二代目科技日院教師 益田大輔物語
         2004年5月から6月末まで2ヶ月間。
2004年5月5日

はじめまして。益田大輔と申します。大石先生の後を引き継ぎ、中国湖南省長沙市で日本語教師のボランティアをすることになりました。この日記は長沙市での日々の生活で感じた事を、私なりの独断と偏見の眼で綴るものです。出来るだけ毎日更新致しますので、お楽しみに。

益田生活在長沙


1日目 2004年5月5日(水)快晴 鹿児島→上海
 
 朝、鹿児島交通空港行きバスで移動。実家近くの営業所より。
 
 鹿児島空港内免税店でマイルドセブン4カートンを買ったところ、今回のおまけは双眼鏡と腕時計だった。長沙近辺の小旅行で役立ちそうだ。

 上海では、上海外国語大学時代の同級生、西村君一家に一晩お世話になった。普段は蘇州で仕事をされているが、今週はゴールデンウィークの為、上海のマンションへ帰っていたので、上海空港までお出迎えをお願いした。

 上海空港からリニヤモーターカーに乗り終点まで約7分。最高時速431km/hがでるすぐれもの。上海空港でリニヤの乗車券を買う時、普段は50元だが、航空チケットを見せれば40元と割安になった。理由は不明。リニヤ開通当初はチケットが3000元もしたらしい。走る時乗り心地はよかったが、イメージと違って騒音が多少あった。

2日目 5月6日(木)晴れのち曇時々小雨 
 
 上海(11:55)→長沙(13:50) MU5883便
 
 長沙行きの便が約30分遅れた。(;゚Д゚) 長沙空港では大石先生と範例先生にお出迎えして頂いた。

 お昼は15時頃。念願の松花江餃子店(五一路店)に範先生がつれて行ってくれた。早速餃子4種類、ピータン豆腐、豚のゼラチンを固めた変わった料理と湖南省名物のピリ辛料理を出してもらった。機内食も食べていたので、もうお腹いっぱい。結局夕食要らずになった。

 宿舎に着いた後、生徒の李湯龍君にお願いして、携帯のSIMカードを買いに行った。カード50元、プリペイド携帯料金100元。携帯本体は弟に貸してもらって持ってきてあったので問題はなかった。

3日目 5月7日(金)一日雨
    
 この日は長沙の5月には珍しく朝から雨。朝食は大石先生が泊まっていた華程大酒店(3つ星)のセルフサービスバイキングを頂いた。やはり驚いた事は、いつもお粥に入れる腐乳(豆腐を醗酵させて塩づけした物、朝食のお粥には一般的 一口サイズ大)も唐辛子で味付けしてあった。いままで色々な中国のホテルの朝食で腐乳を食べたが、ピリ辛く味付けしてあるものは初めての体験だった。湖南省らしい。他の料理もやはり辛いものばかりで、あっさりした物は無かった。

 お昼は宿舎の向えにある安い店に大石先生と行った。チャーハン一人前5元(約50円)。味もおいしく、一人で食べるのに適当な量であった。が、サービスで付いてきたスープがいけない。やはり辛いのだ。日本で言えば激辛。(><)もうあきらめよう。早く慣れなければ。(`・ω・´)シャキーン

 食べ終わると大石先生の友達 袁静さんが車で迎えに来てくれた。彼女も以前長沙科技進修学院日語分院の生徒であったらしい。3人で一緒にウォルマートへ買物へ行った。米国最大のディスカウンターが長沙まで進出しているとは思わなかった。まだ行っていないが、カルフールもあるらしい。そう考えると長沙も結構都会なのかな?

 ウォルマートでは、身の回りの足りない物をそろえた。食料品も買おうと思って、ひょいと覗いた所に手のひらサイズの陸亀がいた。ペット用ではない。食材だ。隣にあった田鶏(食用カエル、田んぼにいる鶏に似た味の動物からこの名がついた)やザリガニには慣れているが、陸亀とは。いやはや、中国人はこれだから・・・。

