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平成17年11月1日〜12月31日
池田公栄・九江学院日本語教師日記
虹の架け橋
* *九江人はおしゃれ**

……2005/11/02…
**九江人はおしゃれ**
 九江の人はなかなかおしゃれだ。いつも小奇麗にしている。身に着けているものも個性に合っており、化粧は余りしないが、髪の手入れ、つめの装飾には余念がない。理髪店や、美容院、エステ等の店も多い。九江女性の関心は余裕があれば衣服や宝石に金を使うといっている。

* 体育祭
……2005/11/03…
**学院運動会**
 今日から三日間、院内運動場で九江学院2005体育祭が行われる。外国人教師も休講にして体育祭に出席するよう指示があり、妻同伴で早朝のバスに乗り、本部キャンパスへ。

朝のラッシュアワーと重ねり、50分かかる。到着と同時に開会式が始まり、各学部ごとにプラカードを先頭に入場する。参加者は1年生だけだという。理由は3万7千人を同時に収容できるスタンドがないこと。選手以外はもっぱら応援参加。ま、選手以外はちょっとした息抜きになることだろう。

 2年生はこの週は労働週といって院内の各施設で労働奉仕が義務付けられる。

 3年生は自由ということで、大半は語学能力試験にむかって自習。

 競技種目には、英語教師も1500メートル走に参加し、めでたく一位。

写真説明:九江学院体育祭開会式  スタンドの応援風景  外人教師の健闘

* 体育祭続き*
……2005/11/03…
写真説明
 @学院で教鞭をとる外人教師も応援にかけつけ
 A外人教師1500競技で1位
 B開会式

* 九江の芙蓉*
……2005/11/03…
芙蓉の花が大学カヤンパスに咲いていた。わが故郷の種子島にも咲く花で懐かしい。芙蓉にも何種類かあるが、写真のものは酔芙蓉(すいふよう)という。花弁が午前は純白・午後はほんのり桜色・翌日は紅く変色する。そして翌日には落下する短命な花である。

林芙美子が「花の命は短くて」のヒントになったのがこの芙蓉花ではなかったかと推測する。彼女が屋久島安房で作家生活をするとき、芙蓉をみて、自分の名「芙美子」の「芙」とその境遇をかさねあわせ、その短命さに引かれたのでは。芙蓉花は屋久島・種子島に多く自生している植物。

花芙蓉 ほろ酔い気味の 人誘い

写真左:2,3メートルの樹高に群れて咲く
  中央:白、薄いピンク、紅(になったらすぐ落下する)

中央写真の詳細 白:開花直後 ピンク:開花後10時間ほどで白からピンクに変わる。紅:ピンクから10時間ぐらいで紅に変わる。花弁が閉じてしまう。その後10時間以内に黒ずんだ紅となって落花する。

* 日中友好を考える
……2005/11/19…
日中友好を考える  −民間の力で地道な積み上げをー
相互利益、相互友好のためには多少の来者不拒、清濁併飲の度量があって然るべきと思うが、現今の国家間日中関係は、一衣帯水の状況にあるにも関わらず、温経冷政の状態である。国家ともなれば、相互に友好の必要性は感じつつも、利害や面子が先行し、うまく進まないのであろう。それはそれとして、日中両国の外交推移を前向き積極的に見守ることにしたい。

このような時だからこそ、民間友好団体や個人デベルでの友好活動が推進さるべきだと思う。以下、私が自ら体験し、見聞したことを通し、所見を述べてみたい。私は2004年以来、中国江西省九江学院大学@において日本語会話と日本概況を教えている。

戦前、九江で生活したことがきっかけで、老後を余生としてではなく、与生(目的をもって与えられた生)として生きたいと願い、ある帰国中国人のお世話で、九江学院の教壇に立つこととなった

。学生は勿論、現地住民ともよい関係で、毎日は楽しく、充実している。私と同じような生き方を中国で行ってこられた先輩や、同志が多数いらっしゃるということも次第に分かってきた。また、留学生として九江学院に長期滞在し、中国の文化や芸を学んでおられる方も段々増えている。

一例をあげるなら、高田九江友好会Aは退職者等が現地中国で文化、書法(道)、水墨画等の学習ができるように大学側と契約を結び、希望者を入学させる事業を展開している。実際、この高齢者たちは、日本の成人教育の高齢者学級生よろしく、目は生き生きと輝き、とても楽しいとおっしゃっている。

