回って、最後の一軒で30分ぐらい待っていると、やっと空いた席を見つけることが出来た。

みんなで一緒に食べるしゃぶしゃぶは美味しいと思う。

たくさん注文したが、なんとか全部食べることが出来た。

帰りに着いたのは9時半になっていた。

帰りのバスが心配だったが、どうにか帰ってくることが出来た。

しゃぶしゃぶを食べていると、葉さんから電話があり、「明日は私の故郷でみんなで中秋節のお祝いをしましょう」と誘われた。

彼女と会うのはこれが最後で、それに彼女の故郷も見てみたいと思ったのでいくことを承諾した。


明日は劉らさんが迎えに来てくれ、欧さんも一緒にいってくれるらしい。


2010/09/23

葉媛さんの故郷



9時45分の列車に乗り、葉媛さんの故郷のりいりんに劉らさんと欧さんの3人で出発。

列車は約2時間の旅。

昨日から少し寒くなって、今日は雨も降っているので季節が変わってきているのが肌で感じられる。

りいりんは株州の隣にある県で、街は少々大きい程度。

迎えに来てくれたのは葉さんとお母さん。


まずはお昼時間なので、みんなでご飯を食べに行く。

中華料理のレストラン。

田舎の方では、少し高級なレストランかな、とびきり高級とはいえないが。

そこに葉さんの友達も集まり、みんなで食事をする。

前に葉さんの誕生日の時一緒だった男友達にも会うことが出来た。


食事のあとはみんなでゲームセンターへ。

ゲームをしていると、顔さん、りょうしけいさん、きゅうしんさんが遊びにきていた。

葉さんが呼んだらしい。

みんな葉さんの送別会にきたらしい。


2時間ほどしてから、ホテルへ移動。

夕食時間まで時間を潰す。

ここで、中国麻雀をすることに。

中国麻雀といっても各地でルールがことなる。

りいりんでは長沙麻雀のルールですることに。

長沙麻雀のルールは白、発、中、東南西北が無く、対つの作り方が2,5,8の数しか使ってはいけないというものだ。

あとはポン、チーなんでもあり。

掛け金は1局、ロン上がりで10元、つも上がりでみんなから10元ずつ。

こういう麻雀は本当に負けるのが早い、日本の麻雀のルールでは全部が終わってからの点数による物だが、中国ではそんなに悠長なことをしてはくれない。

意外に葉さんが強いのにびっくりした。


夕食を食べに行くと、友達がたくさん集まってきた。

全部で15人ほどいる。

かなりの人数だ、ここで、顔さんの近況や丘さんの近況を聞くことが出来た。

二人とも、学校にいたときに比べ、日本語をだいぶ忘れている。

上手だったのにもったいない気がするのだが。


夕食のあとで、みんなでカラオケに移動。

カラオケに着いてからも、葉さんは忙しそうだ。

みんなに電話をしたり、電話が掛かってきたり。

今日で葉さんはみんなと会うのが最後になるからだ。

葉さんは10月、日本へ行き、1年は帰って来れないかもしれないからだ。

カラオケでは、みんな別れや友情の歌を歌っていた。

葉さんへのメッセージなのだろう。

送別のプレゼントに花の人形を送ってもらった葉さんは感動して泣いていた。

私も1年近く日本を離れ、友達に会うことも無いが、こうしてみると、やっぱり、友達は良いと思う。
局、葉さんとはあまり話をしないで、今日という日がおわったかんじがする。
、彼女と会うのは最後になるのだろう。

