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ゆみっぺ長沙日記
2006/04/30

邵陽へ出発!!


黄金周のことは今から少しずつ書いて行くことにします。

 
今回私たちを邵陽へ招待してくれたのは、今村先生のクラスの禹雄くん。彼は学期の途中で入学してきたので、私も補講をしてあげたことがあります。まだ日本語を勉強し始めて1ヶ月ほどしか経っていないので、全くと言っていいほど話せません。だから、今回の旅は、禹雄くんにとっても日本語の勉強に、私たちにとっても中国語のいい練習の機会になりました。

 2時ごろ学校へ迎えに来るということだったので、午前の授業のあと、今村先生の部屋でテレビを見ながら待つことにしました。しかし、2時をすぎても3時をすぎても何の連絡もなく、「出発は明日なんですかね〜」なんて話しながら、暇なので買い物に出かけました。買い物から戻っても連絡はなく、あきらめかけていたところ、4時半ごろにやっと連絡があり、結局学校を出発できたのは、5時ごろでした。どうも、留学の手続きに行っていたようで、思いのほか時間がかかってしまったらしいです。

 禹雄くんの家はお金持ちだと聞いていましたが、迎えにきた車を見て、それは一目瞭然でした。三菱の車で、もちろんカーナビも付いていました。邵陽まで高速を使って3時間弱かかりましたが、この高級な車のおかげで、快適な旅の始まりでした。

 そして私たちは、禹雄くんの故郷、邵陽の隆回に10時ごろ無事到着。そして、車は隆回一大きいと思われる大きなスーパーの前に停まりました。「こんな時間に買い物でもするのかな」と思っていたら、なんとそこが禹雄くんの実家だったのです!「なるほど、確かにお金持ちだわ」と改めて納得!!スーパーといっても、1階から4階まで、食料品はもちろん、家電製品や衣料品や化粧品まで、何でも揃う総合スーパーっといった感じです。そこで、禹雄くんの家族と初対面し、そのまま夜食を食べに行くことになりました。

「夜食ってことは、屋台で串物でも食べるのかな〜」と思っていたら、またまたびっくり!入ったのは、これまた隆回一と思われるお洒落なカフェの一番高い貸切の部屋でした。その部屋には、大きなソファーが並んでいて、ネットもできるパソコンも置いてありました。そこに親類一同集まってきて、なまりのキツイ普通語でどんどん私たちに話しかけてくれました。その日私たちが理解できた話の内容は、4分の1程度だったと思います。

 12時前に店を出て、私たちが案内されたのは、旅館!旅館といっても、中国では招待所と呼ばれる安いビジネスホテルのような所ですが、ってきり家に泊まることになると思っていた私たちは本当に驚きました。もちろん、私たちがそこの宿泊費の心配をする必要はありませんでした。さらには、「何か必要なものはありますか」と、店から必要な物を全て持ってきてくれて、本当に至れり尽くせり。シャワーの水がそのままトイレに流れるようになっている簡素な造りの浴室は初めてで戸惑いましたが、旅館なので気を使うこともなく、二人でゆっくり休むことができました。
中国のお金持ちの生活や歓迎にただただ驚きの一日でした☆ 
 
2006/05/01

隆回2日目!!


 8時に旅館へ迎えに来るということだったので、日本人の私たちは8時5分前には、もう準備万端!でも、やはり彼はいつまで待っても現れませんでした。今村先生によると、中国人との約束はそういうものなのだそうです。
 
 彼から連絡があるまで、またテレビを見ていましたが、中国の黄金周には本当にたくさんの面白い番組があります。モデルや歌手や整形美人まで、たくさんのコンテストが開かれ、中国人のバイタリティーを垣間見ることができます。

 9時半ごろやっと彼が来て、朝食に麺を食べて、その後、隆回の街を散策しました。路地裏に入ると、古い町並みが残っていて、私が中国へ来たら是非見たかったレトロ中国の風景がそこにありました。