すでに、日本語教師を派遣しているわが鹿児島市日中友好協会も、長沙市との間に、探せばもっと多様な交流の道が開かれるのではないかと思う。いかに頑丈岩山でもつるはしひとつでコツコツと掘り進んだ「青の同門」の話は日中友好を願う者にとって励みとなるであろう。「求めるものは得、探すものは見出し、門をたたくものは開かれん」Bである。

註 @中国江西省九江学院大学:国立大学、18学部、学生3万7千人、教職1600人の総合大学。 A高田九江友好会:奈良県大和高田市(人口7万5000人)会長樫根修弘氏、友好都市盟約以来18年間人脈往来継続 Bマタイ福音書7章7節
 
投稿者略歴 1933年生。熊本県天草出身。幼少時九江在住。引き上げ後鹿児島県川内在住。大阪聖書学院神学士課程、玉川大学文学部教育学科(通信)に学ぶ。2004年まで46年間種子島西之表を中心にキリスト教布教と牧会、福祉、教育事業に(基督幼稚園、明朗幼稚園、わかくさ保育園経営)に携わる。2004年8月より現九江市在住。

* *九江地震*
……2005/11/29…
**地震**
 11月26日午前8時半ごろ、唸りのような音とともに宿舎が揺れだし、妻と二人で屋外にでる。できるだけ建物から離れるように空き地の中心に逃げる。揺れは1分続いたかどうか。そんなに長くはなかったような気がする。初回の揺れはM5.7。午後再び揺れたが、午前の揺れに比べると非常に弱く、余震と思われる。学生たちが「避難しましょう」といって無理やり学校の運動場に連れ出す。好天の日差しを受けて学生たちと運動場で過ごす。その時、2000人ぐらいが学校のグランドに避難していたと思う。
 
**夜間**
 夜、自宅で就寝するつもりであったが学生の強い勧めにより、着れるだけ着込んで、毛布布団を持ってグランドへ。校庭はすでに、避難場となっており、三千人以上が思い思いに野営の準備を整えていた。星空を見ながら、いつの間にか眠り込んでしまう。目が覚めたときは午前5時半、避難者のほとんどは姿を消していた。上にかけていた布団は夜露でしっとりとなっていた。目覚めを機に、自宅へ帰り、ネットで被害状況等を調べる。

**以下はその一部**
1、現地の人の話では、震源は九江から15キロほど西の瑞昌(正式には九江市瑞昌県)。震度M5.7。死者14名。負傷者270名。倒壊家屋29000戸。倒壊家屋の多くは農家の古い建物で、現地の人の話では、中国の建物は耐震構造でなく、単にレンガ積みだから壊れやすい。「ちょっとした台風でも壊れますよ。」とはある中国友人の話。

2、中国:江西省地震 冬の屋外で不安な一夜、60万人避難(毎日新聞)

写真:九江学院キャンパス内の避難状況

* *震源地視察*
……2005/12/01…
**震源地視察**
 授業がない日だったので、11月26日の九江地震の震源地とされている瑞昌へ単独で視察にいく。瑞昌は九江市の一県。ここは九江からバスで40分ほどのところ。市街地を抜け出ると、一面に畑、田んぼ、沼地がしばらく続く。

震源地に近づくとあちこちに倒壊家屋が見られ、配給された災害用救援テントが張られている風景となる。瑞昌の市街地に入ると、ほかの町同様、広い道路を挟んで近代建物群が並ぶ。その道路の街路樹帯や公園に応急テントが張られている。

どの家が倒れたのだろうと探しても市街地には倒壊家屋を見ることはできなかった。だから、きれいなビルと救援テントがとても不釣合いに見える。鹿児島市でいうなら天文館かいわいのミニ公園にテントがびっしり張られ、被災者が入居していると想像したらわかりやすい風景。

避難生活をカメラに収めて帰途に着く。倒壊家屋の大部分は地盤のよわい沼地に傍に建っている農家が大分部ときく。ある中国人によれば、「地震ならずとも、ちょっとした台風でも壊れますよ。」とのこと。そうかもしれない。農家の家は一戸建てながら、小屋同然の簡単なレンガ積み家屋なので、揺れにはとても弱いのだと思う。

