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平成18年6月7日〜6月30日
虹の架け橋
池田公栄・九江学院日本語教師日記
* 学生の生活 ……2006/06/07…
学生たちの勉強振り

 九江学院の学生は学力や総合能力において、北京大学、精華大学、武漢大学などには及ばない。中国では大学の選抜は全国共通問題を実施した上で、成績順に有名大学に振り分けていく。九江学院は江西省では南昌大学に次ぐランキングとなる。だから、九江学院に在籍する学生は北部の瀋陽、内モンゴル、西の青海省、海南省あたりからも来ている。帰省にどのくらい掛かるかと聞けば、列車で30時間とか、35時間とかの答えが返ってくる。それほど、広範囲から集まっているわけである。

 選抜が能力別でなされているので、非常に好都合なこともある。大体能力が一定であるから、それにあわせた授業を進めればよいからである。
 
 生徒は真面目で、よく勉強する。北京大学に負けるものかの気概をもっているようである。中国はライセンスと実力の世界であり、より高度なライセンス、優秀な成績でなければ、将来の保障は無い。だから、彼らは寸暇を惜しんで頑張る。特に語学系の学生は早朝、運動場や、木陰で大きな声をだして発音練習や単語の暗記をしている。世界に使える語学は声を出して訓練し、繰り返し使用してみることである。

 彼らには能力試験があり、これにパスして初めて実力の社会で認められる。
 
 例外は何処にもある。本大学でも、恋愛にうつつを抜かし、勉強に実が入らない学生もいる。彼らは解放的に睦みあい、時々眼のやりどころがない場合もある。それはそれとして、自分で選択した行動なのだから学校側もとやかく言わないようだ。「自己責任においておやりなさい」という事らしい。


写真左:早朝声を出して単語練習をしている英語科学生

写真中:日本語の発音練習に取り組む学生

* 花便り@ ……2006/06/10…
6月の花便り

 九江は5月末から6月初めが最高に暮らしやすい季節である。梅雨に入るまえの此の季節、いろいろな花が眼を楽しませる。

 山野を歩けば名も知らぬ可愛い花が咲き、つい足を止めたくなる。自然はまことにすばらしく、創造主のキャンパスであり、どんな芸術家も追従できない創作品である。写真は、そのいくつか。

【名も知らぬ 花も天主の 語りかけ】

@なでしこに似た草花  

Aジサイに似た草花  

B九江には蓮の花が多い。少し早いが、すでにつぼみを結んでいる。あと一週間もすれば、見事に開花するだろう。
* 花便りA ……2006/06/10…
九江の公園や通りは花できれい 
 
 街や通りには季節の花が植込まれ、歩いていて楽しい。玉蘭は6月もまだ咲いていて、純白、清純な感じを与えると共にその芳香がすばらしい。よい香りというものは、心を和ませるものである。それにしても、玉蘭とはよく言ったものだ。玉は中国では宝物の意であり、貴重なもの、尊いなどの意味が派生する。中国人が宝の花と命名した意図が伺われるというものだ。

【玉蘭の 香りに心 癒されて】

写真左:優雅な玉蘭の花

写真中:サルビア・マリーゴールドは中国でも鉢物で学校や事業所の玄関を飾る

写真右:学院農学部実習園の鉢物
* 花便り三 ……2006/06/13…
名もない花が心引く

九江学院校内にさいた名もない花をまとめてみました。

写真左:ナデシコに似ている花。(接写)密生した場所は別世界のよう。

写真中:アサガオ類でしょう。でも弦は無く、雑草のなかに自己主張しているみたいに咲いている(接写)。

写真右:サクラソウに似ている(接写)。
* 街路樹で歴史が分かる ……2006/06/13…
2006年6月13日(火)曇り

街路樹をみると通りの歴史が分かる

 九江の道路は新しい道路ほど幅員が広い。大体6車線である。古い通りは、広くて4車線、狭いところは2車線。それに、道路脇の街路樹を見ると、その通りの歴史が分かる。すなわち、街路樹が大きく茂っている通りは歴史ものの通りということになる。大きい街路樹は、新緑の葉も勢いよく葉っぱのトンネルを造っている。その下を歩くとさわやかな風が肌をなでてくれるのでとても心地よい。 

 新しい道路の街路樹はまだ木が小さい。したがって、見通しもよく、木陰なども望めない。

 街路樹の種類はクス、ねむの木、楡の木である。クス以外は冬は落葉し、夏に茂るので木陰を得るため最高。九江は直射日光のもとでは35度40度近くにまで上昇するが、木陰は実に涼しい。湿度があまり高くないせいだろう。