 そして、そのレトロ中国の中に市場がありました。昔テレビで見た、決して清潔とは言えませんが、人間味があって活気のある、まさに中国の市場!っといった感じです。大きな肉の塊がそのままぶらさがっていたり、あひるが今にも動き出しそうなほど原型を留めたまま燻製にしてあったり、豚の頭部がそのまま置いてあったり・・・一番驚いたのは、買い物客がみんな生きた鶏をそのまま棒に吊るしたり、麻袋に入れたりして買って帰ることです。市場を歩いていると、いたる所から生きた鶏が顔を出すので、私たちはもう常に驚きっぱなしでした。生きた鶏の羽をむしって、さばく様子も目撃してしまって、胸焼けを起こしそうでした。
 

 お昼に禹家のおいしいご飯をいただいた後、前日の疲れもあったので旅館で昼寝をして、4時ごろ禹雄くんの部屋で、「キングコング」のDVDを観ました。中国語では「金剛」です。そこに、同じクラスの陳さんも遊びに来て、禹雄くんの妹も入れて5人で迫力の映像に皆で大騒ぎでした。

 そして、夜11時。すでに夕食を食べたというのに、レストランへ皆で行きました。そこにはなんと、30人ほどの人が集まってきて、何事かと思っていたら、その日ちょうど親戚の結婚式があったようで、その二次会に参加するという感じでした。

 私たちも、白酒を持って、新郎新婦にお祝いの言葉を述べて、とても楽しい宴会になりました。そして、その日はちょうど、今村先生の誕生日で、大きなケーキも用意してありました。さすがに、12時前にクリームたっぷりのケーキを食べるのはちょっときつかったですが・・・(笑)

 結局その日も、旅館に戻ったのは、12時すぎでした。

隆回3日目!!


 朝食は街の小さな店で、蒸し餃子を食べました。これが、おいしくて一つずつ味わって食べていたので、ちょっと二人を待たせてしまいました。前日の「金剛」のラストを観終わったあと、陳さんの家へ遊びに行くことになりました。

 なんと陳さんの家も、お医者さん。しかも、これまた隆回一の病院の院長。川沿いの景色のいい場所に自宅のビルがありました。部屋に入ってまず目に入ったのは、きれいな家族の写真。お母さんはウエディングドレスを着て、陳さんもいつもの眼鏡をはずして、きれいにお化粧をしてドレスを着ていました。お父さんまで化粧をして、芸能人の写真のよう。中国では、このようにキレイに化粧や髪の毛もセットしてもらって、きれい衣装を借りて、芸能人のように写真を撮ってもらう「芸術写真」というものがとても人気があります。その陳さん一家の写真を見たり、自宅のテレビでカラオケしたりして過ごしました。


 夕方、禹雄くんのお父さんが迎えに来て、皆で隆回一の4星ホテルへ向かいました。そのホテルの、豪華な一室に招待されて、なんとそこに隆回県の県知事がいらっしゃいました。(ちなみに中国では、日本とは逆で、市の下が県です)大きなソファーに座って、その贅沢な雰囲気に浸りながら待っていると、やはり豪華な料理がテーブルに所狭しと並べられました。北京ダックまで味わうことができて、本当に大満足でした。

 夕食後、カラオケに行きました。もう書かなくても分かると思いますが、これまた広くて豪華な部屋で、私が日本でいつも行くカラオケボックスとは大違い。でも日本語の歌は少ししかなくて、歌える曲が一曲しかありませんでした。しかも、出てきた歌詞が、ローマ字で読みにくくてしょうがありませんでした。

 私が最近はまってる中国の歌「曹操」が新曲のため、まだ入っていなかったので、最近覚えたてのF.I.R.というグループの2曲を歌いました。中国のカラオケで中国の歌を歌うのは初めてだったので、とても緊張しました。他の人たちが、楽しそうにたくさんの歌を歌っているのを見て、私ももっと中国の歌をたくさん覚えようと決心しました。

そして、時間が経つのは早いもので、その日も帰ったのは12時ごろ。

2006/05/03

隆回4日目!!