**地元メデイは**
 地元昨今の新聞では、もっぱら救援活動の写真入報道である。国際赤十字社、中国軍人団体、退役軍人団体、公務員団体などが義捐金と生活物資、教育教材などを贈ったと報道していた。

 地震発生の原因であるが、まだ掴めていないようである。

**物価**
 歩いて回るうちに喉が渇き、みかんを買う。なんと、宿舎市場の2倍の値段を請求された。災害は生活物資にまず反映されるのだとつくづく感じる。
* いのち大切に*
……2005/12/05…
**現代版ロミオとジュリエット?**
学園本部で、新学期開始早々、男女学生の心中事件があった。事情はわからないが、今頃めずらしい。江戸文学の「心中天網島」ではあるまいし、話題にしている学生たちも「ばかげたこと」と一笑に付していた。それにしても、いまどき、こんなことが現実起きるんだと驚きもする。

もし、このふたり、愛するということ(だったかどうか不明だが)の意味や、何が一番よい選択かを知っていたら、入水自殺などするはずもないと思う。

日本でもネットによる自殺願望者が連絡をとりあって死にいたるケースがある。自殺は平常の心理では到底起こりえない問題であろう。自殺する人は、すでに心を病み、正常な思考ができなくなくなった人であろう。そこまでたどり着く前に、周りが気づき、フォローしたり、カウセリングなどの手立てが必要であろう。

やはり、自殺は一種の社会病であり、まわりが気づかずに、当人を追い込んでいるような気がする。そうすると、社会の一員である自分も責任を感じる。
「心の平和をすべての人に」と祈る。

写真:二人の男女学生が水死した学院内の堀
* 児童が危ない*
……2005/12/05…
**児童があぶない**
広島での女児殺害、栃木での女児殺害、昨年は奈良県での女児殺害と心を痛める事件が続く。被害者は無抵抗な女児であることを思うと怒りを感じる。加害者も尋常な人間とは考えられない。彼らもまた社会が生み出した病人ではないか。

しかも、全部、下校時の出来事であり、安心して学校に通わすこともできない社会になってしまった。こうなったら、自衛しか道はない。せめて、集団下校の体制ぐらいは確立したい。

参考までに、九江の下校風景であるが、正午と、午後4時過ぎともなれば、幼稚園、小学校の門前は迎えの人でごった返す。中国では、登下校の安全が自己責任らしい。それにしても、一日2往復の送り迎えは大変な負担だろう。それでも、安全には代えられないということか。

写真:門前で迎えのためにたむろする保護者
* *すき焼きで激励**
……2005/12/05…
**すきやきパーテーで激励会**
 
 12月4日の統一日本語能力試験に向けて学生たちが頑張っている。栄養をつけ、よいコンデションで試験に臨んでもらうため、妻が腕を振るい、すき焼きで学生たち10人づつを招いて食してもらった。
日本の醤油に近い調味料を見つけ、料理法は純日本流に。牛肉がとても硬くてそのままだとゴムを噛む感じ
がするので、できるだけ薄く切り、尚且つ、包丁で切れ目を入れ、肉だけ先に一度火を通して永めに煮るとまあまあの出来であった。味は、純草食の牛なので、むしろ日本の牛よりこくがあっておいしい気がする。

写真:すきやきで力をつけて
* *犬って万国語を理解する?
……2005/12/05…


**妄導犬クイール鑑賞**
 妄導犬クイールのDVDを鑑賞する。人間に尽くし、老いて去る犬の一生で感動的。犬と人との関わりの歴史は古い。ローマ帝国の建設のシンボルは犬であり、日本でも里見八犬伝、忠犬ハチ公、南極で置き去りになったが翌年まで生きていて隊員を待っていた犬とか話題はつきない。動物の中で一番人間に親しむものが犬であろう。最近はある特別養護老人ホームで犬をセラピーとして入所者に関わらせるところがあると聞く。

最近のコラムで犬をセラピーのためとか、人の役にたつとかの認識がまだまだ一般的に足りないと論じていた。食堂に犬を連れてはいると断られるとこの例である。訓練された犬とそうでない犬との差もあることだろうし一概に非難はできないような気もするが。

 近所に犬がいるが、小生にも良く慣れてじゃれ付く。日本語で話してもちゃんとわかる。犬は万国語を理解する能力を持っているのかな。

写真:近所の犬で小生によくなつき、日本語が通じるんですね