写真左:樹木のトンネルができた通り。樹木はクスの木。

写真中・右:木陰は人々の納涼の場所である。樹木は楡の木。この木は幽かな芳香を放つのでなお気持ちよい。

* かっての住居跡 ……2006/06/17…
幼少のとき住んだ住居入り口


写真左:遊びの相手となった狛犬像

写真中:応仁寺門

写真右:元同仁会病院職員宿舎入り口。応仁寺の奥にある宝塔。すぐ近くにかって住んだ住宅があった。

* 在留邦人九江国民小学校跡 ……2006/06/17…
1,2年生のとき通学した小学校
 昭和15年、16年代通った小学校(校舎・正門・登下校時に通った道)

 通路として使っていた道路はいかにも狭く、昔のまま。でも、街路樹は大きく茂り、夏は涼しい木陰通りとなる。
* 九江同仁会病院のこと ……2006/06/17…
2006年6月15日(木)曇り

65年前の住処が判明

1939年(昭和14年)から41(昭和16年)年まで、ここ九江に住んだ。父がスタッフとして勤務した九江同仁会病院の場所を現地の80歳以上老人尋ね歩き、かつ記憶をたどりながら住居跡を探し当てた。此の場所の特定で何よりも確かだったことは、すぐ近くに寺があって、その入り口に石造の狛犬がすえられていたことである。


現在、応仁寺という禅宗の寺がそれである。この寺は少年時代の格好の遊び場であり、狛犬(写真)に跨いで遊んだりしたものである。住宅は寺に隣接していたフランス・カトリック系の女子修道院跡地を日本人民間医療団体同仁会病院が借り受け、職員の住宅として使用していた。幸いにも、拙者らが住んだ住宅は多少の改装は施されていたが、大体の原型を留めており、驚くばかりであった。その庭先に立ったとき、思わず身震いしたほどである(写真)。

同仁会病院
 同仁会病院は医療機関として、民間人や大学が中国に12施設ほど創立した病院である。同仁会には明確な設立目的があった。因みに、九江同仁会病院は熊本大学が主たる人材・技術の派遣団体であった。

同仁会病院の設立目的
@中国現地人に洋式医術を教え、もってかの地の衛生及び医療技術を習得せしめる事。
A在留邦人及び現地中国人の衛生環境の予防と治療を行うことの2点であった。

 したがって、同仁会病院は九江在住の日本人や中国人の区別なく医療活動を行い、大変役立っていた。九江の年寄りたちは今日でも此の病院を高く評価している。なお、同仁会病院は1945年の終戦と同時にスタッフは日本に引き揚げ、跡地と施設はそのまま中国人により引き継がれ、現在「九江市第一人民病院」(写真)と改名され、医療活動が行われている。

小学校と通路
 この住処が特定できたことにより、自分が1年生2年生時に通った小学校もすぐ分かった。そこは現在も小学校として随分と立派な校舎に変わっていた(写真)。当時の担任の先生は小松先生。小柄な女性の先生だった。


折から、日本の皇紀2600年という祝賀行事が盛大に行われ、「紀元は2千六百年」という唱歌までできて盛んに歌ったものだった。確か1年生のとき、在留邦人九江尋常小学校が同国民学校に名称変えとなったことを思い出す。通学路は一部今も残っており、大樹となった楡の木が茂ってトンネル状になっている(写真)。

写真左:職員宿舎があった入り口右側
現在は英語学校、民間航空局、天主教(中国のカトリック教会)愛国会事務局、印刷所など同居の看板が掛かっている。此の場所はもともとフランス系カトリックの所有であった為、中国政府も手をつけずにいた。60年前の様子をとどめている数少ない場所である。

写真左中:職員宿舎があった入り口
写真右:元同仁会病院は現在活水生命病院(九江市第一人民病院)となって残っている。
* 新聞を読んで ……2006/06/22…
2006年6月22日(木)晴れ

 マスコミの記事中にたまに、出典が聖書とは書かずに文言だけを引用して論点を展開するのを見かける。

 6月11日 日経社説 「防衛省」の革袋に合う酒を(6/11)」がそれである。以下は結論部分の本文引用。此のカッコ内の引用はマタイ福音書9章17節、ルカ福音書5章38節、マルコ福音書2章22節の文言を引用していると思われる。以下、引用部分。
「新しい酒は新しい革袋に」といわれる。防衛庁の場合は順序が逆になる。防衛省という新しい革袋が用意される。そこに古いままの酒を入れるわけにはいかない。防衛省への昇格を単なる名称変更にしてはならない。内実の変化にもつなげなければならない。新しい酒が必要だ。