 この日は隆回の郊外にある温泉に連れて行ってくれるということで、とても楽しみでした。

 この日は8時に時間通り出発!お義兄さんの運転がものすごいスピードだったので、まるでロードレースの車に乗っているようでした。途中で陳さんを迎えに行ったり、朝ごはんを食べたりしたので、10時半ごろ到着しました。

 まずはその村にある、中国では有名な、思想家であり文学家である「魏源」という人物の故居に行きました。その家は、田園地帯の真ん中にぽつんと立っていました。私たちはその人物のことを知りませんでしたし、案内人も全て中国語なので、細かいことは分かりませんでしたが、中国の伝統的な古い家の造りや、歴史を感じさせる家具は、十分に一見の価値があるものでした。

 その後、店で買い物をするというので、何を買うのだろうと思っていたら、「どの水着がいいですか?」とのこと。温泉とは、日本のような源泉があるのではなくて、温水プールのようなもののことだったのです。そこで、なんと17元の適当な水着を買って、いよいよその温泉(?)へ。

 村の様子とはうって変わって、きれいなリゾート地のような場所にそれはありました。ちらっと確認しましたが、入場料もなかなかの値段でした。専用の更衣室で着替え、さっそく温水プールに入りました。見た目は温水プールですが、確かにそれは、温泉の温度でした。これは、泳げないな〜と思っていたら、私の横にいた妹が突然溺れてしまいました。それを助けようとしてお兄ちゃんの禹雄くんもアップアップ!なんと陳さんも含めて3人は、頭まで水に浸かったのも初めてで、もちろん泳げないというのです。その温泉の水深はつま先立ちをしないと息ができないほどで、温度といい、水深といい、泳げない人にとってはとても危険な条件です。

 泳ぎ方を教えてくれ、と言うのでバタ足だけ教えてあげたら、3人とも何度も温泉に入って泳ごうとしていたので、疲れるのではないかと本当に心配でした。大きなプールの周りには小さなお風呂がいくつもあって、酒風呂、石版風呂、珈琲風呂、杜仲、ミントなど、いろいろなお湯を楽しむことができます。

 
 その帰り道、行きよりとばす運転でジェットコースターのように揺られていると、突然、何かが道のほとんどを塞いでいる黒い板が見えました。どうも事故があったようで、その通り過ぎる瞬間!よく見るとその黒いものは板ではなく、棺おけでした!!事故現場に棺おけがそのまま放置してあったのです!なんで??本当に中国という国はわかりません・・・(泣)棺おけの中は入っていたのかどうかはわかりませんが、棺おけを放置して、事故後の算段でもしていたのでしょうか。その後またものすごいスピードで走り出した車の中で、自分もあの状態にならないことをただただいのるばかりでした。


 私の心配をよそに、車は無事隆回に到着。ご飯を食べたあと、陳さんのいとこの家で卓球をしたりして、その日は、疲れてぐっすり眠りました。

2006/05/10

ゴールデンウィークぼけ??


 結局、隆回から帰ったのは、予定が延びに延びて5日のことでした。旅行っといってもハードスケジュールではなかったので、そこまで疲れは残りませんでした。何より、無事に帰ってこれてよかったです。

 最近、ゴールデンウィークぼけなのか、昼間でも眠たくてしかたがないことがあります。自分が意識しないだけで、体は疲れているのか・・・。はたまた、今頃になって「春眠暁を覚えず」なのか・・・(笑)。ま〜でも良く考えてみたら、日本にいる時もよく寝る女だったかもしれません・・・。

 ゴールデンウィークが終わったばかりですが、さっそく次の旅行の予定が決まって、今からとても楽しみです。今度は「鳳凰」です!生徒達が誘ってくれて、以前から行きたいと思っていた場所だったので、二つ返事でOKしました。生徒達だけでなく、劉先生たちも一緒に行くことになったので、安心だし、本当に楽しみです。詳細が決まったらまたお知らせします!

2006/05/17

レッツゴー☆鳳凰☆


 突然ですが、明日の夜、鳳凰に向けて列車で出発します。8時間ほどかけて、あさっての朝到着予定です。中国の列車に乗るのは初めてなので、ドキドキです(しかも硬座・・・)。結局、最初に私を鳳凰に誘ってくれた生徒たちは、ほとんど行けなくなってしまったのは残念ですが、先生達も含め10人程度の小団体で短い旅を楽しんできます。
 
 鳳凰は、とても美しい所のようなので、またた〜〜くさん写真を撮ってきて、また日曜以降に旅の報告をしたいと思います!
2006/05/23

無事戻りました!