 夕食は大石先生が明日から長期中国旅行へ出かけるので、最後にと平和堂5階にあるブラジル料理へ出かけた。ここは58元で食べ放題。7時頃行ったが、満席で30分待ちとの事。長沙でも人気のスポットだ。料理はサラダ(サラダは長沙ではここでしか食べられない・大石先生談)、シュラスコ系に切ってくれる各種お肉、6種類のジュース、ビール、スパゲッティー、デザートアイス等々とても満足するものだった。が、ここにも奴等がいた。田鶏と亀。せっかくのブラジル料理がもったいない。それともブラジルでもポピュラーな食材なのか?亀→食べました。と言うか甲羅ばかりで、どこを食べたのかもわかりませんでした。味付けはただ辛いだけ。もっと素材の味を生かそうよ。

(左)リニアが最高速を出した瞬間
(右)大石先生とブラジル料理店で
(下)田鶏を食す


2004/05/08

街の散歩


4日目 5月8日(土)快晴
   写真は;左・・・初めての上課
       右・・・昼食 中 寺崎先生、右 劉洋先生
       下・・・歩行者道路木陰のマージャン風景 

今日から授業のスタート。まず範先生から生徒へ中国語で簡単な私の紹介があった。続いて初めての教壇に立ち日本語で自己紹介をした。名前、どこから来たのか。後は用意してなかったので、生徒に私の何をしりたいのか逆に質問してみた。
 あれ??反応が無い。もっとギラギラした、貪欲な上海人と同じ目を想像していたのに、目が死んでいる。地方気質の違いか?はたまた真面目で授業中は勉強を進めたいのか?黄金週間明けで遊び疲れているのか? 完全に出鼻をくじかれた。生徒に主導権をにぎられた。素人先生にもプライドだけはあったのに。(´・ω・`)ショボーン そして静かに二時間の授業が進んだのであった・・・。

 それでもなんとか授業をこなし終え、ホッとして昼食にでかけた。今回は同僚の寺崎先生と範先生の奥様の劉洋先生が一緒だ。こうなれば日本人の心をわかっている先生達だけが頼りだ。甘えよう。会話を盛り上げよう。そして世間話をしながらわかったことは、長沙人はマージャンが大好きという事だ。寺崎先生の旦那さん(長沙人)は、公安に勤めていながらも、黄金週間中は親戚と三日間徹夜で賭けマージャン(中国でも違法)をしていたみたいだ。他に娯楽は無いものかと思うのだが。

 三時からは、街へ出かけた。と言っても私の場合、道を散歩するだけである。その代わり距離が長い。二時間歩いた。理由は上海留学時代初め、街の雰囲気と、道を覚える為(タクシーに乗って運転手に遠回りをされ、ぼられる外国人のケースを知っている為)に少しでも歩きたいのである。タクシー代をケチっているのではない。中国で長期滞在する時の、私のくせ&趣味でもある。今回は二ヶ月と滞在が短い(上海では四年間滞在した)ので、貪欲に道を覚えなければ。

 窯嶺(ヤオリン)地区から人民路→芙蓉路→天心閣の横を抜け、南側から黄興南路歩行街へたどり着いた。歩行街には、上海の南京東路歩行街と同じような路面ミニバスが走っていた(幾分規模は小さいが)。北の端まで進むとそこには昨日行った、ウォルマートがあった。あ!ここにあったのか。昨日は雨でそれも自動車で行ったので場所がちんぷんかんぷんだったので、うれしい誤算である。早速中に入る。

 おお!!食料品売場で昨日は見ていない寿司を発見した。生徒に寿司が何であるかわからせる為に、日本で必死に寿司の拡大写真を取ったのが無駄になったが、まあいいだろう。教材に使えるぞ。 ああ!!値段を見ていなかった。まあいいだろう。近くにあった日本風の「火の国ラーメン」で食事するついでに見に行こう。

 ウォルマートに入った大きな理由は「打蚊机」を買う目的があったからだ。「打蚊机」とは、テニスラケットに似た形(大きさはピンポンラケットより少し大きめ)で、グリップに電池を入れガットの部分(もちろん金属製)に電流が流れ、そこへ蚊やハエを近かづけると感電死するすぐれものである。私が上海時代に買いそびれた物の一つでもある。結局売ってなかった。寺崎先生談では、大きなスーパーに売っていると言う話だったが。

 ウォルマートを出た所でどっと疲れが出てきた。もう帰ろう。腰に違和感があった(無理も無い都城では移動手段は車だけだった)ので、バスに乗ろうとしたが、乗り方がピンとこない。結局バイクタクシーにお世話になった。(5元)ノーヘルで二けつは久しぶりだったので怖かったが道は十分覚えた。収穫としとこう。早くバスの乗り方を覚えたいものだ。