そう思うと、なんだか複雑な気分になる。

1年前に長沙に来てから、良く連絡をしてくれたのは彼女だし、遊びにも一緒に行ったが、別れはあっさりと来てしまった。

このような関係であり、縁なのだろう。

私は特に彼女の特別になりたいと思っていたが、それはあくまで思いだけであって、現実的な物ではないと改めて実感した。

別れがあり、出会いがある、そこには何があるのか、特に何もない、分からない自分がいて、どうすることも出来ない自分が居る。

それを考えると、気分は重くなり、どうしようもない感じになってしまった。

これからの彼女の幸せを祈るばかりである。


2010/09/26

1002クラスの夜の教室


午前と午後の授業が終わり、食堂でご飯を食べていると、毛先生から1002クラスで少し話をしてほしいと言われた。

毛先生の会話の授業で、少し学生達も会話が出来るようになったのでとお願いされた。

前回行ったとき、ほとんどの学生が中国語しか話さないので、今回は林さんにお願いして、一緒に行ってもらうことにした。

夜の教室には補習に来ている学生がいる。

その時間を使って、彼たちと話をすることにした。

1002クラスの学生はまだ日本語の勉強を始めたばかりなので、使える単語、文法はまだ少ない。


教室に行って、みんなが集まってくるのを待っているが、なかなか、みんなが話しかけてこない。

林さんがみんなに呼びかけて、まずは男の子が今日勉強した言葉を使ってきた。

やはり、最初に言葉を使うのは恥ずかしいらしい。

林さんに聞いてみると、やっぱり、林さん達も同じで、もどかしい気持ちを持っていたらしい。


少しすると、他の女の子達も集まって来て、みんなで質問したり、質問されたりを繰り返す。

私の言うことが相手に伝わらないときは、林さんに通訳してもらいながら、みんなとの会話をしていく。

今は簡単な会話しかできなかったが、彼女たちが将来は流暢に日本語を話していることを考えるとなんだか楽しくなった。

2010/09/27

停電


いきなり電気が切れた。

部屋の電化製品はすべて使えなくなった。

中国で停電は珍しくないので、普通の停電だとそのときは思っていた。

学校へ行き、授業が終わって、部屋に帰ってくるが、まだ、電気が来ていない。

また、長い停電だなと思いつつ、昼休みを過ごし、午後の授業へ向かう。


夕方から夜に掛けて、教室で学生達と会話の練習をしたり、中国語の勉強をしたりして過ごす。

部屋に帰るが、まだ、電気がない。

これは、普通の停電なのだろうか。

陸さんにお願いして、管理人さんに聞いてもらうことにした。

管理人さんによると、これは停電では無いそうだ。

そうなのか、それはしょうがない。

明日になれば、劉先生に相談をすればいいことである。

初めて、真っ暗な部屋で、すこし怖かったが、シャワーを浴びることは出来るので、とりあえず今日はさっさと寝ることにした。
2010/09/28

中国ラーメン


教室に行き、劉先生に会いに行く。

あいにく、時間が合わずに会うことが出来なかった。

昨日から停電をしており、管理人さんに聞くと、電気料金の支払いがされていないのではないかと言われていたので、そのことを相談に行ったのだが。


葛先生に話を昨日していたので、劉先生には今日の朝話をしていたらしい。

食堂にいた葛先生に話を聞くと、劉先生はお金を払いに行ったとのことだった。

これで、安心である。

家に帰ると電気が来ていたので、ほっとした。


午後は授業が有り、授業の終わりに林さんと一緒に中国のラーメンを食べに行く。

ラーメンと言っても、日本のラーメンとはだいぶ違うのだが。

面は、うどんの細くなった物で、中に入っているのは、角切りになった肉だけ。

スープは醤油ベースで辛いラー油が入った物である。

おいしい、おいしくないは別にして、おなかの中にすぐに入っていった。


2010/09/30

歩行街へ



天気も良くなってきたので、気分も晴れてきた。

今日は午後からの0902クラスは授業をしないことにした。

彼女たちは実家に帰る人が多いからだ。

それで、葛先生、毛先生と3人でご飯を食べに行くことにした。

平和堂にあるバイキングに行くことに。

バスに乗り歩行街へ。(302のバスに乗る)