 日曜日の午後には鳳凰旅行から無事に戻っていたのですが、実は軽く風邪を引いてしまったりして、報告が遅くなってしまいました。
 来週、日語学院で歌や踊りなどを発表する文化祭のようなものが行われるので、その準備などで、まだ落ち着いて旅の報告ができません。実は、その発表会で、私は生徒達に日本のパラパラを披露して、皆にも教えたいと思っているのです。今、その練習中というわけです・・・(笑)

隆回のときと同じように、また旅の報告は少しずつしていくようにしたいと思います

2006/05/26

鳳凰 旅の記録T 


 木曜の夜9時半ごろに家を出発。家から長沙駅までは近いので、歩いて行きました。待ち合わせの場所に着くと、生徒達はもうみんな揃っていて、列車の中で食べる朝食やおやつをたくさん買い込んだようで、たくさんの袋を持っていました。

 10時ごろ、まるで空港のような待合室の中へ入りましたが、そこは人であふれかえっていて、とても夜の10時とは思えない熱気でした。出発時間の10分前ぐらいに待合室の前のゲートが開き、広い構内をはぐれないように必死に歩いて、ようやく硬座車両へ。

 以前、大学の先生に、中国の硬座は木の椅子が並んでいるだけで、床も子供にそこでトイレをさせることもあるほど汚い、と聞いたことがあったので、実際に乗り込む前はとても不安でした。 
 でも、それはどうも昔の話だったようで、私たちが乗った車両には、エアコンもついているし、座席も日本の普通車両と変わらない感じで、とくに不快に感じることは何もありませんでした。

 席につくと、みんなさっそくおやつの袋をどんどん開け、11時前だというのに、とてもハイテンションでした。私もわくわくしている気持ちに変わりはありませんでしたが、時間的に列車の中では寝るだけだと思っていた私には本当に驚きでした。

 12時を過ぎても、みんなは元気いっぱいにおやつを食べ続けていましたが、私の体は正直で、いつも寝ているその時間に起きていることができず、一眠り。そして、座ったまま壁にもたれて寝ていたため、首が痛くなって起きてみると、目の前にちょうどカップラーメンが出来上がっていました。エアコンが少し効きすぎて寒かったので、夜中にカップラーメンをすするというなんとも体に悪そうなことをしてしまいました。でも、おかげで少し体が温まりました。

 そうやって、寝たり覚めたりを繰り返しているうちに、朝4時ごろ張家界に到着。まだ暗くて、外の様子は全くわかりませんでしたが、「ここがあの張家界か〜」と思っていると、案の定そこでたくさんの人が下車していきました。そのため、とたんに席がすいたので、初めてゆっくり横になって寝ることができました。

あまりにも眠かったので、倒れこむように眠り、目が覚めたときには、もう外は明るくなっていて、鹿児島の田舎のような(鹿児島よりもちろんスケールが大きいですが)のどかな風景が広がっていました。久しぶりに山から上る朝日も拝めて、しっかり寝ていない割には、すっきりした朝を迎えました。

 6時半ごろ、ようやく生徒の王さんの待つ吉首駅に到着。彼は日語学院の生徒ですが、吉首大学の生徒でもあります。
 
 そして、そのまま私たちの長い一日は始まったのです。

2006/05/26

鳳凰 旅の記録U 


 駅からバスで15分ぐらいの所にある吉首大学の前の招待所に、私と劉先生と周先生の3人は宿をとりました。生徒達は王さんの寮に泊まることになっていたので、そこに荷物を置き、いよいよ鳳凰に向けて出発しました。
 吉首から1時間ほど(途中で眠気に耐え切れず眠ってしまったので、正確にはわかりませんが)バスで上下左右に揺られながら山道を進んでいきました。
 
 鳳凰に到着し、南華門を経て、橋の上に立つと、写真で見たそのものの、山と川とミャオ族の家屋が一体となった美しい風景が広がっていました。川のほとりへ下りていくと、川の光と堂々とした建築物によってますます幻想的な雰囲気になっていました。