2004/05/09

ひょうへんした


5日目 5月9日(日)快晴
 写真は左・・・新華書店
    右・・・湖南図書城
    下・・・電子日中・中日辞書

 知っていたことだが、朝宿舎を出た後、近所の部屋の窓を見ると全部鉄格子がはまっていた。自分の部屋の玄関は金属扉が二重になっている(鍵はそれぞれに一箇所づつ)。とても厳重だ。多くの外国人達が日本で悪さをしたがるはずだ。日本のセキュリティーの方が、国際標準より離れているのでは?と、ふと思った。

 昨日は「作文」の授業。今日は「日本事情」の授業。さてどうなるのやら・・・。

 ええ〜!!手のひらを返した様にとはこの事だ。(≧∇≦) 質問が痛いほど飛んでくる。おいおい、落ち着こうよ! 聖徳の太子さんでもお手上げだよそれは。キラキラした目にやっと会えた。授業内容は、はっきり言って雑談。だが、昨日は授業途中でいねむりブッこいてた、クラスで一番成績の悪い男子生徒(自分で言っていた)も私の趣味がサッカーと聞くと乗ってきた。彼もサッカーが死ぬほど好きらしい【熱狂的なサッカーファンの事を中国語で“球迷(チョォオミィイ)”と呼びます】。ほんとに良かった。これで彼ももっと日本&日本語に興味を持ってくれて、私のサポートも少しは彼の成績アップにつながれば言うことは無い。

 ところで、昨日の晩から胃の調子が悪い。昨日の夕食後少し吐いてしまった。今朝も胃の部分に違和感があった。そんなもんで散歩は、近くの「新華書店(湖南図書城)」に決めた。長沙市の地図を買う目的だ。私は、中国の訪れた地方の地図を必ず買う趣味がある。上海留学時代買った、1995年当時の浦東地区の地図は宝物&思い出になっている(まだ現在の様に発展していなかった為)。早速地図(4元=52円)を購入。安い宝物もあったものだ。帰ろうとした時、ふとショウウィンドウにあった「電子日中・中日辞書(ポータブルタイプ)」に目がとまった。小姐に聞くと値段は698元(約9000円)だった。あ〜欲しい。日本だともうちょっと値が張るからなぁ〜。持って来たお金で2ヶ月もつか、ぎりぎりなので、余ったら検討しよう。

 部屋に帰っても胃の調子がいまいち。出国前、正露丸をそっと手渡してくれた、ばあちゃんに感謝して今日は終わりにします。


2004/05/11

長沙駅にて思うこと


7日目 5月11日(火)くもりのち雨
 写真は左・・・道端のプレート
    右・・・長沙駅
  下・・・世界最大の“中国結”。アポロデパート内。

私は基本的に方向オンチです。長沙へ来てからもそれは同じですが、中国の場合、都市の安地図に載っている大きな道の道端には必ず、道の名前と東西南北が記入されているプレートが目の高さに立っているので、迷子になっても地図さえ持っていれば大丈夫です。

提案します。これは観光立国を目指す日本でも是非とも採用して頂きたい一品です。(理由;外国人に優しい=国際化。街の活性化につながる=中国と同じ様に安い地図を作って、皆さんにどんどんあなたの街を活用してもらいましょう。)まあ、コスト面での議論は、えらい人にやってもらいます。この機会にえらい人もどんどん活用できます。

逆に道に迷っても【中国語で“迷路” ミィイルゥ と発音します。日本語の“迷路(めいろ)”も同じ漢字&発音】それはそれなりに楽しいものです。同じ道の往来では見えてこないものが、いっぱいいっぱい出てきます。時間が有る時、私はこの迷路を楽しむ趣味もあります。大好きです。人生と同じだな〜なんてかっこつけたりもします。本当に迷っても簡単ですよ。人に聞けばいいんです。お金に余裕があればタクシーに乗ってわかる所へ帰ればいいだけです。多少の度胸はいりますが、お勧めですね。長沙ではタクシー発乗り8元(=104円)です。