このバイキングには0802クラスのみんなと一緒に行ったことがある。

着いたのは1時過ぎ。

種類は豊富だったが、時間が少し遅かったせいで、食べるものが少なくなっていた。

時間も2時ぐらいになると、店員さんが食器を片付け始めた。

一緒に行った先生達はかなりご立腹。

まだ、食べている途中だったからだ。

そんなに怒らなくてもと私は思ったのだが・・・。

サービスの悪さに文句を言っても・・・。


食事のあとは、3人で平和堂のなかの洋服をみたり、歩行街をブラブラしたりする。

途中で毛先生は帰り、葛先生と私は、歩行街に遊びに来ている0904クラスの学生達と合流することにした。

彼女たちは映画を見に行くつもりだったのだが、値段の関係で映画は中止。

しょうがないので、みんなで帰ることに。

それにしても、今日は本当に疲れた。

女性と一緒に洋服を見て回るのは体力がいる。
2010/10/01

国慶節の1日



今日は国慶節で、国民の祝日である。

立石さんと今日は平和堂で会う約束をしていたので、外で、タクシーを止めようとするが、なかなかとまってくれない。

今日は運が悪いのかもしれない。

一緒に行ってくれる学生によると、休日なのでみんながタクシーを使うため、止まってくれないそうだ。

しょうがないので、白タクをひろって、平和堂まで行くが、すでに、約束の時間を30分も遅れてしまった。

しかも、休日なので道は渋滞だ。

着いて、立石さんと一緒に平和堂の地下を見て回り、その後、「金牛角」というレストランへ行く。


ここで、今日から始まる1週間の休みのスケジュールを決めることにした。

今日会うのはこれが目的である。

明日は博物館へ行き、明後日は株州へ行くことを決めた。

もう少し先の予定は張家界の近くの鳳凰に行くことにした。

鳳凰への行き方は旅行社に頼む方向で進めるが、もし、無い場合は毛沢東の故郷である湘山に行くことに。


ご飯を食べ終わってから、散歩がてらに太平街へ行ってみることに。

立石さんが行ってみたいらしい。

ここは、昔の道や建物が残っている良い場所だと思う。

ここにあるお店も、あまり見かけないお土産系の物も置いてあるので、見て回るのはとても楽しい。

ここで、かんざしを打っているお店があったので、せっかくなので、姉用のかんざしを買うことにした。

以外にいいものだと思うので、いい買い物ができて、一緒に行ってくれた立石さんに感謝。


2時間近く話をして、帰る頃に、学生の徐さんから、前の学校の近くに行って、花火を見ましょうと言われた。

しかし、行ったはいいが花火はすぐに終わってしまった。

これだけのために、わざわざ来たのかと思うとやるせない気持ちになった。

しかし、久しぶりに前の学校を見ることが出来たし、学校の近くの麻辛タンも食べることが出来たのできてよかったとも思った。

花火を見るとき徐さんとは出会えず、結局、帰りのバス停で彼と合流。

帰りのバスは大混雑。

道は渋滞。途中では事故が起きているし、帰るまでに1時間近くが掛かってしまった。

今日はなんと運が悪いことだろう。

2010/10/02

祝日2日目


今日は、立石さんと一緒に博物館に行く約束をしていたので、午前中はゆっくりして、午後から博物館へ。

博物館前は人で一杯。

入り口の電光掲示板には「今日の切符は売り切れました」とあった。

博物館も人数制限をしていたのか。

これは失敗、せっかくここまで来たのに、博物館の中には入ることが出来なかった。

国慶節の間は毎日5000人しか入場することが出来なかった。

本当に残念だ。一緒に誘った立石さんにも申し分けない気持ちだ。

しょうがないので、明日の株州に行く切符を駅に買いに行くことにした。

駅の切符売り場もかなりの人がいる。

これで、明日の切符が買えるのか心配になってくる。

博物館にも駅にも、徐さんと陸さんが一緒に行ってくれたので、2人にお願いをして切符を購入してもらった。

明日の列車は混んでいるので、座席なしで行くことに(切符は1人12元)