 夢中になって写真を撮っていると、何やら写真を持ったおばちゃん達がしつこく話しかけてきました。どうやらミャオ族の民族衣装を着て写真を撮らないか、と言っているようでしたが、日本人的考えで「観光地だからこういうのってすごく高いんでしょ〜」っと思っていました。でも、生徒や周先生が着替え始め、衣装を着るのはなんとたったの2元!ということだったので、私も記念にチャレンジしてみることにしました。そして、先生達3人で撮った写真が先日載せた写真です。

 ところで、中国の女性は写真を撮るとき必ずポーズをとって、自分をかわいく見せるのが上手です。日本人からすると、ナルシストとも思えますが、自分がかわいく見えるポーズをちゃんと研究しているようです。私も、周先生に教えてもらって、一人でポーズをとって撮ってみましたが、とても恥ずかしくてここには載せられません(笑)。

 ミャオ族の伝統家屋やお土産屋の通りをぬけて、昼食を食べに行きました。長沙でなくとも、やはり湖南省。料理は私には辛いものばかりでした。でも、みんなが気を使って少しでも辛くないものを注文してくれたので、なんとか飢えずにすみました(笑)。
 
 午後はまた川に沿って歩いていき、船に乗って遊覧することに。2隻の船にわかれて乗ると、生徒達は大はしゃぎ!お互いに水をかけ合って、傘でガードするというとんでもない状況に。それにも飽きたら、船から足を投げ出して涼んだり、船頭さんの歌を聞きながら水辺の風景にゆっくり浸りました。

 小船での鳳凰クルーズの後は、女性の大好きなショッピング!観光地だけあって、たくさんのお土産屋があり、しかもビックリするほど安いので、もう女性陣の手はとまりません。私も日本へのお土産に小物や唐装をたくさん買ったので、生徒達がビックリしていました。

 お土産屋街をくまなく歩いているうちに、バスの時間がせまっていたので、急いでバス乗り場へ。真っ暗になった山道をまた縦に横に揺られながら吉首へ戻りました。
2006/06/01

鳳凰 旅の記録V 


 2日目は駅からバスに乗り、徳ハンへ。
 初めて聞く地名だったので、どんな所なんだろうと思っていましたが、そこは「吉首の張家界」と呼ばれていると聞き、期待が膨らみました。

 またまた荒れた山道を進むこと1時間弱。途中でバスが止まり、何事だろうと思っていたら、どうやらバスに乗ったまま入場料を払わなければならない様子。でも、王さんが吉首大学の学生証を持っていたので、60元のところを、なんと10元で入ることができました。
 前日の鳳凰より小さなみやげ屋街をぬけると、そこには高い山々がそびえたっていて、人を圧倒する雄大で美しい自然がありました。でも、どこかで見たことのある、懐かしいような感じもしました。それもそのはず。徳ハンは私が好きな中国映画『山の郵便配達』の舞台になった場所なのだそうです。(しかも鳳凰は『芙蓉鎮』の舞台だそうです。この地域は私にとっては夢のような場所です。)
 映画で見て、感動させられ、一度この目で見てみたいと思っていた景色がそこにはありました。

 そして、その大自然の中にの、歴史を感じさせる小道をずっと辿って行き、まず山奥の滝の連なる場所へ向かいました。思っていた以上の急斜面があり、みんな苦戦しましたが、努力の甲斐あって、絵に描いたように美しい自然を体感することができました。やっぱり自然の真っ只中にいることはとても気持ちがいいですね。

 その山奥から少し戻って、今度は大きな崖から大きな滝が流れる場所へ行きました。そこでは、なんと、滝の裏を歩くことができてようになっており、大滝の細かい水しぶきを浴びながら、滝を裏側から眺めるのは、本当に気持ちが良くて、まるで山水画の中に自分も入り込んだような気分でした。


 その後、一度山を下り、麓のみやげ物屋街に戻り、昼食を食べました。そこで、なかなか出てこない食事を待っていると、突然、男子生徒が声を上げました。驚いて見てみると、その子は顔に真っ黒いものをつけられていました。そして、その真っ黒いものを持った人は次々に生徒の顔にそれをつけていきます。「きゃー!やめてー!(化粧が落ちる〜)」と思っていたら、どうやらそれをつけられるのは、男性だけのようでした。ホッと一息・・・
 驚いた後は、たくさん歩いてお腹がすいていたので、ミャオ族の料理をたくさん味わいました。