本当の人生に迷っている今の私は、とりあえず6月末まで長沙でがんばって、あとどうしようかな(^^;)。人生のタクシーないから、皆さんにお聞きします。上海で4年間語学留学経験あります(1995〜1999年)。日本で貿易実務4年間経験あります(1999〜2003年)。中国語をしゃべれます(大分忘れましたが、今回生徒とたくさんふれあい、もう一度引き出します)。中国出張&駐在員OKです(なるべく日本円でお給料もらいたいです)。今34歳です。お嫁さん募集中です。我こそはという方は下記までメール下さい。あとこのHPの感想・批判・長沙でこれしろ!などのご意見も同じアドレスへ送って下さい。お願い致します。
daisuke_masuda@hotmail.com


2004/05/12

好交流


8日目 5月12日(水)小雨
 写真は左・・・いいだしっぺはいつも 朱俊喬さん
     右・・・からかうのはいつも 王紅軒くん
      下・・・被害者はいつも先生

今日の授業は雑談てんこ盛りの「日本事情」。私も生徒に「中国事情」を聞きますので、2時間などアッとゆう間に過ぎてゆくほど、質問が飛び交いあいます。内容はさまざまです。歴史、地理、気候、食べ物、風俗、裏社会、スポーツ、俳優、映画等々。薄く広く情報を知っておくとコミュニケーションには便利です。

質問が音楽までいった時、歌まで飛び出しました。最初は、いいだっしっぺの生徒から。次それをからかった生徒の番(最初から歌いたくてからかっているのかも)。次先生の番。(;゚Д゚)エェー。そっそうか!先生が歌わないと「日本事情」がわからんよな。歌は一番苦手なんだよなー。でもそう言っても始まらないし。

よし!「おじいさんの時計(題名は 大きなのっぽの古時計 でしたっけ?)」平井堅で有名なのでみんなで合唱となりました。中国で歌は大事なアイテムの一つで、友好の印として酒を飲み交わすぐらい重要です。授業で酒は飲めないので、当然用意しとくべきだったとチョビト後悔。

2004/05/13

湖南博物館


9日目 5月13日(木)快晴
 写真は左・・・昨年秋入学の生徒達と
     右・・・馬王堆 漢墓陳列。入場料50元(=650円)
      下・・・展示物型ピン(人面紋鼎)。10元(=130円)

AM 8:00〜9:50 二年生の作文の授業
AM 10:10〜11:50 昨年秋入学の生徒達と自己紹介を兼
          ねた雑談。「北国の春」他四曲含。
PM 14:30〜17:00 湖南省博物館見学
 
湖南省博物館の目玉は何と言っても、2100年間地下に眠り続けた“女性のミイラ(辛追と言う名前)”。発掘当時(1972年)非常に保存状態が良く、その皮膚には弾力があり、間接が曲がるほどだ。(館内撮影禁止ゆえ、写真がありません。どうしても見たいという方は、○○の歩き方を立ち読・・・良くない)。

研究者が解剖した為か、胴体部分には布が被せられていたが、頭部・手足・指までちゃんと残っている。古代の人に「いや〜いい仕事してますね!」と言いたくなるほど。

皮膚は真っ白。足が無ければ、日本のオバケで通るがそこは中国“キョンシー”か?(そう呼ばれては彼女も怒るか。長沙国のお妃様だった方ですから。)

身長154cm、体重34.3kg、A型。50歳でお亡くなりに。胃の中からは138.5粒のマスクメロンの種が発見されている。ついでに胆石も有り。

会場2階には、SEMI-RECONSTRUCTION SCEAN HALL で彼女が埋葬されるまでを知ることができる【1日10回(10:00〜16:20)】ので、是非Checkしたい。



2004/05/14

市民の足 公共バス


10日目 5月14日(金)晴れ
 写真は左・・・テレビ付きバス(1元)
      右・・・バスで田鰻を運搬するおばちゃん
  
 この日はあまりネタがありませんが、ちょっと長沙市内公共バスについて。バスは1元(=13円)で乗れます。日本の様にどこのバス停までがいくらになると言う様なことは無く、終点までずっと1元だと思います(バス内に料金表などは見かけない)。タクシー初乗り8元(=104円)ですので、大分安く、市民の足代わりになっています。