明日が楽しみである。
2010/10/03

株州へ


午前8時半に長沙駅前で立石さんと待ち合わせ。

今日も徐さんと一緒に株州に行ってもらった。

株州は初めて行くが、どういうところか楽しみである。

列車内は混雑している。

もちろん、座る場所はない。

約30分で株州に到着。

こんなに近いところだとは思わなかった。


着くと立石さんの友達が待っていてくれた。

初めて会ったが、彼女は海外青年協力隊で株州に来ていて、とてもやさしい感じの女性だと思った。


まずは、株州にある公園へ。

ここは神農帝のまつられた公園である。

駅からは散歩がてら、歩いていったが、40分ぐらい掛かってしまった、しかし、今日の天気はとても良く、昨日までのぐずついた感じとはだいぶ違う。

湘江の支流が株州にはあり、街の感じもとても良いと思う。

こういうのは歩いてみないと分からないことだと思う。

公園内は家族連れがたくさん。

好天気で、祝日なので、外に出たくなる心境も分からなくもない。


その後、株州の歩行街へ。

駅のすぐ横にある通りがそうである。

今は道が工事中だったので、歩きにくかったが、道の横にはたくさんの洋服の店が並んでいた。

ここ株州は洋服が安く買える街として有名である。

多くの店が洋服の店になっていて、今日は国慶節と言うこともあって、かなり安くなっていた。

人もたくさん歩いているし、とても賑やかである。

大きな建物の中にはたくさんの洋服に関係のある店がたくさん入っている。

長沙で洋服店を開くときは、洋服だけでなく、関連の物もここで買っていくのかもしれない。


本当は3時頃帰るつもりだったのだが、都合の良い列車が無かったので、6時過ぎの列車が来るまで、平和堂の一角でおしゃべりをする。

時間はあっという間に過ぎ、帰りの時間が来てしまった。


こうして、中国に来ていて、日本人と話をすることは本当に珍しいことであり、この機会を作ってくれたのは、立石さんである。

彼女とここ1ヶ月、一緒に遊んでみて、今まで、まったく無かった日本人同士の交流が増えたことは確かである。

株州にも来ることが出来、長沙の周りも大体の所へいった感じである。


帰りの列車は普通列車なので、切符が安かった(1人4.5元)