 十分に休憩した後、また登山へ出発です。午前中の山道でヘトヘトでしたが、王さんが「見なきゃ損」のようなことを言っていたので、せっかくなのでチャレンジすることに。でも、私は考えが甘かったかもしれません。登山といっても、周りに悠々とそびえ立つその山の中でも一番高い山、しかも、その頂上に登るなんて思ってもいませんでした。
 登っても登っても、石の階段は続き、本当に途中でくじけそうになりましたが、生徒達の強引な先導によって、もう何時間歩き続けたかわからなくなった頃、頂上に着きました。もう最後は、足の感覚もなくなり、無我の境地といった感じでした。でも、頂上に着くと、一気にその苦労は報われました。張家界に行ったことはありませんが、そこはまさに「張家界」だと思いました。あんなに高かった他の山々が、壮大なスケールで広がっています。これこそ中国の美しさだと思いました。あの時の感動を上手く表現できる言葉はみつけられません。


 下山したときは、もう6時半を過ぎていました。二日間、思いっきり中国の自然と文化を満喫して、ヘトヘトだったので、その日は早く床に入り、死んだように眠ったのでした。
2006/06/01

長科日語学校♪文化祭♪


 昨日は、先週からいっていた文化祭の日でした。中国では「紅五月」といって、学校では様々な活動を催す習慣があるようです。しかも昨日は、旧暦の5月5日で、「端午節」。日本の端午の節句のように、朝はチマキを食べました。でも、生徒全員に学校からチマキを配っていたのには驚きましたが・・・

 文化祭は午後からで、日本語スピーチコンテストが行われました。先週の予選で選ばれた11名の生徒が参加しました。予選では、教科書などの文章を引用して読んでいるだけの生徒がほとんどでしたが、本選では、自分で文章を考えてしっかり自分の意見を発表できた生徒が多くて、とても感心しました。生徒達の勉強の成果がハッキリと見てとれることは何よりうれしいことです。
 そして、その後、生徒や先生達による芸術発表がありました。一番目の出し物で、担当している0601クラスの合唱に私も参加しました。踊りや琴やギターなど、普段は見られない生徒達の特技を見ることができて、とてもうれしかったです。
 中でも、若い生徒が多い0602クラスの出し物は、歌と劇がありましたが、どちらも本当によかったです。歌では、踊りも交えながら本当に楽しそうに「幸せなら手をたたこう」を歌っていました。劇は「灰姑娘(シンデレラ)」を中国語で演じてくれましたが、これが面白くて面白くて!!それぞれの役にピッタリの人が選んであって、演技もなかなかのもの。小道具なども凝っていて、一生懸命練習して、準備したのがよくわかりました。みんなその役に入り込んでいて、面白すぎてお腹が痛くなってしまいました(笑)
 
 今村先生は中国の歌を披露し、範先生は「乾杯」を熱唱していました。私はというと・・・
 始めはみんなにパラパラを教えて、一緒に踊ってもらおうと思っていたのですが、試しに2人の生徒にそのパラパラを見せたところ、あまり反応がよくなかったので却下しました。やはり、パラパラは集団主義の日本人特有のもので、手だけを振って気だるそうに踊るあの踊りは、他の国の人には理解できないのかもしれません。っということで、しょうがないので、昔やっていたヒップホップダンスを思い出しながら練習することにしたんです。久しぶりのことだったので、頭と体力をフルに使って準備しました。
 そして、短い練習期間を経て、いよいよ昨日それを発表しました。少し間違えながらも順調に踊っていましたが、なんと途中で音楽がストップしてしまいました。すると、生徒達から「もう一度!もう一度!」という声が上がり、もう一度最初から踊ることに。2回目は間違えることもなく、踊りきることができました。みんなから割れんばかりの大喝采をもらって、忙しい中、地道に練習して本当によかったと思いました。みんな本当に喜んでくれて、一人の生徒は「全力で拍手をして手が真っ赤になりました」と言っていました。

 それぞれの努力の成果や普段見られない一面を見ることができて、とても充実した文化祭だったと思います。この生徒たちとこのような経験を共有することができて本当にうれしいです。
2006/06/11

バーベキュー! と 世界杯!