 また、6月21日の朝日の社説で同様に自衛隊のイラク派遣の記事の中で、現憲法では自衛隊の外国派兵は違憲であるが「らくだが針の穴をとおすように」して無理な解釈をつけ派遣を実行した.という意味のことが述べられていた。この針の穴云々も聖書マタイ7福音書19章24節、マルコ福音書10章25節、ルカ福音書18章25節が出典である。

 他にも、「三位一体」(キリスト教神学用語)、「タレント(有能者、特技者の意味の)」、「十字架を負う」、「復活」などある。

 自分としては、「聖書にあるように」くらいは書いてほしかったが、何よりも聖書の内容がどんどん引用され、人々の生活に定着するならばそれは神様もお喜びになることで推奨したい気持ちである。

 積極的に使用してほしい言葉をついでに書くと
@詮方尽くれども望みを失わず(第2コリント書4章8節)
A無から有を呼び出す方(ロマ4章17節)
B万事益となる(ロマ書8章28節)
C右の頬を打たれたなら左の頬をも向けよ(マタイ福音書5章39節)
D求めよ、さらば与えられん。探せ、さらば見出さん。門を叩け、さらば拓かれん(マタイ福音書5章7節)
E人の生きるはパンのみにあらず(マタイ4章4節)などなど。

 引用は日本聖書協会訳文語体から。現在多く使われている聖書は同協会の共同訳聖書(口語体)が一般的。文語体も今なお販売されている。

写真左:最初の聖書はギリシャ語で書かれた。(ギリシャ語と英語の対訳聖書)

写真中:聖書の冒頭の言葉は「神始めに天地を創り給り。創世記1章1節」

写真右:日本語聖書
* 卒業生を送る ……2006/06/29…
卒業生を送る

 6月28日は卒業証書授与日。すでに就職が決まった生徒たちも、会社から約一週間の休暇をもらい、証書を受領するためにやってくる。授与日と書いたのは、日本の卒業式のような制度が九江にはないからである。一堂に集まり学長の訓示や祝福の言葉があるではなし、単に卒業を証明する証書を貰うだけの行事。

 それでも、生徒たちにとっては楽しい再会の日であり、学級担任を中心に記念写真を摂ったり、食事パーテイを開いたり、結構盛り上がる。

 拙宅にも、単独で、また集団で「お世話になりました」と挨拶に来てくれる。彼らの表情には充足感がみなぎり一番美しいときである。日本語学科の生徒の就職状況は100%出で嬉しい限り。
 
 彼らの今後の健康と成功を祈る。

写真:喜びの表情とともに訪問してくれた卒業生たち
* 二ヶ月間の九江とお別れA ……2006/06/29…
甘棠湖周辺に集う九江市民

中国といえばなんといっても太極拳。朝な夕なに湖畔に集い、グル-プごとに太極拳で健康調整。

うちわで鞠を操り、平衡感覚を養い、合わせて集団演技の美を表現する手段ともなっている。マスゲーム向き。

老人たちは木陰でカードや将棋マージャンを楽しんでいる。
* 二ヶ月間の九江とのお別れ@ ……2006/06/29…
九江としばしお別れ

 試験が終わると、学生たちのほうがさっさと帰郷する。月末になればなるほど列車が込むからである。ある人は卒業、ある人は進級とそれぞれに人生の節目のときである。
 
 かく言う自分も九江を離れ、鹿児島へ。鹿児島不在の折、他界した友人や先輩を訪ね、ご遺族に哀悼の意を伝えねばならない。

 九江南湖の一角に自生している蓮の花を撮影した。南湖は甘棠湖と堤防で仕切られており西側を甘棠湖、東側をなぜか南湖と呼ぶ。鹿児島市の鶴丸城の堀の蓮と比べていただきたい。キョウチクトウや百日紅(サルスベリ)もぼちぼち咲き出したが、鹿児島はどうだろう。炎天下で咲き誇るのは九江も鹿児島も百日紅ぐらい。人工的に育てる草花には鶏頭やマリーゴールドなどが夏の花。

写真右:水蓮の接写(九江南湖)。

写真中:甘棠湖辺の九江光景

写真左:九江の百日紅
















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