 路線もたくさんあり、又次のバスが来るまで15分くらいととても重宝しています。エアコン付きのバスも走っており、こちらでも2〜3元で乗れると思います。市民の生活に欠かせないこのバスを使いこなせれば、中国通と言えるでしょう。ただ、めんどくさい・時間が無い・疲れている時は、タクシーを利用します。その辺りは私もちょっとずるいですね。

2004/05/15

歓迎会


11日目 5月15日(土)雨
 写真は左・・・平和堂6階の中国料理店「8味味」
      右・・・この後「干杯」が始まる
      下・・・恐怖の「白酒」

 昨晩大石先生が旅行から帰って来ましたので、範先生が私の歓迎会も兼ねた、夕食会を開いて下さった。大石先生は成都・九寨シ勾など各地を回ったらしい。九寨シ勾はなんとこの時期に雪が降っていたと言うことだ。水量も少なく訪問する一番良い時期は7月頃とおっしゃっていた。

 歓迎会は平和堂(長沙で一番のデパート)6階の中国料理店「8味味」で行われた。範先生のお友達の鄭旗さんご一家、袁静さん(お二人とも鹿児島市へ研修生として半年間来日経験あり、日本語O.K.)も参加して盛大なものに。

 飲み物は最初から52°もする「白酒(バイジョウ)」。一口飲むと五臓六腑まで染み渡るのが体験できる。「茶倒半杯、酒倒満(お客様にお茶は湯飲みの半分を入れ、酒はなみなみと入れる)」と言う中国のマナーがあるが、それに違わずあふれんばかりに、次々と注がれる。干杯!干杯!(ガンベイ=乾杯の意味)。酒が無くなるまで続く。グラスが親指の先の大きさだったのが、せめてもの救いだ。

 噂に聞く舌が痺れるほど辛い湖南料理も初体験したが、選び方が良いのかほとんどの料理は非常に日本人好みの味付けである。長沙へ来られる日本人の方へおすすめしたい。

2004/05/16

湖南省日本人会


12日目 5月16日(日)くもりのち雨
 写真は 中 チーフシェフ、右 松永さん
      
 最近、湖南省日本人会 事務局の松永さんと連絡が取れた。お電話で、本当は昨日一緒にお食事をと言う事だったが、私の都合がつかず、今日にして頂いた。

 PM 17:30 に「火の国ラーメン」前で待ち合わせ。その後平和堂6階の「ブラジル料理店」へ。今日は「師範大学」の学生の誕生パーティーがそこであるらしく、そこへ学生の入会勧誘と私の入会歓迎会を兼ねてお邪魔した。

 湖南省日本人会は、メンバー80名と北京や上海の日本人会に比べると小さいが、それだけに結束が固い。現地企業駐在員、語学留学生、日本語教師などが主である。長沙郊外の農村訪問体験や日本語を学習している中国人学生の為の日系企業訪問体験などのプログラムを実施してきた。

 長沙へ長期or短期を問わず滞在される日本人の方は、是非入会をお勧めしたい。連絡先は、松永さんのe-mail  us-matsunaga@mkc.zaq.ne.jp まで。

2004/05/24

復活しました


20日目 5月24日(月)晴れ
 写真は左・・・左 張閔さん 右 龍習さん
      右・・・元気になりました
       下・・・各種地ビール銘柄

 ここ一週間風邪をひいてしまいHPどころではありませんでしたが、今日から復活致します。ただ完全復活には程遠く、せきがまだ止まりません。ま、その内治るでしょう。

 今日は久しぶりに授業をしました。病み上がりには少々キツイ2時間でした。

 この日は朝から食欲がわかず、何も食べていませんでしたが、4時半の授業が終わる頃にはお腹がグゥー!と鳴りました。そこで張閔さん、龍習さんと三人で軽食(=お粥)を食べに行きました。私はピータン&豚肉入りお粥を注文、龍習さんはフルーツ入りお粥を注文。一口もらいましたがやっぱり(  ̄3)マズ-!!良い意味で目からうろこでした。