 帰国まで1ヶ月をきったので、また生徒達とどこかへ遊びに行きたいな〜と思っていたら、木曜の放課後に0601の生徒達が急に「明日バーベキューに行きましょう」と言ってきました。急だな〜と思いながらも、前から行きたかったので快くOK!!さっそく材料や道具の手配を話し合い、金曜の午前の授業終了後、生徒達は、肉を切る係や野菜を洗う係に分かれて準備をしました。実はこのクラスにはプロのコックさんがいます。肉の下準備は彼がさすがの腕前で完璧にしてくれました。

 生徒もみんな烈士公園でのバーベキューは初めてだったようで、広い公園内からやっとバーベキュー場を見つけ出しました。そこにはたくさんのバーベキュー台と椅子が並んでいて、まずどこに陣取るかでいつものけんかとも思える話し合いが始まりました。なにせこのクラスは30人以上のいい大人が集まっているので、何をするにもみんな自分の意見というものがしっかりしています。それでもなんとか皆のお眼鏡にかなった場所を見つけ出し、二つの台に分かれて座りました。

 まずは炭に火を点けるのに一苦労。でもそこは男の子達が活躍してくれて、授業中いつも眠そうにしている子もやっぱり男の子なんだな〜と見直しました。一人づつ串を持って、自分の好きなものを刺して焼いていくというやり方。材料は、豚肉、牛肉、ソーセージ、茄子、ピーマン、きゅうり、ニラ、豆腐、レタス、えんどう豆、マントウ、そして忘れちゃいけない唐辛子、などなどたくさん準備しました。茄子やピーマンを大胆にもそのまま刺して焼くと、とてもおいしくて、特にコックさんが仕込みをしてくれた肉は格別においしかったです。

 いい大人が30人も集まってもう大騒ぎ!!勉強で溜まっていたストレスを発散するかのように、みんな大はしゃぎで焼いて、食べて、写真を撮って、っともう勢いはとまりません。焼けた肉や野菜を生徒達がどんどん私の器に入れてくれて、食べようと思ったら、「先生!一緒に写真を撮りましょう!」と、食べるのも写真を撮るのも大忙し・・・。

 何時間そこで、盛り上がっていたのかわかりませんが、その勢いのまま帰り、歩きながら写真を撮ったり、本当に元気だな〜っとさすがの私も圧倒されました。でもあれだけはしゃいだにもかかわらず、私も興奮冷めやらずという感じだったのか、全然疲れを感じませんでした。


 そしてその日は、ちょうどワールドカップの開幕式の日でした。「先生!今夜一緒に開幕式を見ましょう!」と誘われ、ワールドカップは私もとても楽しみにしていたので、初めて生徒の部屋にお泊りすることになりました。
 覚悟はしていましたが、シャワーはなく、いつも生徒達がしているように、バケツに沸かしたお湯と水を入れて、タオルを使って体を流す、というやり方に少し手間取りました。でもバーベキューで汗びっしょりだったので、それでもとてもさっぱりしました。トイレも水は流れないので、一度使って溜めておいた水を再利用して、それで流すのです。招待所に泊まった経験などから、もうそういうやり方にそんなに抵抗はなくなりました。

 夜、10人の生徒が集まり、ビールを片手にテレビを見ました。というのも、10人中半分は私より年上のおやじ軍団(ごめん;)なので、ゴールが決まる度に、「干杯!!」といってビールを飲み干していました。試合を見ながらウンチクを言ったり、シュートの度に歓声をあげたりと、本当に日本のサッカーファンと変わらないな〜となんだかうれしくなりました。スポーツに国境はないんだな〜と改めて思いました。
 そんな楽しい雰囲気に浸っていたのですが、私はさすがに日付が変わる頃にはお酒が入っていたせいもあって、眠くなり、耐え切れず眠ってしまいました。そこで、また初めての経験をしました。ベッドは敷布団がなく、木の板の上にカバーが掛けてあるだけで、とっても硬いものでした。寝返りを打つ度にミシミシと音がして、壊れるんじゃないかと少し不安でした。