切符を買ったときは、座席無しだったが、列車に乗ると空いている席があったので、長沙まで座って帰ることが出来た。

ラッキーだと思う。


2010/10/05

岳禄山



今日も良い天気だ。

気温も暑くなく寒くなく、ちょうど良い。

好天なので、立石さんと2人で岳禄山へ行くことに。

今回は湖南大学の方から登っていくことに。

大学近くのバス停の環境が色々と工事をしていたので、かなり綺麗になっていた。


休日だったので、岳禄山入り口は人がいっぱい。

木々は緑が豊かで、木漏れ日がキラキラと輝いている。

本当に最近の天気が良いので、私はとてもうれしい。

立石さんとおしゃべりをしながら、少しずつ登っていく。

立石さんはスタミナが本当に有ると思う。

岳禄山は少々きつい坂が有るのだが、スイスイと登っていく。

散歩にしては良い運動になるのが、岳禄山の良いところでもある。


山頂では今までで一番の景色が見ることが出来た。

いつもは、薄くモヤがかかっていて、長沙の街を見ることが出来ないのだが、今日は天気が良いこともあってよく見える。

展望台には人がたくさんいて、みんなとても気持ちが良さそうである。

今回の天気は2人の日ごろの行いがいいからかな。

2010/10/10

勉強の1日



今日は休日なのだが、割に早く起きてしまった。

なので、教室に行ってみると、0904クラスには劉小矯さんがいた。

彼女は本当にまじめである。

彼女と一緒に教室で中国語の勉強を始めた。

今は、ほとんど単語の勉強しかしていない。


昼食を食堂に食べに行くが、今日は休みなので、食材が少ない。

ご飯も炊けていないので、外で昼食を食べてから、また、教室で勉強を開始した。

休日に学校の食堂での食事はあまりお勧めではない。


昼からの勉強が2時間がたった頃には、頭がクラクラするので、部屋に帰って、少し休憩することに。

4時過ぎに学校に戻り、勉強を再会する。

7時半頃に葛先生が学校に来たので、彼女と中国語会話の練習をする。

9時前に葛先生が帰ったので、0902クラスを覗いてみると、周琴さんがいた。

彼女にお願いして、発音の練習をしてもらった。

「Xiao」 「shao」の区別がどうしても分からない。

彼女に発音をしてもらうが、私の発音が良くならない。

困ったことだ。

練習を何度もすると少しは良くなったと言われたが、自分では彼女の発音と同じように感じるのに何かが違うみたいである。

これは、まだまだ練習が必要である。

2010/10/11

写真を撮りに



今日はあいにくの雨。

暖かい日もあと1回あるかないかだろう。

少し肌寒い雨の中を歩いて学校へ行く。


午後から0904クラスの授業があるが、教室には誰もいない。

事務所に行くと、葛先生から「今日、0904クラスの学生は助成金の申請用の写真を撮りに行くので、授業は無いです」と言われた。

どこかに撮りに行くそうなので、私も一緒に行ってみることに。


学生達を正門の前で待って、みんなが集まったところで出発。

バスに乗り(801系統)20分くらいで、中南大学鉄道学院という場所に着いた。

バスは学校から真っ直ぐ南の方へ。

学校はかなり大きく、たくさんの校舎と学生がいる。

案内人のおばさんと校門で会い、写真を撮る所に案内される。

この学校内で写真を撮るらしいが、すぐにはしないらしく、少し待つことに。

とはいっても、1時間半も待たされてしまった。

待ったあげく、別の場所に移動するも、そこでも写真は撮らず、また、待っていた場所に戻って、ようやく写真を撮ることが出来た。

なんという中国らしい。


私としては時間が無駄になったとは感じていない。

1002クラスの新入学生と一緒に話をすることができたからだ。

それに、初めての場所に来ることが出来たこともその1つである。


学校を出たのは2時過ぎで、帰りは7時になっていた。

こんなに遅くなるとは思っても見なかったが・・・

2010/10/14

マフラー



朝から雨模様、かなり寒い。

こんな感じは今までで一番かもしれない。

午前中授業をして、授業が終わってから、事務所に行き、最近の日本の流行語について調べてみた。

日本のテレビを見ていないので、学生から日本ではやっている言葉を教えて欲しいと言われたので、少し戸惑ってしまった。

私は今の流行語について行っていない。

こういうのを中国ではアウトというらしい。

アウトは流行遅れの意味。


午後は寒かったのでマフラーをして学校に行った。

授業が終わってから、部屋に帰るとき、管理人さんに[今日は雪ですか]と言われた。

マフラーはさすがに大げさすぎたのか。

でも、私としては寒いのが嫌いだし、風邪を引かないためにも、細心の注意が必要であると思うのだが。


夜は教室へ行き、葛先生と会話の練習をする。

最近は夜学校に行き、学生達と会話練習をするのが日課になっている。

帰るとき1002クラスで少し話をすると、このあと、みんなでバーベキューを食べに行くので、一緒に行きましょうといわれた。

学校の傍の屋台で、みんなで夜食を食べる。

彼女達の日本語会話はまだまだだが、気持ちは伝わるので、とてもうれしかった。