 ここで長沙のビール事情を一つ。地ビールは写真にあるのが最も飲まれているものです。値段は高くても3.5元(≒46円)ぐらいです。

2004/05/25

スピーチコンテスト


21日目 5月25日(火)晴れ
 写真は左・・・発表者と題目
      右・・・審査は真面目にしました
       下・・・発表者全員と

 火曜日は本来一日休みの日であるが、今日は第一回校内スピーチコンテストがあり、名誉にもその審査員に呼ばれましたので、お昼から学校へ行きました。

 発表者は18名。なかには緊張して暗記したスピーチがスラスラ出てこない生徒もいましたが、おしなべて皆上出来でした。ほとんどが内容を本から拾って暗記したスピーチでしたが、オリジナルのスピーチを発表してくれた生徒が3人もいたのには驚きと感心をしました。結果は関係ありません。その努力が大切だと生徒に教えられました。

2004/05/29

韶山旅行


25日目 5月29日(土)晴れ
 写真は左・・・記念公園チケット売場
      右・・・生家前で。陳さんと
      下・・・毛主席グッズがいっぱい

 昨晩2年生の陳恵君さんに電話して、今日長沙市からバスで2時間の所にある韶山市の案内をお願いした。韶山市は故毛沢東主席の故郷で、そこには生家や記念公園、銅像、「滴水洞」と言われる毛主席が実際に何日も会議した所が点在している。

 朝7:00に学校門前に集合→市内バスで南バスターミナルへ(1元)→2時間かけて韶山市へ(直行バス21元)→毛沢東記念公園へ(入場料45元)

 記念公園はとても広くやはり毛主席関連がわんさか。記念堂には生前の暮らしぶりや家族との写真など盛りだくさん。あまり政治的内容が薄く拍子抜けした感じがした。

 次は生家を訪問。韶山市の昔の一般的な農家といったぐあいか。土壁作りだが、家の中に牛や豚を飼う部屋も備わっており、そんなに落ちぶれた所も無い。ここから革命のリーダーが誕生したと思うと、たいそう輝しく感じる。

 お昼を食べた後、「滴水洞」へ。会議室の周りに寝泊りできる部屋や防震室、防空室が置かれている。ここで毛主席が11日連続で会議を行った。

 その後「滴水洞」の裏山に登ったが、これが疲れるのなんの。汗だくになりながら、頂上を目指した。ガイド役の陳さんは汗一つかいていない。若さが違う。あさっては筋肉痛だろう(明日でない所が年だ)。

 韶山市は山に囲まれており、空気もおいしく私の故郷 都城 をふと思い出した。

2004/05/31

日本料理店 京都


27日目 5月31日(月)曇天
 写真は左・・・京都のイメージ?
      右・・・大石先生の送別会
      下・・・本格日本料理です

 大石先生が鳳凰から長沙へ帰って来ましたので、今日は大石先生の送別会がありました。場所は芙蓉中路にある金源大酒店(Gold Source Hotel、4つ星)3階の本格日本料理 「京都」で行われました。

 範先生曰く、「ここは長沙で一番の日本料理店です。」と言うだけあって、日本料理歴20年の北京人料理長が作る一ヶ月ぶりの日本料理は「好吃〜!!」でした。

2004/06/01

天心閣


28日目 6月1日(火)曇天
 写真は左・・・天心閣の前で
      右・・・天心閣最上階より
      下・・・白沙古井

 ここで書いている天気の「曇天」とは、雨が降る前の天気ではありません。長沙では「快晴・晴天」がなかなかありません。曇っている訳でもありません。青空が見られないのですね。都市部の宿命でしょうか?空気が悪いからでしょうか?いまいち表現に困ります。

 今日は街の中心部近くにある「天心閣」と「白沙古井」に行ってきました。

 写真のみアップしておきます。

2004/06/22

お久しぶりです


6月22日(火) 快晴
写真は左・・・武漢 黄鶴楼
      右・・・長沙 烈士公園
      下・・・長沙 岳麓山
 お久しぶりです。今までインターネットにつなげない環境でした。理由は多々ありますが・・・。

 今日が長沙からの最後のアップとなります。二ヶ月弱、皆様の叱咤激励&ご意見誠にありがとうございました。素人先生の役をこなすことを精一杯やったつもりです。授業半ばで広州へ出稼ぎへ行った生徒達、又これからも学校で勉強し続ける生徒達と色々な経験をさせて頂きました。彼らに少なからず何かを残せたと思っています。

 最後に大変お世話になりなした、範先生・劉先生・寺崎先生・大石先生にこの場を借りて感謝致します。ありがとうございました。