 次の日、生徒が手作り料理をご馳走してくれました。準備も後片付けも自分達でして、後片付けのついでに部屋の掃除までしてしまい、本当に感心させられました。生活が豊かではないからからこそ、彼らは物を大事に使うことを知っているのです。今までの自分の生活を振り返り、反省させられることがたくさんありました。

 生徒達の生活状況も知ることができたし、何より3月の頃では不可能だった、日本語での会話も楽しめて本当にいい経験になりました。いろいろなことを生徒達から教えられて、本当に感謝感謝です。

2006/06/17

徒然なるままに・・・


 帰国まで残すところ2週間となりました。今のうちに、中国での生活について徒然なるままに書き留めておきたいと思います。
 テレビというもの、いとおもしろし・・・。中国のテレビはチャンネルがた〜〜くさんあります。それぞれの省が独自の局を持っていて、常に40局近くが放送されています(家庭によって違うようですが)。女性のためだけのチャンネルやスポーツ専用のチャンネルもあります。そして、方言の多いこの国の特徴とも言えますが、字幕がついている番組が本当に多いです。特にニュースやドラマには必ずといっていいほど字幕があります。

 その字幕のおかげで、長沙弁の全く分からない私でも、湖南テレビのお気に入りの番組を楽しむことができます。もっぱらのお気に入りは毎日7時からの『故事会』。長沙弁オンリーで、しかも、演じているのはプロの役者ではなくて、一般の人たちです。でも、「それぞれの家庭にはそれぞれの物語がある」というコンセプトで、毎回、身近な場面設定ながら波乱万丈な物語で、下手な演技にもなぜか親近感がわいてしまいます。いつも、出演者を募集しているので、先生や生徒たちなど知っている人が出演してくれれば、面白いのにな〜と思っています。

 そして、その後7時半からの『730劇場』もお気に入りです。以前も、はまっているドラマがあると書きましたが、また今もなかなか面白いドラマをやっています。日本の昼ドラのように、現実にはありえないほどの愛憎あり裏切りありのドロドロした内容で、たまに見ていて疲れることもありますが、なぜが続きが見たくなってしまうのです。そのドラマは普通語だし、字幕もあるので、中国語の勉強にもなるのです。このチャンネルだけでも、日本で見られるといいんだけどな〜
2006/06/25

大好きな範典くん☆


今日はかわいいかわいい範典くんとのお別れの日でした・・・(泣)範典くんは、平日は学校の寮で生活していて、金曜日にお迎えが来るので、金曜日の朝長沙を出発する私と入れ違いになってしまうのです。
 私は今まであまり子供は好きではありませんでしたが、今では早く子供が欲しいな〜とまで思うようになりました。範典くんほどかわいい子供に私は会ったことがありません!はしゃいだり遊んだりする姿は元気な子供そのものですが、立ち振る舞いなど、お行儀がよく、やはり育ちの良さがでている感じです。
 4ヶ月ここで生活し、中国語にも慣れ、範典くんの言っていることが大体わかるようになったことは本当にうれしかったことの一つです。本当に範典くんには癒されました(笑)大好きな範典くんとお別れすることは本当に悲しいことですが、また長沙か日本で再会できると信じています。どんなステキな男性に成長するのかも楽しみですね☆


 いま帰国の準備をしているのですが、これが大変なんです!何が大変かというと、自分で増やしてしまった荷物の多さです。もともと、来るときに預けられる荷物の制限を知らずに、30キロもの荷物を持ってきてしまったので、制限の20キロまでどうやって減らすかが今私を悩ます問題です。なにせマイナスの冬から38度の夏までいたので、どうしても服が多くなってしまったのです。
 当分使わない冬服を船便で送るとしても、お土産や日用品で、もうスーツケースはいっぱい!上海でまた買い物をする予定なので、私の荷物はどうなることやら・・・。上海では早く空港に行くようにして、もし超過料金を請求されたら、その場で荷物を入れ替えたりして、なんとか一人で切り抜けたいと思います。本当に帰り着くまで気が抜けませんね!