2010/10/15

天天向上



夜、テレビを見ていたら、日本の風景が目に飛び込んできた。

観ていた番組は「天天向上」である。

今日のテーマは日本。

番組の司会者達が日本へ行き、日本の文化を紹介するというものだ。

この番組は湖南省だけではなく、中国全国でよく見られている番組である。

この番組の司会者には矢野浩二さんという日本人も出演している。


今日のテーマの中に、スマップが出ていたので、びっくりした。

天天向上の司会者達がスマップと話をしているので、なんだか新鮮な感じがした。

日本も少し見ることが出来たので、故郷を少し想い出し、うれしい気持ちになった。


2010/10/17

日曜日の1日



今日の天気は快晴。

気温も過ごしやすく、外に遊びに行きたい気分にさせる。

今日は日曜日なので、朝から家事をすることにした。

洗濯、掃除、ちょっと早めに昼食を食べ、陸さんと勉強をするために、教室へ行く。


夜まで教室で勉強を続けていると、葛先生が来たので、私と一緒に日本語と中国語の勉強を7時半から8時半まで約1時間してもらった。

そのあとは、0904クラスへ行き、劉小矯さんがいたので、彼女と会話をしながら、勉強をする。

家に帰ったのは10時半。

一日があっという間に終わってしまった。

2010/10/28

なぞなぞ


1日の授業が終わり、放課後0904クラスを覗いてみた。

残っていた学生が何かを話をしていたので、質問してみた。

授業でなぞなぞを勉強したらしく、そのことについて話をしていた。

日本語のなぞなぞは、「このきはなんですか。答えは柴」「この糸は何色ですか。答えは紫。」このようなかんじです。


反対に中国語のなぞなぞについても聞いてみた。

まだ私にとって少し難しいかったが。

中国語のなぞなぞは「一群羊在吃草 草没了。」「草を食べに羊が草原に来ました、草がありません」答えは何でしょう。

答えはイチゴです。中国語でイチゴは【草莓】といいます。「草没」というのが草がないの意味で、イチゴの中国語の発音と同じなので、答えはイチゴになります。

というのが問題だ。

発音の問題でなかなか面白いと思う。

これからも、暇なとき色々と教えてもらおうと思う。


2010/11/7

映画館へ



日曜日の午後、1002クラスの学生がメールを送ってきてくれた。

「今日の午後はヒマなら映画を見に行きませんか。」という誘いだった。

映画を見に行くのは初めてなので、すぐにOKをした。

学校からタクシーで10分ぐらいの場所に映画館がある。

隣には大きなホテル、その隣には湖南図書館があった。

映画館には演劇場も備わっていたり、レストランもあったりする。

どんなものが見たいですかといわれたので、おもしろい映画がいいと答えたら、新しい映画を見ることになった。

テレビ番組の「快楽大本営」で司会をしている人が出ている映画があったのでそれにすることにした。

映画の上映時間まで、まだ間があったので、この機会に湖南図書館に行ってみることにした。

図書館は広く、何がどこにあるのかさっぱり分からない。

とりあえず、雑誌が置かれている部屋に行ってみることにした。

学校の教室の様な場所で、たくさんの部屋があり、そこで、本が分けて置いてあるようだ。

残念ながら、日本の本を探すだけの時間が無かったので、中国語の本を読むことにした。

少年向けや青年向け、大人向けの本がたくさんあり、なかなかおもしろいと思った。


時間が来たので、映画館に移動。

上映場所は思ったよりも狭い。この映画館は古いらしい。

歩行街の方に行けば、もっと大きな映画館もあるらしい。

上映されたのは、もともと韓国の映画を中国版にリメークされたもので、新しく出来た彼女がとても凶暴であるという内容の映画だった。

字幕なしで、全部中国語だったが、何とか内容を分かることが出来たのは、私が少し成長している証拠かもしれない。

約1時間半の映画が終わり、おもしろい内容だったと思う。

映画の中で男がブラジャーを着けて歩く姿があったりして、とてもおもしろかった。

料金は50元、学生は半額で見ることが出来る。

歩行街では100元から150元はするらしい。

中国では映画は贅沢なものだと思った。

2010/11/12

岳禄山へ



今日は、午前中0904クラスの学生達と岳禄山に行くことにした。

岳禄山は紅葉があると聞いたので、今回は行くことにしたのだ。

汽車駅まで歩いていき、そこからはバス。

岳禄山までの道順も、何回も通った道である。

今回は北門の方から、登り始めることにした。


紅葉はあまりなかったが、空気はとても新鮮で、自然な匂いで一杯だった。

途中で遅れる学生が出てきたので、頂上前でみんなを待ちながら、自然の風景を楽しんだ。


景色はいつもの様子で変わったところは特にない。

下山は登りよりも高配がきつく、足が痛くなってしまった。

登り始めから降りまで、約3時間が掛かった。

今回で岳禄山に登るのは最後になるかもしれないので、しっかりと目に焼き付けた1日だった。
2010/11/15

いざ冬本番か?



朝目が覚めると外は霧がかかっていた。

とうとう、長沙にも冬が来たみたいだ。

11月になり、今年の冬は厳しい寒さが続くといっていたが、なかなか冬が来ない中、暖かい日が続き、晴天のなか、中国の秋を楽しんでいた。


今日、寒さが来ることは、昨晩から予兆があった。

夜は、かなりの風があり、明日は寒くなると学生と話をしていた。


昼になっても、霧が晴れない。

もちろん気温も上がらず、太陽もみえない。

コートにマフラーを着て、完全装備。

去年に比べて、冬が来るのが遅かったが、まだ完全な冬にはなっていない。

これからが本番だ。

2010/11/26

卒業パーティー



昨日で0902クラスの授業が終わった。

最後は会話の試験でみんなの会話能力をみた。

あとは、12月5日の試験を待つだけになった。


今日は0902クラスのみんなが先生を招待して、卒業パーティーをしてくれることになった。

私と日本語1級文法担当の先生と先学期の文法担当の先生が招待された。

パーティー会場は学校の近くにあるレストラン。

料理は学生たちが注文してくれており、お酒も出てきたので、みんなで乾杯をして食事をした。

0902クラスの学生たちとは1年半と1番長く授業を続けてきたので、とても感慨深い。

このクラスの学生とは旅行にもたくさん行ったし、遊びにも行ったことが走馬灯のようによみがえる。

授業が終わって、彼女たちと話す機会も少なくなり、あと1週間ほどで、卒業していくと思うと胸がいっぱいになってきた。

みんなとの乾杯で、彼女たちの将来の成功と今までの感謝の気持ちを伝えることが出来、とてもよかったと思う。

こういう場がなければ、なかなか伝えることが出来ない言葉なので、このような場を作ってくれた学生に感謝している。

今後の彼女たちの明るい未来を祈るばかりである。


2010/12/4

初 武漢

今日、日本語能力試験のため武漢への出発する。

0904クラスの学生が武漢で試験を受けるというので、私も一緒に同行することにした。

出発は夜中の3時。


夜中の2時、駅へ向かって、夜の街を歩く。

さすがにこの時間なので車も少ない。

気持ちがいい。

駅までは歩いて大体20分ぐらいか。

駅に着くと学生達はもう待っていた。

みんなは11時には駅に居たらしい。

長い時間待っていられるところが凄い。


列車に乗ると更にビックリ。

こんなに夜遅いのに、たくさんの人がいる。

座るところが無い。

立っていくのはいやなので、席を無理矢理見つけて座った。

しかし、この列車はとても汚いし、遅い。

途中でよく停車をして、ほかの列車を待つことが多かった。

結局着いたのは9時前。

6時間近くの列車の旅はかなりきついと思った。

まったく睡眠は出来なかったわけではないが、体はとても疲れている。


武漢駅には学生の友達が迎えに来てくれて、車で試験会場の学校近くまで送ってくれた。

途中で長江と武漢で有名な黄鶴楼を見ることが出来たが、意外に河が小さく、黄鶴楼も岳楊楼より壮大ではない感じがした。

これを見るために来たのに、少しがっかりした。


ホテルは学校の近く。

昨日から先にきていた学生が、ホテルを探していてくれた。

学校の近くのホテルは一杯だったので、近くの招待所で泊まることに。

一泊1部屋150元。

安いか高いかは、ご想像におまかせする。


食事の後で、試験会場を見に行くことにした。

学校はとても広く、公園のように木がたくさん植えてあった。

並木道がずっと続く感じは大学らしい感じを受ける。

武漢技術大学という場所で、学生ももちろん多い。

綺麗な大学というイメージだ。

大学内を散策しながら会場を探す。

会場も無事探すことが出来、みんなは明日の試験の緊張感を持つことが出来たらしい。




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